地下1階 →
「お二人とも、迷宮探索はあまり慣れていないのでしょう? 冒険者であるワタクシが準備というものを教えて差し上げますわ」
オッヒーは得意げに胸を張り、自分の荷物をごそごそする。
「まず迷宮は暗いですので、ランタンを……」
「ピカ」
マホが明かりの魔法で、杖に光を灯す。
「何をしている。置いていくぞ」
「……これだから魔法は嫌いなんですわ」
オッヒーはしょんぼりしながらも、俺たちの先頭に立った。
くじけてはいないようだ。
「迷宮は最初が肝心ですので、ここは先輩のワタクシがお二人を先導しますわ」
「ではお願いするのです」
「好きにしろ」
オッヒーはどこか嬉しそうに、地下への階段を降りていく。
それに続く俺たち。
「オッヒー様」
「何ですの、マホ」
「オッヒー様はどうして、そんなにこの迷宮を攻略したいのです?」
全くだ。
憎き俺に頭まで下げてな。
そんなに素晴らしい宝物でも眠っているのか。
「この迷宮は50階もあって難攻不落と呼ばれており、今まで誰も攻略したことがないのですわ」
「ほう」
「ですが最下層を踏破した者には、大いなる力が与えられると言われているのですわ」
オッヒーは階段を降りながら語る。
その口調には強い意志が見え隠れしている。
「ワタクシはその大いなる力を手に入れたいのですわ。今のワタクシに必要なのは、とにかく力ですから」
「どんな力なのです?」
「わかりませんが、きっと強大な力に違いありませんわ」
オッヒーが拳をぐぐっと握り締める。
「並の冒険者とパーティを組んでも攻略できるかどうかわからない迷宮ですわ。でも……」
「でも?」
「伝説の大魔法使いゲドー様が、目の前にいたのですもの。このチャンスは絶対に、何があっても逃してはならないと思ったのですわ」
ほう。
オッヒーは言うまでもなく、俺と比べれば凡人であり雑魚だ。
しかしだからこそ、目の前のチャンスは意地でも捕まえなければならない。
そのことをわかっている凡人は、まだマシな凡人だ。
俺はこういう芯の強い女が嫌いではない。
雑魚は雑魚なりに、くだらんプライドなど捨てて必死にあがけばいい。
「オッヒー」
「何ですの?」
「喜べ。お前は俺のものになる資格を得た」
「いったい何の話ですの!?」
しかし、それはともかく。
迷宮。
地下50階。
大いなる力か。
やはり俺の記憶の片隅に、何か引っかかりがある。
さっさと踏破したいところだ。
階段を降りきった先は、いかにもな迷宮だった。
石造りの通路が続いており、空気がじめっとしたものに変わった気がする。
俺はマホと手を繋いだ。
それをオッヒーがジト目で見てくる。
「仲良しですの?」
「そうなのです」
「違うわ。たわけ」
オッヒーは溜息をつくと、通路を歩き始める。
「何でもいいので、油断はなさらないでくださいまし」
「どこに行く」
「どこって、先に進むのですわ。当然でしょう」
当然だな。
こいつは何もわかっていない。
「お前の目的地はどこだ」
「地下50階ですわ」
「ならばなぜ先に進む」
「へ?」
「進むべきは下だろうが」
「ええ、ですから階段を」
俺は手を床に向けた。
「ザンデミシオン」
ドッゴオオオオオオオン――!
迷宮全体が振動した。
地下50階まで穴が空いた。
「降りるぞ」
オッヒーの目が点になっている。
「ザンデミシオン、万能すぎなのです」
「当然だ。俺のお気に入りの魔法だからな」
「な、な……」
オッヒーがぷるぷるしている。
「何を考えていますの!? 迷宮が崩れたらどうする気ですの!」
「俺の知ったことか。崩れたら諦めるんだな」
「そもそも威力がおかしいですわ!」
「このゲドー様は最強ということだな」
オッヒーが口をぱくぱくしている。
これだから凡人は面倒なんだ。
「フワリィ」
俺は浮遊の魔法を唱えると、穴に飛び降りた。
「えい」
マホが俺の腰にしがみついてきた。
「邪魔だ」
「私は飛べないのです」
「ちっ、これだから現代の魔法使いは」
俺とマホは浮遊しながら穴を降りていく。
「あわわわ。ま、待ってくださいまし!」
オッヒーが慌てて飛び降りてきた。
俺の頭にしがみつく。
ぽよんと胸が押し付けられる。
悪くない感触だが、前が見えんわ。
「邪魔だ」
「ワタクシだって飛べないんですわ!」
「ちっ、これだから凡人は」
俺たちは一直線に穴を降りて、地下50階に辿り着いた。




