迷宮はヌメヌメしている
俺たちは通路を進む。
マホが杖に灯した明かりのおかげで視界には不自由しない。
「何だか空気が湿っぽいですわ」
「ふん、迷宮とはじめじめしているものだ」
「そうですけれど、先ほどよりも湿っぽい気がしますわ」
ふむ、そうかもしれん。
「恐らくあれが原因なのです」
マホが示した先、通路が途中から水場になっていた。
「水場ですわ」
「見ればわかる」
「でも浅いのです」
泳ぐほどではない。
それどころか水深は膝下ほどしかない。
これなら何の問題もなく歩いて進めるな。
「さっさと行け」
「ワタクシ、濡れるのは好きではないのですけれど」
水をぱしゃぱしゃさせながら水場に踏み込むオッヒー。
次がマホ、最後尾が俺だ。
ぱしゃぱしゃ。
進む。
ぱしゃぱしゃ。
進む。
「水が靴の中に入って冷たいですわ」
「水場を抜けたら乾かすのです」
「そうしますわ」
ぱしゃぱしゃ。
ぱしゃぱしゃぱしゃ。
ん?
何か足にぬめっとしたものが触れたぞ。
「きゃあああ!」
先頭を進んでいたオッヒーが悲鳴を上げた。
何事かと見ると、水中から何本もの触手がうねうねとオッヒーの足に絡みついていた。
「な、何ですのこれは!」
「ゲドー様」
マホが水中を指し示す。
見る。
何かいる。
半透明でわかりにくいが、水中にびっしりと何かがいる。
「イソギンチャクなのです」
何本もの触手をうねうねさせているそれは、まさにイソギンチャクだ。
そんなのがびっしりと水中を埋め尽くしている。
イソギンチャクの群れだ。
いくら明かりがあるといえど、水中は薄暗いから気づかなかったのか。
「いやあああ……! 気持ち悪いですわ……!」
大量の触手がうねうねと、オッヒーの身体に絡みついている。
オッヒーは剣を抜こうとしたが、手も触手に絡まれて動きを封じられていた。
マホも足を触手にまとわりつかれている。
べしべし。
マホが杖で触手を叩くが、効いていないようだ。
「打撃が効かないのです」
そうだろう。
この手の生き物に打撃は効果があるまい。
杖による打撃しか攻撃手段を持たないマホは、こういう魔物相手には役に立たない。
「ぬるぬる……しているのです」
マホの身体もうねうねと触手に絡みつかれている。
腕や足も触手に拘束されて、身動きが取れなくなっていた。
当然、俺にも触手が絡んでくる。
「ふん」
俺は触手を鷲掴みにすると、ぶちぶちと引き千切った。
ぶちぶちぶち。
意外と弾力があるなこいつら。
逞しい俺だからこそ千切れるが、マホやオッヒーでは厳しいだろう。
さてどうするか。
斬撃の魔法なら一網打尽にできるだろうが、触手にまとわりつかれている2人を巻き添えにする。
足場は水だから、雷の魔法も論外だ。
こいつらめんどくせえな。
「んくっ……。くっ、やめてくださいまし……!」
全身を触手に這い回られてオッヒーが悶えている。
気持ち悪いようだ。
「くすぐったいのです……」
マホは全身をうねうねと触手に絡め取られて、宙吊りにされていた。
どれだけ軽いんだこいつ。
「んっ……」
ぬめぬめと身体を触手に這われて、マホも身悶えしている。
もしかしてこいつ、命に関わる実害はないんじゃないか?
と思ったがそんなことはなかった。
「うっ、ぐっ……! く、苦しいですわ……」
オッヒーの首に触手がぐるりと絡み付き、ぎゅうぎゅうと締め上げていた。
見るとマホの首にも触手が巻き付いている。
なるほど。
窒息させてからゆっくりと獲物を分解吸収するつもりか。
イソギンチャクの捕食方法なんぞ知らんが。
さて。
水中にびっしりと棲息しているから、一匹ずつ潰すのは面倒だ。
このゲドー様はそんな手間などかけん。
最強の俺は、こいつらを一網打尽にするいい手段を思いついた。
俺は水中に手を浸す。
「キリエ」
パキパキパキパキ――!
パッキーン。
水が一気に凍りついて、一面の氷になった。
もちろんイソギンチャクどもはまとめて氷漬けだ。
大量の触手も凍りつき、ボロボロと一斉に崩れた。
宙吊りにされていたマホがぽてっと落ちた。
「けほっ、けほっ……。た、助かりましたわ……」
「危うくイソギンチャクのご飯になるところだったのです……」
オッヒーは氷の上に座り込み、咳き込んでいる。
マホも喉をさすっている。
俺は氷の中から自分の両足をずぼっと抜いた。
「全く貴様らは役立たずだな。搦め手に慣れておらんから、こんな無様を晒す羽目になるのだ」
「か、返す言葉もありませんわ……」
「ゲドー様、ありがとうなのです」
オッヒーがしゅんとする。
マホはぺこりと頭を下げてくる。
「でも触手は気持ち悪かったですわ」
「同感なのです」
2人がそれぞれ自分の身体をさすっている。
まあ、ぬめぬめしていたからな。
気持ちはわからんでもない。
「さっさと進め。まだ奥があるはずだ」
「そうですわね……。気を取り直していきますわ」
「オッヒー様、がんばるのです」
「マホもがんばりましょう」
オッヒーとマホは互いに頷き合って、気合いを入れ直している。
いつの間にか仲良しになっているようだ。
「ゲドー様もがんばりましょう!」
「がんばるのです」
たわけ。
俺を仲良しに混ぜるな雑魚ども。
進む氷上はひんやりとして冷たかった。
オッヒーは何度か滑って転がっていた。
「貴様、オッパッピーに改名しろ。そのほうが似合いだ」
「あんまりですわ!」
「オッパッピー様、そろそろ氷が終わるので安心してくださいです」
「……」
オッヒーはぷるぷると震えていた。
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