邪悪な大魔法使いはクールに去るぜ
宿に戻ると、マホとエルルがいた。
「あっ、ゲドー様。おかえり!」
「おかえりなさいです」
シーリィがいないな。
「ボロ奴隷はどうした」
「もお~っ、名前で呼んであげてよー。まだ燃えたお店の前にいるよ」
「ふん。いつまでもメソメソしおって、軟弱者が」
俺は金の詰まった皮袋とドラッグストアの権利書を、エルルに押し付けた。
「えっ、何これ? えっ、ええっ……!」
押し付けられたものを確認して、エルルが目を白黒させた。
「マホ、行くぞ。もはやこの町に用はない」
「はいです」
マホが俺の後につく。
「ちょ、ちょっと待ってっ。このお金と権利書は……」
「シーリィがいくら無能でも、でかい店とそれだけの金、俺が教えてやったノウハウがあればまたやっていけるだろう」
「で、でも」
「それに貴様も手伝ってやるのだろうが?」
「う、うん……」
「ならばいい」
俺はエルルに指を突き付けた。
「いいか。このゲドー様が自ら指導してやったのだ。必ず成功して、大商店にならんと許さんぞ」
「ゲドー様……」
エルルは手の中の皮袋と権利書、それから俺を見比べた。
そして涙を浮かべた。
「ゲドー様、ありがとう!」
エルルが俺にしがみついてきた。
「ボクがんばるよ! シーリィがまたやっていけるように、ちゃんと支えるよ!」
「そうしろ」
「ゲドー様いい人だよ! ちょー好き!」
「黙れ。いい人ではない」
俺はエルルを振り払った。
「行くぞ」
「はいです」
エルルは手が千切れそうなほどぶんぶん振って見送ってきた。
「ゲドー様ーっ。マホーっ! ほんとにありがとう! 元気でねーっ!」
マホもエルルに手をふりふりしていた。
「死んじゃやだよーっ。魔王倒してねーっ。絶対また会おうねーっ!」
エルルは最後までやかましい奴だな。
◆ ◆ ◆
馬車は街道を進む。
「余計な時間を食った」
「エルルはいい子なのです」
「鬱陶しい奴だった」
「シーリィもいい子なのです」
「軟弱者だった」
がらごろ。
「シーリィに挨拶しなくてよかったのです?」
「いらん」
「ゲドー様はあのお金と権利書を、無理やり奪ってきたのです」
「だから何だ? 奪われるほうが悪い」
がらごろ。
「法に則ると犯罪行為なので、ゲドー様がいつまでもあの町にいると、シーリィとエルルに迷惑がかかるのです」
「だから?」
「だからすぐに町を出発して」
「勘違いをするな」
実にくだらん。
胸糞悪い。
「用がなくなった町にいつまでも滞在する理由などない」
「はいです」
「さっさと北に向かえ。そして俺の封印を全て解除しろ」
「はいです」
「ゲドー様ぁ……!」
唐突に、後ろから声が聞こえた。
振り返ると、遠くにシーリィがいた。
息を切らせている。
町の外まで追いかけてきたのだろう。
馬車は進んでいる。
シーリィの姿はどんどん小さくなる。
「ゲドー様」
「止める必要はない」
「はいです」
遠目に見ていると、小さくなったシーリィは深々と頭を下げた。
「ゲドー様……! 本当に、ありがとうございました……。私、がんばります……!」
姿が見えなくなる最後の瞬間まで、シーリィはずっと頭を下げていた。
ふん。
殊勝なことだ。
まあ魔王を倒した後に、またあの町の様子を見に行くのも悪くはない。
何といってもこのゲドー様がわざわざ知恵を授けてやったのだからな。
そのときには『新店・うさうさメイド☆しーりぃの薬屋さん』がどれほど繁盛しているのか見ものだな。




