サメを食いたい
サメを食いたい。
「おい、我がしもべ」
「マホなのです」
「サメを用意しろ」
「ちょっと何言ってるかわからないのです」
馬車は街道を進む。
「俺はサメを食いたくなった」
「海にいるサメなのです?」
「そうだ。よく人間に襲いかかっているアレだ」
「よくは襲いかかっていないと思うのです」
がらごろがらごろ。
車輪の音が小刻みにリズムを刻む。
「海に行かないとサメはいないのです」
「ならば行け」
「寄り道になりますがいいのです?」
「構わん」
俺はサメを食いたいのだ。
俺の言葉は絶対だ。
ちょうど街道の分かれ道があった。
看板が立ててある。
『あっち 北』
『そっち 海沿いの町』
「そっちに行け」
「はいです」
馬車は分かれ道を曲がった。
◆ ◆ ◆
主街道を外れたので道がやや細くなった。
「金目のものを出せオラァ!」
野盗がぞろぞろと現れた。
ドカッバキッボコッ。
「ひいい! 命ばかりはお助けを!」
野盗どもはほうほうのていで逃げ去った。
「とどめを刺さなくていいのです?」
「気絶していれば刺すが、何でわざわざ追いかける手間をかけねばならんのだ」
◆ ◆ ◆
がらごろがらごろ。
しばらく進むと、海沿いの町が見えてきた。
珍しく石造りではなく木造の家が多い。
ログハウスとかいうやつだ。
「おう旅の人。楽しんでいきなよ」
町の入口にいる警備兵も緩い。
帯剣こそしているがシャツ一枚だしな。
「解放感溢れる町なのです」
「どいつもこいつも緩みきった顔をしておるわ」
「観光地とはそういうものなのです」
俺たちは馬車を預り所に預けた。
「さて、海に行くぞ」
「待ってくださいです」
「何だ」
「この格好で海に行っては、海水で濡れた服を乾かすという些事が発生するのです」
「む、言われてみれば面倒だな」
マホは周囲を見回すと、指さした。
「あれを見てくださいです」
見る。
いかにも観光客といった凡人どもが、砂浜に向かって歩いている。
特筆すべきはその格好だ。
男も女も薄い布で身を包んでいるだけだ。
「なるほど、水着か」
「海に行くならあれが必要なのです」
「水着なら500年前にもあった。このゲドー様にかかれば造作もない」
「何が造作もないのです?」
「着こなしに決まっておろう」
俺たちは露店で水着を選ぶ。
シックなものから色柄の派手なもの、露出の低いものから高いものまで様々だ。
「俺はこれだ。このゲドー様の肉体美を飾るに相応しい」
迷わずブーメランパンツをチョイスした。
「私はこれなのです」
マホも何か一着選んだようだ。
「では今度こそ行くぞ」
「はいです」
砂浜に着いた。
「では更衣室で着替えてくるのです」
「凡人めが」
俺は砂浜のど真ん中でローブを脱ぐ。
最強たるこのゲドー様は、いちいち肉体を隠す必要などないのだ。
俺は全裸になった。
ふん、周囲から視線を感じるぞ。
俗物どもの羨望が心地よいわ。
俺はブーメランパンツを着用した。
うむ。
悪くない。
むしろいい。
解放感の中にも引き締まった感覚。
やはり水着とはこうでなければ。
「お待たせなのです」
マホがやってきた。
「遅いぞ、たわけが」
マホは白いワンピース形式の水着を着用していた。
胸と腰のあたりに小さなフリルがついている。
色気のあるタイプではないが、まあ可愛らしいといえよう。
「あの子、可愛いなあ」
「可憐だ……」
「小さいのがいい」
周囲がざわざわしている。
うぜえ。
マホは俺の視線に気づくと、少し恥ずかしそうにした。
「まあ水着のセンスについては及第点をくれてやろう」
「ありがとうなのです」
俺の言葉にマホは心なしか照れたように、指先で前髪を弄った。
「では今度こそ海に行くぞ」
「でもサメは沖のほうにしかいないのです」
「ならば沖まで泳げばよかろう」
「無茶を言わないでくださいです」
マホは俺の手を握ると、貸し船屋まで引っ張っていった。
釣り用の小舟を一隻借りる。
小舟を海に浮かべる。
「出発なのです」
「おい、何だこれは」
「カイなのです」
「これで漕いで行けとでも言うつもりか」
このゲドー様に非効率な肉体労働をさせるつもりか。
「漕がないと船は進まないのです」
「凡人が。だから貴様は凡人なのだ」
「どうするのです?」
「魔力をよこせ」
「はいです」
「こうするのだ」
俺は小舟の後方に手のひらを向けた。
「ザンデミシオン」
ズッドオオオオオオオオオオオオオオ!
推進力で小舟が海水を巻き上げながらすっ飛んでいく。
「ふははははは! 爽快だぞ!」
マホは落ちないように船の縁を掴んでいる。
途中で海水浴中の家族連れやカップルを吹っ飛ばしたようなような気もするがまあよかろう。
砂浜は一瞬で遠ざかり、すぐに沖に着いた。




