地獄の釜
城塞都市の入口まで辿り着いた。
城門は大きく開け放たれており、人でごった返している。
もちろん町から一刻も早く逃げ出そうとしている住民どもだ。
「ひいいーっ!」
「町が、町が! 家が燃えてー!」
「竜だーっ! 助けてくれーっ!」
竜だと?
城塞都市の惨状は竜が原因なのか?
「ゲドー様。城門が渋滞中で通れないのです」
「ならば城門以外から通ればよい」
「はいです」
俺はマホの手を握る。
マホは黙って魔力を送り込んでくる。
魔力の流入を受けて、俺の身体がバリバリと漆黒の波動を纏う。
封印が第2段階まで解除されている今、俺の身体はこれまでにない活力に満ちていた。
「ふはははは! 心地よい。心地よいぞ! 俺は無敵だ」
「ゲドー様、テンション高いのです」
「跳ぶぞ」
「はいです」
俺はマホの身体を小脇に抱えた。
「ま、待ってくれ!」
息を切らせたキシリーが駆け寄ってきた。
住民の救助活動の邪魔になると思ったのだろう、騎士鎧を脱いでいる。
確かにこんな状況で、重くて動きを阻害するだけの鎧は不要だ。
「ゲドー様。町に入るのならば、私も連れていってくれ」
「貴様は騎士団どもと一緒に行動すればよかろう」
「騎士団は住民の避難を助けているが、町に入らねば根本的解決にはならないのだ」
キシリーは俺の返答を待つことなく、俺の背中にしがみついてきた。
ぽよん。
こいつはわりと胸があるから感触は悪くない。
ふむ。
「キシリー、もっとしがみつけ」
「こ、こうか……?」
ぽよん。
ふむ。
まあ合格点だな。
「貴様も機会があれば、俺のしもべにしてやってもよい」
「いったい何の話なのだ!?」
すると、小脇に抱えているマホが俺にぎゅっとしがみついてきた。
「む~っ」とした表情をしている。
何だか知らんが、まあ急げということだろう。
「フワリィ」
俺は浮遊の魔法を発動させ、大きく跳躍した。
そのままぐんぐんと浮遊して城壁を飛び越える。
「ほう。壮観だな」
高所から見た城塞都市は、まるで地獄の釜のようだった。
城壁のせいで炎が内側にこもり、都市全体がごうごうと燃え盛っている。
「こ、これはひどい……。何てことだ……」
キシリーが絶句している。
確かにこれはもう火災などというレベルではない。
城門の混雑具合を見るに、死傷者も相当出ているだろう。
俺は燃える町並みの中でも、ひときわ高く聳え立っている時計塔まで跳んだ。
屋根に着地する。
「なかなかいい光景ではないか。心躍るぞ」
ククク。
500年前にあちこちの町を破壊して回った記憶が蘇る。
圧倒的な力で弱者を蹂躙するというのは、気持ちがいいものだ。
「ゲドー様、あれを」
マホが指さす先は空。
炎の明かりに照らし出されて赤く染まった大空に、巨大な影が舞っていた。
「あ、あれは……。竜、なのか……!?」
キシリーが唖然としている。
確かにでかい。
30メートル、いやもっとあるか。
大きな翼を羽ばたかせ、町の上空を旋回している。
尻尾まで鱗に包まれたその体躯。
狂暴そうなアギト。
紛れもなく竜だ。
竜が、その巨大なアギトをカッと開く。
凄まじい量の炎が吐き出され、町並みを舐めていく。
炎の勢いだけで建物が崩壊し、火の勢いがますます広がっていく。
「すごいのです」
「く……! やめろっ、やめるんだ……!」
キシリーが俺の隣で声を張り上げるが、当然、竜に届くはずもない。
おい、屋根から落ちそうになって俺に抱きつくのをやめろ。
鬱陶しい。
竜がまたアギトを開いた。
炎を吐き出すのかと思ったが、そうではなかった。
「この都市は見せしめだ……。我の要求通り、生贄を1000人差し出さなかったことのな……」
「な……。竜が、喋った……!?」
キシリーが驚いている。
マホもびっくりしている。
「ほう。奴め、どうやら上位竜のようだな」
「上位です?」
「翼竜のような下等な竜種とは違うということだ」
知能の低い下等な竜種は、言ってしまえば獣と大差ない。
半面、上位の竜種は知能が高く、言語を解する。
そして中には魔法を操るものまでいる。
「我は、次の都市へ赴く……。町を滅ぼされたくなければ、魔力を持つ生贄を大量に用意することだ……。魔王四天王たる我に、逆らおうなどとは思わぬことだな……」
「魔王四天王だと……!」
キシリーがまた驚愕している。
忙しい奴だ。
「ゲドー様」
「ふん」
俺は指先で中空に印を描き、詠唱する。
竜だろうが四天王だろうが、この俺を上から見下ろすなど万死に値する。
俺の身体をバチバチと雷光が駆け巡る。
魔力の奔流が青白い光となって収束していく。
このゲドー様の目の前に現れたのが運の尽きだったな。
無様に落ちろ蚊トンボ。
「ザンデミシオン――!」
俺の手のひらから、轟音と共に極太の雷が発射された。
雷は唸りを上げて、上空の巨竜に直撃する。
「ふははははは! 所詮このゲドー様の……何い……!?」
稲妻は竜の体表でバリバリと弾け、鱗を滑るようにして散っていく。
程なくして極太の稲妻は、小さな火花を撒き散らしながら消滅した。
馬鹿な。
第2段階まで封印を解除した俺の魔法が、通用しないだと?
あり得ん。
いかな上位竜とてひとたまりもないはずだ。
「グオオオオ……。小賢しい魔法使いがいるようだな……」
竜は時計塔の屋根にいる俺たちに気付くと、ガパッとアギトを開いた。
「来るのです」
「ふん、蚊トンボごときがこの俺に」
「げ、ゲドー様……!」
「ぐええ、邪魔だ雑魚騎士……!」
竜の眼光に竦んだキシリーが、俺の首根っこにぎゅうぎゅうとしがみついてくる。
竜が炎を吐き出した。
凄まじい勢いの炎は時計塔に直撃して、俺たちを火炎に巻き込みながら建物をガラガラと崩壊させた。
「落下するのです」
「うわああ……! ゲドー様……っ!」
「うざいわ! しがみつくなくそったれがあああ」
俺たちは瓦礫と一緒に落下した。




