道ができたぞ。進め
安全圏から戻ってきたマホとキシリーが、ズタボロになった俺の側にしゃがみ込んだ。
「そ、その……。マホ、ゲドー様は大丈夫なのか?」
「ゲドー様は頑丈なのです」
「いやむしろ、なぜ生きているんだ……?」
「頑丈なのです」
「いやでも内臓とか見えているし……。いや内臓自体あまり残っていないが……。いや肉もあまり残っていないが……。食い散らかされたフライドチキンというか……」
俺は声も出せずに転がっていた。
「ゲドー様が再生するまでしばらく待つのです」
「さ、再生するのか……」
「ゲドー様は限りなく不老不死の境地に近い場所にいるお方なのです」
「そ、そうか。すごいな」
こ……こ、ろす……。
ぜっ、たい……ころ、す……。
◆ ◆ ◆
俺の再生が終わるまで、丸一日ほどかかった。
内臓や肉や骨や皮も、すっかり元通りだ。
「ゲドー様、おつかれさまなのです」
「う、うむ。お疲れ様だ、ゲドー様」
「幸運にも馬車は無傷なのです」
俺の怒りの表情に、キシリーの顔が引きつっている。
マホはいつも通り涼しい顔をしている。
「死にかけた……。このゲドー様が死にかけたんだぞ……」
全盛期の俺ならともかく、封印で縛られている今の俺ではあそこまでやられると危ない。
頭が無事だったのが幸運だった。
「許さん」
断じて許さん。
「あの羽虫ども、一匹たりとも逃さんぞ! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!!」
俺は怒髪天を衝いていた。
とりあえずさっきの翼竜どもだ。
それから魔王討伐が終わったら、この大陸に住む翼竜を根絶やしにしてくれる。
「キシリー」
「はっ、はひ!」
キシリーが俺を見て怯えていた。
「羽虫どもはどっちに逃げた」
「う、うむ……。あっちの山のほうだ」
山か。
恐らく翼竜どもの住処があるのだろう。
好都合だ。
住処があるということは一網打尽にできるということだ。
「マホ。魔力をよこせ」
「はいです」
「あっちの山に向かえ」
「はいです」
「急げ」
「はいです」
がらごろがらごろ。
馬車は山道に入っていく。
翼竜どもの住処は山奥にあるようだ。
「ゲドー様。ここから先は山道がなくて馬車が進めないのです」
「そうかわかった。ザンデミシオン」
ズッドオオオオオオン――!
「道ができたぞ。進め」
がらごろがらごろ。
「ゲドー様。熊が現れたのです」
「ザンデミシオン」
ズッドオオオオオオオオオン――!
がらごろがらごろ。
「ゲドー様」
「ザンデミシオン」
――。
――……。
――…………。
「あそこだな」
山奥。
山肌を裂くように、深く長い谷があった。
谷の中には翼竜がうじゃうじゃとひしめいている。
まさしく住処といえよう。
「ゲドー様怖い、ゲドー様怖い……」
「よしよしなのです」
キシリーが馬車の隅っこでガタガタと震えている。
マホがナデナデして慰めていた。
「ゲドー様、どうするのです?」
「一網打尽にする」
ぶっ殺す。
絶対にだ。
慈悲はない。
「ダム・ダム・ジア・ダム・ダム・エーク・エル・リータス」
死ね。
死ね死ね死ね。
死ね死ね死ね死ね死ね。
マホがキシリーを連れて下がっていく。
「奈落の大気よ。暗黒の渦よ。漆黒の波動よ。束ねて盛大に爆裂しろ」
まとめてくたばれ羽虫ども。
「ギガトン――」
轟音。
谷が爆砕した。
山が盛大に崩れて、土砂が谷に降り注ぐ。
「ひっ、ひいい……!」
爆風がこっちまで届いて、キシリーが吹き飛ぶ。
マホは小柄なので、ころころと転がった。
「ククク……」
爆風が収まったときには、地形が変わっていた。
山の上半分がなくなり、その代わり谷も埋め立てられてなくなっていた。
「ふははははは! 見たか。ゲドー様を怒らせるとこうなるのだ!」
翼竜どもは残らず山の肥やしになったことだろう。
「す、凄まじい……。何と凄まじい威力……」
「ゲドー様、ものすごいのです」
「ははははははは! ふぁーっはっはっはっは! はははははは!」
いい気分だ。
実に晴れ晴れとした気分だ。
俺は気が済んだ。
「こ、これが伝説の大魔法使いの力……」
キシリーが恐怖と羨望がないまぜになった視線を向けてくる。
いい目だ。
もっと恐れて、もっと羨望しろ。
このゲドー様をな。
「マホ。街道に戻るぞ」
「はいです」
「キシリー」
「はっ、はい!」
「貴様はさっさと国王の元に戻って、事の顛末を報告してやるんだな」
「あっ、ああ……」
キシリーは自分の胸に手を当てて、何かしばらく悩んでいた。
そして顔を上げる。
「マホ。頼みがある」
「はいです」
「私も、魔王討伐に同行させてはもらえないだろうか」
「足手まといだ」
「うっ……」
俺の一蹴にキシリーは怯んだが、一歩踏み出す。
「しかし、私も何かの役に」
「俺に同じことを二度言わせる気か?」
「……」
俺の見下ろすような眼光を受けて、キシリーは口を噤んだ。
「キシリーさん」
マホがキシリーに近づく。
「敵は魔王ではないかもですが」
「マホ?」
「でも、きっとまたいつか一緒に戦えるのです」
「マホ……」
「そのときを楽しみにしているのです」
「マホ……ああ……」
マホが手を差し出す。
キシリーは涙ぐみながら、マホの手を握った。
◆ ◆ ◆
馬車は街道を進む。
乗っているのは俺とマホの2人だ。
「凛々しくて可愛い方だったのです」
「どこがだ」
紛うことなきへなちょこ騎士だったぞ。
「ゲドー様はああいう女性は好みではないのです?」
「足手まといは好かん」
がらごろがらごろ。
「足手まといでなければ好きなのです?」
「俺の眼鏡に叶う容姿と性格をしていればな」
そうだな。
魔王を倒してマンマール王国に復讐を果たした後は、また大陸中の美女を集めてやろう。
「マホがどうしてもと土下座するなら、そこの末席に加えてやっても構わんぞ。数年後ならな」
「何の話をしているのです」
がらごろがらごろ。
馬車は北上を続ける。




