経営コンサルタントゲドー様
翌日。
俺とマホが町を歩いていると、誰かがぶつかってきた。
「うわわっ!」
「どこに目をつけている羽虫が。今すぐ死にたいのか? 死にたいんだな? 楽にしてやろう」
「ひいいーっ、ごめんなさい! よそ見してて……あれ?」
尻餅をついて俺を見上げるそいつは、耳がピンと尖って長かった。
エルフだ。
しかも見覚えがあった。
具体的にはエルルとかいうボクっ娘だ。
「あーっ! ゲドー様!? とマホ!」
エルルは心底びっくりしたように目をぱちぱちしている。
「お久しぶりなのです、エルル」
「うん、ちょー久しぶり! マホ元気だった?」
「はいです」
エルルは立ち上がると自分の服をぱたぱたと払った。
「こんなところで何してるの? 魔王討伐に行ったんじゃ?」
「ちょっとした寄り道だ。貴様こそ何をしているボクっ娘」
「ボクはエルルだよ! 名前覚えてよー!」
エルルはきょと、と俺たちを見比べた。
「何でマホはゲドー様の腕にしがみついてるの? 仲良しなの?」
「そうなのです」
「違うわたわけ」
「いいなあー。じゃあボクこっち!」
エルルも反対側の腕に、ぎゅっとしがみついてきた。
「えへへー」
「おい邪魔だ。ボクっ娘」
「えーっ。ボクだって仲良しだし」
「仲良しではないわ。うつけ」
エルルは何が嬉しいのかにこにこしている。
「まさかこんなところで再会できるなんて思わなかったよ」
「奇遇なのです」
「ほんとだよー」
俺は左右にちっこいのを引きずりながら歩く。
うぜえ。
「エルルは何をしているのです?」
「あっ、そうなんだよー。実はこの町って、ボクの友達が住んでて」
「どうでもいい」
「そう言わずに! でね、その友達がちょっと経営的にピンチだから助けに来たんだ」
「経営的にです?」
エルルは俺の腕にしがみついたまま、うんうんと頷く。
「その友達がね。しばらくの間、ちょっと奴隷として捕まっちゃってて」
どこかで聞いた話だな。
「その間に、お店を経営してたおじいさんが死んじゃったらしくて。あ、小さいお店なんだけど」
「大変なのです」
「うん。それで奴隷から解放されて戻ってきた友達が、やむなくお店を経営することになったんだけど潰れそう」
「道理だな。弱者の末路だ」
「えーっ。そんなことないよ! それでボク、助けなきゃって」
エルルは今度は、拳をぐっと握っている。
感情豊かな奴だ。
「エルルは優しいのです」
「えへへ……」
照れている。
「あっ、ゲドー様。ここ右! 裏通りのほう」
「ふざけるな。なぜ俺がそんな些事に、おい引っ張るな」
左右の2人に進路をコントロールされて、俺は裏通りにあるこじんまりとした店に辿り着いた。
なるほど。
どうやら薬屋のようだが、小さい。
そして外観からしてボロい。
「無理だな。潰れろ」
「ええーっ、そんなあ」
すると店の中から少女が姿を現した。
どこかで見覚えがある。
「おい、ボロ奴隷」
「えっ、あっ……」
ボロ奴隷は驚きのあまり目を白黒させている。
こいつは以前マホと一緒に捕まっていた少女だ。
シーリィとかいう名前だったな。
「シーリィ、ゲドー様たちと知り合いなの?」
「う、うん。私を奴隷から解放してくれたのが、ゲドー様とマホさんなの……」
「へーっ、そうだったんだ。2人ともすごいなあ」
「左様。もっと讃えろ」
「さすがだね、ゲドー様!」
「そうだろうそうだろう」
エルルも話がわかる奴になってきたな。
「あ、あの……。ゲドー様、マホさん。その節は本当にありがとうございました」
シーリィが深々と頭を下げてくる。
「無事でよかったのです」
「お二人のおかげで無事、家に帰れました。でも……」
「お店が大変だと聞いたのです」
「そ、そうなんです……」
シーリィは泣きそうな顔をした。
「このお店はずっとおじいちゃんが切り盛りしてたから、私どうしていいかわからなくて」
「お店を売るという選択肢はないのです?」
「大好きだったおじいちゃんのお店だから、できれば続けたいんです……」
エルルが俺の腕をぐいぐいと引っ張る。
「シーリィはね、ボクが薬の技術を教えたんだよ。エルフ直伝の技術を持ってるから、モノはいいはずなんだよ!」
「だから?」
「お店を立て直せないかなあ」
「俺の知ったことではない。弱者は食われろ」
店が潰れるとすれば、こいつが弱いのが悪いのだ。
エルルはむ~っと唸っていたが、不意に顔を上げた。
「もしかしてゲドー様、自信ないの?」
「何い?」
「最強のゲドー様も、やっぱり商売の世界は厳しいから歯が立たないんだよね? 負けちゃってもしょうがないよね?」
「ふざけるなカスが」
俺はエルルを振り払う。
「邪悪なる大魔法使いゲドー様に不可能の文字などない。商売の世界だろうが例外ではないわ」
「えっ、ほんと!?」
「無論だ。どの世界だろうが、この俺が最強であることを証明してくれる」
シーリィがおどおどした様子で目を瞬いている。
「あ、あの。本当に手を貸してくださるんですか……?」
「腑抜けが。ゲドー様に敗北はない。このチンケな犬小屋を、町一番の大商店にしてくれよう」
ふはははは!
このゲドー様がどれほどの存在かを、無知な愚民どもに知らしめてくれるわ。
「ゲドー様って案外チョロいよね……」
「そこがいいのです」
エルルとマホが何やら言っているが、そんなことはどうでもいい。
このゲドー様が直々に乗り出すのだ。
見渡す限り焼け野原にしてやるから覚悟しておくんだな。




