おい、何だその反応は
俺たちは海沿いの町まで戻ってきていた。
ここでマホと海水浴をしたのがずいぶん昔のことのように思える。
ちなみに悪魔召喚の魔法陣はぶっ壊してきた。
悪魔がぞろぞろ増えても面倒だからな。
あとどうでもいいが、馬車はオッヒーが操れた。
冒険者をやっているうちに御者のスキルも身に着けたらしい。
オッヒーの分際で「何でゲドー様は御者もできないんですの?」とかぬかしやがった。
御者など手足となる人間がやるべきものであって、この俺が自ら労力を割くようなものではないのだ。
「マホ! 気がつきましたの!?」
宿の一室。
オッヒーの声にベッドを見ると、マホが目を開けていた。
マホはむくりと上体を起こして、きょろきょろしている。
「まだ無理をしてはいけませんわ。致命傷だったのですから」
マホはオッヒーを見て、次に俺を見て、首を傾げた。
「私は死んだのです」
「たわけが」
俺はマホを睨みつけた。
「自分の胸を見てみろ」
マホは俺に言われた通り、衣服をはだけて自分の薄い胸を見下ろした。
また首を傾げる。
「傷が塞がっているのです」
「そうだ。まだ傷跡は残っているが、じきそれも消えるだろう」
マホの疑問いっぱいな視線を受けて、俺は鼻を鳴らした。
「貴様は愚かにも死に掛けた。そこで俺が超人的な再生能力を、少し分けてやったのだ」
「食べ散らかされたフライドチキン状態からでも再生できる、あの力です?」
「表現が気に食わんが、そうだ」
そこでオッヒーがマホの手を取る。
「マホ、よかったですわ。ワタクシてっきりもうダメかと……」
目を潤ませるオッヒー。
こいつ実は涙脆いのか。
「ゲドー様の口づけに感謝ですわ」
「口づけなのです?」
「ええ。口づけで、再生能力を分けてくれたんですわ」
「……」
マホは無表情だが、少しだけ俯いて頬を赤くした。
おい、何だその反応は。
ふざけるな。
「マホが助かる光景を見たとき、ワタクシ感動しましたわ」
「そうなのです?」
「ええ。それに悪魔を倒したときのゲドー様は凄まじい迫力でしたわ」
オッヒーはきりっとした表情を作った。
「『誰の許可を得て俺のマホを殺した』ですわ」
オッヒーは「きゃーっ」と拳を振っている。
「あのときのゲドー様の恐ろしい表情ときたら、マホのために真剣に怒って」
ゴン!
「痛いですわーっ! 本気で叩きましたわね!」
「黙れ下等生物が」
オッヒーの奴、安心感から調子に乗っていやがる。
「そもそも貴様、俺たちのことを恨んでいたんじゃあなかったのか」
「……マホのことはもう恨んでいませんわ。元々、城を吹き飛ばしたのはゲドー様ですし。ワタクシたちにも非がありましたし。それに国がなくなってしまった以上、ワタクシにはもうマンマールと敵対する理由がありませんもの」
それからオッヒーは、目を細めてマホを見た。
「それにマホは強くていい子ですわ。命が助かって、本当に安心していますの」
「ふん。それについてはしつけが必要だと思っていた」
俺はベッドの上のマホを見下ろす。
「脆弱な凡人風情が、このゲドー様の身代わりになるとはどういう了見だ。貴様に庇われるほどこの俺は落ちぶれておらん」
いい機会だ。
そもそもこいつには不自然な点があると、常々思っていた。
この俺に大量の魔力を供給してもぴんぴんしているほど、マホの魔力量は底なしだ。
たかだか魔法使い一人分の魔力量でそんなことはあり得ん。
それに再生能力を分け与えてやったときもそうだ。
この俺の超人的な力の一端だぞ?
本来ならあれほどすんなり身体に馴染むはずがない。
「マホ。貴様、本当に人間か?」
俺の問いに、マホは俺をじーっと見返した。
そして口を開く。
「オッヒー様。少しゲドー様と2人きりになりたいのです」
「よろしいですわ。ワタクシは気が利きますのよ」
オッヒーは縦ロールをファサッと手で払うと、部屋を出て行った。
「結局、迷宮の大いなる力とは、悪魔を召喚する魔方陣でしたのね。期待外れでしたわ……」
扉の外で愚痴が遠ざかっていく。
それを見送って、マホはぺこりと頭を下げた。
「ゲドー様。助けてくれてありがとうなのです」
「そんなことはどうでもいい」
「ゲドー様にはどうでもよくても、私にとってゲドー様は命の恩人なのです」
「大いに不本意ながら、貴様も俺の命を救った。帳消しにしろ」
恩人と思われるなど冗談ではない。
この俺は邪悪なる大魔法使いゲドー様だぞ。
そんな俺の様子を見て、マホが少しだけ可笑しそうにした。
「何だ」
「いえ。いい機会なので、私のことを話すのです」
「聞いてやる」
俺はどかっと椅子に腰を下ろした。




