対価を払え
『ドラッグストア・イケメン学院』
相変わらず派手な看板だ。
俺は正面から入店した。
「いらっしゃいませ」
店内も広い。
まだ朝も早いせいか、客はほぼいない。
ふん、おあつらえ向きだな。
店内では何人もの店員が働いていた。
この中に、シーリィの店に放火した奴がいるのだろう。
だがまともに質問したところで、正直に答えるはずもない。
そしていち店員が、勝手な自己判断で放火という犯罪に手を染めるとは考えにくい。
恐らく店長あたりの指示に違いない。
いずれにしても証拠はない。
そして証拠もなしに荒事に訴えれば、法の裁きが下るのはこっちだ。
だ が そ ん な こ と は ど う で も い い。
こいつらはこのゲドー様を敵に回した。
この俺が直々に手掛けてやった店を潰したのだ。
「おい」
「はい……ひいっ!?」
俺は手近な店員の襟首を引っ掴むと、店の真ん中まで引っ張っていった。
店のどこからでも見える、一番目立つ場所だ。
俺は店内に聞こえるよう大きな声で聞いた。
「シーリィの店に放火した奴はどこだ?」
「は……? お、お客様、何を仰ぶぎゃえ!?」
俺は店員の顔面に拳を叩き込んだ。
メキッバキッグシャッ。
「な…や、やめ……ひぎゃ! うぎゃ! ぶげえ!」
グチャッメキャッボキッグチャッグチャッ。
拳を叩き込んで叩き込んで叩き込んで叩き込んで叩き込んだ。
店員の顔面は鼻が折れて唇と頬が腫れ上がり、涙と鼻水と鼻血でグチャグチャになった。
それでも顔面を殴る殴る殴る殴る殴る。
「……」
店員はすでに動かなくなり、全身がぴくぴくと痙攣していた。
俺は店内を睥睨する。
怯える店員、混乱する店員が大半だ。
だが、その中に一人。
際立って恐怖に顔を引きつらせ、店の奥にそそくさと逃げていく店員がいた。
奴だ。
間違いない。
俺は死に掛けの店員を放り出すと、店の奥に向かった。
「ひっ、ひいい……」
店員どもが道を開ける。
賢明だ。
邪魔立てしていれば、二度と立ち上がれなくなっていたところだ。
逃げた店員は『店長室』と書いてある部屋に入っていった。
俺もゆっくりとそれを追う。
「てっ、店長……!」
「何じゃ、騒がしい」
「ひ、火をつけた仕返しにやばい奴が……!」
「何じゃと」
扉の奥から話し声が聞こえる。
俺はその扉を開けた。
「なっ、何じゃ貴様は……!」
豪華そうなデスクの向こうには、肥えたブタが座っていた。
醜い。
あと店員もいた。
震えている。
俺はずかずかと近づいていく。
「き、貴様は何じゃと聞いている。不法侵入で憲兵を呼ぶぞ」
俺は構わず、店員の首を掴んだ。
「ひぎっ……!」
「死にたくなければ質問に答えろ」
俺の低い声に竦み上がる店員。
「火をつけたのは貴様だな?」
「そ、それは……ぐげええ……!」
俺は首を掴んでいる手に、メキメキと力を込める。
店員は白目を剥きそうになっている。
「貴様だな?」
「は、はぎぃ……。そ、そうです……」
ひゅーひゅーと呼吸をしながら、掠れた声で答える店員。
「指示をしたのは誰だ」
「そ、それは……」
「お、おいっ。貴様、勝手なことをべらべら喋ったらクビにしてやるぞ!」
「ううっ……」
そうか。
クビより首を選ぶか。
見上げた奴だ。
メキメキ。
「うげああ……! で、でんぢょうでず……!」
店員は死にそうな声で自白した。
やはりこのブタが指示したようだ。
俺はブタを見下ろした。
「なっ、何じゃ。ワシは知らん! 知らんぞ!」
怯えながら胸を張るという器用な態度を取っている。
ブタなりに虚勢を張っているようだ。
「おい、ブタ」
「な、何じゃ。ワシは店長じゃぞ!」
「貴様は運がいい。生き残るという選択肢が残っているのだからな」
「何じゃと……?」
俺は指を3本立てた。
「貴様は3つの過ちを犯した」
指を1本折る。
「1つ。このゲドー様が自ら手間暇かけてやった店を潰した」
「わ、ワシは知らんと……」
「黙れ」
2本目の指を折る。
「2つ。この俺がせっかく商売という土俵で勝負してやったのに、愚かにもその土俵を踏み外してケンカを売った」
3本目の指を折る。
「3つ。俺はブタが嫌いだ」
「な……」
俺は剣呑な目でブタを見据える。
ブタは竦み上がった。
「対価として3つ差し出せ。そうすれば命だけは助けてやろう」
「み、3つじゃと……?」
「そうだ。まずはシーリィの新しい店として、貴様のこのドラッグストアの権利書をよこせ」
「そ、そんなことができるか!」
俺は構わず話を続ける。
「次に、そこの金庫に入っている売上金を全額よこせ。この店をもらったところで、改装するには金がかかるからな」
「な、何を勝手に……」
俺は首を掴んでいる店員を吊り上げた。
店員は「ぐええ」と呻いた。
「最後にこの実行犯の命だ。それで勘弁してやろう」
「そ、そんなことが許されると思っておるのか! すぐに憲兵を呼んで……」
「まずは1つ目をもらおう」
「な、何……?」
ブタが店員を見る。
俺は店員の首を、べきりとへし折った。
店員の手足が力を失い、だらんと垂れ下がった。
「ひっ、ひいい……!」
ブタがガタガタと震え出す。
ようやく己の命に危機感を覚えたようだ。
「貴様が望むなら、2つ目の条件を変更してやろうか? 無論、貴様の命にだ」
「あわ、あわ、あわわ……」
ブタが恐怖のあまり口から泡を吹いている。
きたねえな。
俺は目を細めてブタを睨み据えた。
「俺はどっちでもいいんだが」
「わ、わ、わ、わかった……! 権利書をやる! か、金もやる!」
「ここに出せ」
「はっ、はひい……」
ブタはおぼつかない足取りで金庫まで行くと、そそくさと開けた。
「こっ、こっ、これじゃ……!」
ずっしりとした皮袋と書類の束を差し出してくる。
俺はそれを引ったくった。
「ふん」
確かに金と権利書だ。
「それから、権利書をシーリィに譲渡すると一筆書け」
「ひいっ! わ、わかった……!」
よほど命が惜しいのだろう、ブタは大人しく従った。
「こ、これで命は助けてくれるんじゃろうな……!?」
ブタが震えながら懇願してくる。
俺は笑みを浮かべた。
ブタが安心したように息をついた。
「言い忘れていたが、4つ目があった」
「な……!?」
俺はブタの首に手をかけた。
「わざわざ俺が目をかけてやった女を、泣かせたことだ」
「ひいいっ! そ、そんな……!?」
俺はメキメキと手に力を込めた。
「命を助けてやると言ったが、あれは嘘だ」
俺はニィと笑みを深める。
「そ、そんな……! ひぎいいい……。ゆ、ゆるひて……!」
べき。
俺はブタの首をへし折った。
「このゲドー様を敵に回した愚か者の末路はこうなる。勉強になったな」
そして動かなくなったブタの上に重ねるように、店員の死体を投げ捨てた。




