騎士っ娘キシリー
「ゲドー様、マホ殿。頼みがあるのじゃ」
翌日。
謁見の間で、国王が告げてきた。
何だこいつ図々しい。
「断る。俺たちは暇ではない」
「どういった頼みなのです?」
「おいマホ、勝手に聞くんじゃない」
「うむう、実はの」
こいつら。
「最近、北に続く街道に翼竜が現れておってな」
「翼竜なのです?」
「うむう。旅人や行商人が被害にあっておってな」
「何だ、翼竜ごとき倒せばよかろう」
まさか翼竜を倒せる人材がいないとか抜かすなよ。
「それが恥ずかしながら我が国には、竜種を倒せる人材がいないのじゃ」
おい。
「魔法使いの国じゃなかったのかよ」
「その魔法使いが、強い順に何十人もやられてしまったからの」
「なるほど、一山いくらのゴミしか残っていないわけか」
だがそんなことは俺たちには関係ない。
「ゲドー様。私たちも北に向かうので、どっちにしてもその街道を通る必要があるのです」
「なるほどな。よかろう。そういうことなら、翼竜が襲ってきたら返り討ちにしてやる」
「おお、助かるぞ、ゲドー様」
まあ国王も、俺のことをちゃんと様付けで呼んでいるしな。
翼竜ごとき手間ではないし、一撃で片付けてくれよう。
「しかしさすがに他国のゲドー様とマホ殿に任せきりというわけにもいかぬ」
「援軍などいらんぞ。邪魔だ」
「そう言わずに、せめて一人だけでも連れて行ってくれい」
カツッと踵を鳴らして、一人の騎士が進み出てきた。
凛とした雰囲気の女騎士だ。
「キシリーじゃ。我が国自慢の騎士じゃ」
キシリーと呼ばれた女騎士が、折り目正しく一礼する。
背筋が伸びていて全体的に綺麗だ。
胸があるわりに腰は引き締まっており、プロポーションもいい。
「陛下からご紹介にあずかったキシリーだ。ゲドー様、マホ様、よろしく頼む」
「足手まといだ」
「そう言わずに」
「ちっ」
まあ魔法で吹き飛ばすわけだから、いようがいまいが関係ないか。
邪魔をせんよう下がらせておけばいい。
「マホなのです。よろしくです」
マホが俺の側に寄って、小声で告げてくる。
「竜を、この国の騎士が協力者と一緒に倒したことにしたいのです。国の面子の問題なのです」
「くだらん」
実にくだらん。
なぜ権力者というのはどいつもこいつも面子などにこだわるのか。
ますます翼竜を一撃で吹き飛ばしてやりたくなった。
◆ ◆ ◆
俺たちの馬車は街道を北上する。
御者台にマホ。
馬車上の真ん中に俺。
隅っこで畏まっているのがキシリー。
「ゲドー様、マホ様」
キシリーがきりっとした顔つきで話しかけてくる。
「私のことは呼び捨てにしてほしいのです」
「しかし」
「あまり畏まられるとぎくしゃくして、いざというときの連携に支障が出るのです」
「む、そうか。そういうことなら……」
キシリーは咳払いをすると、ぎこちなく呼んだ。
「ま、マホ……?」
「はいです」
「マホ」
「はいです」
「……ふふっ」
キシリーは凛とした表情を崩して、少しだけはにかんだ。
「どうしたのです?」
「いや。何か、妹ができたようだなと思って」
「ではキシリーさんはお姉さんなのです」
「ふふっ、そうか。姉か」
何やら嬉しそうなキシリー。
「いや、すまん。私は一人っ子だが、実のところ妹がほしいと思っていた時期があってな」
「では翼竜退治の間だけ、私はキシリーさんの妹なのです」
「そうか。マホのような可愛らしい妹なら喜ばしい」
キシリーは目を細めて、御者をしているマホの背中を見つめた。
「ではマホも呼び捨てにすることだし……。あー、ゲドー?」
「様を取るな。殺すぞ」
「ひうっ」
俺の眼光に、びくっと怯えるキシリー。
「こほん、失礼。ゲドー様」
「何だ」
「ゲドー様は本当に、本物のゲドー様なのだな?」
「そう言ったはずだ」
「いや……」
キシリーは視線を彷徨わせて言葉を選ぶ。
「目の前に邪悪、あー、極悪非道、あーいや、伝説に謳われている大魔法使いがいると思うと、どうにもそわそわしてな」
いい度胸だなこいつ。
しかし実のところ、俺は俺自身の伝説とやらをあまり知らん。
何せ500年間、眠っていたわけだからな。
「その俺の伝説だが、どのように語られている?」
「ああ……。曰く、大陸を縦横無尽に駆け巡り、美女という美女をほしいままにし、気に入ったものはとにかく奪い、その圧倒的な力は何者をも寄せ付けなかったと」
「ほう」
大体合ってるな。
「しかし伝説通りだと、ゲドー様はこの大陸を丸ごと敵に回していたようなものではないか?」
「そうだが」
俺の平然とした答えに絶句するキシリー。
「そこまでの力を持つ者など、私は他に魔王しか知らぬ」
「たわけ」
こいつは何もわかっていない。
「たかだか200歳程度の魔王ごときが、俺に匹敵するわけなかろう。魔王がどれほどの力を持っていようが、このゲドー様は大陸一だ」
「そ、そうか……」
キシリーはマホのほうを見る。
「マホ。貴殿らは魔王退治の道中だと聞いたが、実際のところ勝算はどうなのだ?」
「ゲドー様の封印を完全に解けば、魔王にも勝てると思っているのです」
「当然だな」
マホはよくわかっている。
伊達に俺のしもべをやっていないな。
「そもそもキシリーは魔王退治に同行しないのだ。関係なかろうが」
「そ、それはそうなのだが……」
俺の言葉にキシリーは手をもじもじさせた。
何だこいつ。
もしかして自分も同行したいなどと思っているのか。
まあ魔王を退治できれば名誉なことだからな。
こいつも名誉がほしいのだろう。
「いかんいかん。今は目の前の脅威に集中しなければ」
キシリーは自分の頬をぺちぺちと叩く。
馬車は順調に街道を進む。
がらごろがらごろ。
「キシリー。言っておくがこの街道で翼竜と遭遇しなければ、後のことは知らんぞ」
「心得ている。そのときは騎士団の総力を挙げてでも、翼竜の討伐をしなければ」
凛とした表情で頷くキシリー。
と、マホが声を上げる。
「その心配はなさそうなのです」
俺たちが空を見上げると、何かがこの馬車目掛けて急降下してきた。
鳥のようだが、全身が鱗に覆われている。
翼竜だ。




