こだわりを主張していいのは勝者だけだ
俺はシーリィの薬屋に入った。
なるほど、店内は清掃が行き届いており綺麗だ。
だが地味だ。
薄暗い。
薬の瓶や小袋も雑多に陳列されている。
「おいボロ奴隷」
「は、はい」
「もおーっ、ゲドー様。ちゃんと名前で呼んであげてよ」
「客は一日に何人来る」
「ひ、一人か二人くらいです」
少なすぎだろ。
エルルは潰れそうと言っていたが、どうやら比喩ではないらしい。
「客が少ない原因はわかっているのか?」
「あっ、それならライバル店のせいだと思うよ!」
「ライバル店だと?」
「あ、あの。すぐ近くに、大きな薬屋ができていて……」
ほう。
シーリィの薬屋は、裏通りの中ではそこそこ立地がいい場所にある。
それで客が日に一人や二人では少ないと思ったが、なるほどライバル店か。
俺は店の外に出る。
見上げる。
外観がボロい。
そして店名が書いてある看板も薄汚い。
駄目だな。
いろいろと駄目だ。
最強の大魔法使いゲドー様が、一から指南してやる必要がありそうだ。
この俺が関わる以上、敗北は許されんのだ。
「エルル」
「うんっ」
「敵情視察に行くぞ」
「へ?」
「そのライバル店とやらを見に行くんだ」
「あっ、わかったよ!」
◆ ◆ ◆
ほう。
ライバル店は派手だった。
『ドラッグストア・イケメン学院』とかいう看板がでかでかと主張している。
何だこの店名は。
舐めてるのか。
そして客は女ばかりだ。
ぞろぞろいる。
繁盛しているようだ。
「行くぞ、エルル」
「うん!」
入店する。
店内は広かった。
天井や壁の色合いも明るい。
装飾品も派手ではあるが、決して下品ではない。
店内全体に清潔感がある。
多くの女は清潔感を好み、ケバい装飾を嫌うからな。
ケバい化粧をしたおばさん連中にしても、自分がケバいなどとは露ほども思っていないのだ。
「いらっしゃいませ。何をお求めですか?」
店員が接客しにきた。
「おおーっ」
エルルが声を上げる。
なるほど。
店員はイケメンだった。
よく見れば店員は全員が美男子だ。
白い歯を見せて、愛想よく接客している。
客の女の中には、目がハートになっている連中もいる。
まあいかな美男子であろうが、この俺には到底及ばないがな。
「ゲドー様。このお店、すごいねー」
「ふん。自分たちの強みを売りにした戦略だな」
徹底的に女層だけを取り込む。
自分たちの強みを理解した賢い経営といえよう。
「うーん。でもボク、こういうキラキラした人たちはあんまり好きじゃないかも」
「それは貴様の好みだろうが」
「うん。どっちかっていうと、ゲドー様みたいな逞しい人のがいいかも」
エルルは「えへへー」と笑っている。
能天気な奴だ。
ともかくライバル店とやらの情報は得た。
もうここに用はない。
「戻るぞ、エルル」
「うんっ」
◆ ◆ ◆
「戻ったぞ」
「おかえりなのです」
「お、お帰りなさい……」
店に戻るとマホとシーリィが出迎えた。
「単純な話だな」
「さすがゲドー様。もう解決できそうなの?」
「あのふざけた名前の店を消し飛ばせば済む話だ」
「ええーっ。そんなのダメだよーっ」
何がダメだ。
一番手っ取り早いだろうが。
「ゲドー様、それだと商売では勝てなかったということになるのです」
「む、それもそうだな」
ならば面倒だが、この俺が直々に指導してやるしかあるまい。
「おい、シーリィ」
「は、はい」
「店内の掃除が行き届いているのは評価してやる」
「あ、ありがとうございます」
シーリィが嬉しそうにした。
「だが、内装と商品の陳列はゴミだ。クズだ。カスだ」
「あ、あう……」
シーリィが涙目になった。
「どこに何があるかわからん。種類別にまとめて並べろ。あと薬効と値段をまとめてタグをつけろ」
「で、でもおじいちゃんは、お客さんから話を聞いて、必要な薬を適切な値段で提供して、お客さん一人一人に寄り添った経営を……」
「黙れ」
俺はシーリィの反論を一蹴する。
「そんな時代遅れのやり方だから、この犬小屋は今にも潰れそうなんだろうが。違うか?」
「そ、それは……」
「自分ならではのこだわりとやらに、いつまでもしがみついたまま溺死する。敗者の典型的なパターンだ」
「う、うう……」
「まず結果を出せ。まず勝て。自分のこだわりとやらを主張しても許されるのは、勝者だけだ」
「……」
「もちろん、この店を貴様の代で潰したいなら勝手にするんだな」
シーリィはしばらく俯いていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「わ、わかりました……。おじいちゃんのお店を、こんなところで終わりにはできません」
「いいだろう。俺の指示には全て従え」
「はい」
「シーリィ、がんばって! ボクもできる限り手伝うから」
「あ、ありがとう……」
俺は紙にメモを書いて、マホに手渡す。
「貴様に買い出しを命じる。これらを買ってこい」
「はいです」
マホが出て行った。
「エルル、シーリィ。貴様らは内装と外観のリフォームだ。看板もな」
「うんっ」
「は、はい」
エルルとシーリィは、互いに手を合わせて「がんばろう!」と気合を入れていた。
ククク。
この俺が強者の何たるかを見せつけてくれようぞ。
ドラッグストア・イケメン学院とやら、首を洗って待っていることだな。




