ぅゎ酒樽っょぃ
俺の爆発魔法が直撃して大臣は土煙に包まれた。
「大臣!?」
「大臣がやられた!」
「騒ぐな虫けらども。よく見ろ」
俺の一喝に騎士や兵士どもが大臣に注目する。
「グハハハハ……。問答無用で攻撃してくるとは、どうやらワシの正体に気付いているようだな」
土煙が晴れると大臣が現れた。
豪華な服はボロボロになっているが無傷。
人間ではあり得ないことだ。
まあ正体は気づいていなかったがな。
「だ、大臣……?」
訝しむ騎士や兵士ども。
大臣は大口を開けて笑った。
脂ぎったデブが笑うと醜い。
大層醜い。
「いいだろう。冥土の土産にワシの正体を見せてやろう」
メキメキと音がして、大臣の身体が膨れ上がっていく。
だぶついた脂肪が何倍にも膨張し、骨格が伸びて肌の色も変色していく。
メキ、メキ、バキ……。
「グフウウウ……」
馬鹿でかくなった。
5メートルはある。
肌は濁った緑色になり、腕や足は丸太のようだ。
皮膚はいかにも分厚そうで、腹は酒樽のように膨れている。
ぎょろりとした目が俺たちを見下ろした。
「トロルだったのです」
そう。
こいつはトロルという魔物だ。
オーガーと同じ巨人種だがオーガーより強い。
「ひいっ!」
「だ、大臣が……」
「魔物だった……!?」
周囲がざわざわしている。
国の要職にいる大臣が魔物だったのだ。
無理もない。
だがまあ俺にかかれば雑魚だ。
「ワシこそは魔王四天王の一人……」
「息が臭いんだよメガトン」
俺は爆発魔法を放った。
範囲を圧縮して威力を上げてある。
トロルごとき跡形も残るまい。
だが。
土煙の向こうから、巨木のような腕がぬうっと現れた。
そのままハンマーのように、俺目掛けて振り下ろす。
「ごはあっ!?」
俺は潰れたカエルのように地べたに叩きつけられた。
何い……!?
「グハハハハ! 効かんわ!」
土煙が晴れると、トロルが現れた。
肌が多少焦げているが、ほぼ無傷だ。
トロルごときが馬鹿な。
俺は骨が何本かイって、地面に這いつくばっている。
放っておけば治るが痛いものは痛い。
「おっ、おい。賊の魔法使いがやられたぞ!」
「俺たちはどうすればいいんだ!」
ざわざわざわ。
周囲は完全に混乱しているようだ。
自分で考えることもできない無能どもが。
「見ての通り、大臣は魔物だったのです」
そこにマホの声が響き渡った。
周囲のざわざわが収まっていく。
「そしてこの魔物こそが、この町の魔法使い連続殺人事件の黒幕なのです」
「なっ、何と」
「そうだったのか!」
目の前のトロルはいかにもな魔物だ。
わかりやすい悪は騎士や兵士どもの意思を統一させた。
「私たちはこの黒幕を倒すためにやってきたマンマール王国の魔法使いなのです」
「おおっ、なるほど!」
「ならば我らも負けてはおれん!」
さり気なくマンマールの株を上げるマホ。
周囲の騎士や兵士どもは、トロルを囲んで剣や槍を突き付けた。
とりあえず俺たちが攻撃される心配はなくなったようだ。
「グハハハハ。ワシの本当の姿を見たものは生かしておけん。皆殺しだ」
「そうはいかんぞ、邪悪な魔物めが!」
トロルのセリフが、逆に騎士や兵士どもの士気を高める。
あの魔物は明確な敵だと。
打倒すべき邪悪なのだと。
まあしかし雑兵どもの士気などどうでもいい。
「総員突撃いいい!」
「グハハハハ!」
「ぎゃあああああ!」
トロルが腕を振るうだけで騎士どもが吹き飛ぶ。
なぜ騎士というのはどいつもこいつも無能なのか。
「怯むな! かかれい!」
「グハハハハ!」
「ぎゃぼおおお!」
続いて兵士どもも吹き飛ぶ。
わかってはいたがこいつらは当てにならんな。
「大丈夫なのです?」
「この程度で俺がやられると思うか」
「膝が笑っているのです」
「黙れ」
俺はよろよろと立ち上がる。
「トロルとはあんなに頑丈なのです?」
「そんなわけがあるか。確かに皮膚は硬いが、この俺のメガトンで粉々にならんはずがない」
そもそもトロルごとき、本来なら下級のキロトンでも倒せるはずだ。
いや待てよ。
まさか。
俺はバサアとローブを払うと、詠唱を始める。
「ザム・ザム・ジア・ザム・ザム・ユク・リータス」
マホが黙って一歩下がる。
「雲海をうねる龍よ。火花纏う爪を俺がいいと言うまで何度でも振り下ろしやがれ」
俺は腕を振り上げ、そして下ろす。
「ザンデミラー」
遥か天空より細い落雷が迸り、トロルに直撃する。
一条。
二条。
三条。
たくさん。
ズドンズドンと雷鳴が轟き、周囲の兵士どもが悲鳴を上げながら右往左往する。
まるで雨のような無数の落雷は、トロルの巨体を滅多打ちにする。
「おおっ!」
「凄まじい魔法だ!」
「やったか!」
兵士どもが歓声を上げる。
だが。
「フシュウウウ……」
無傷。
皮膚に多少の焦げ目はついているが、まるで効いていない。
なるほど。
やはりそうか。
「あれはロード種のトロルだ」
「ロード種です?」
マホは聞いたことがないらしい。
俺とて見るのは初めてだ。
それほど珍しい存在ということだ。
「ゴブリンでもオーガーでも、あのトロルでもそうだが、魔物には一般種の他にロード種と呼ばれるものがいる。その種族の超エリートのようなものだ」
「強いのです?」
「桁違いにな。あのくそトロルは恐らく、そこらの竜など相手にならんほどの力を持っているはずだ」
トロルがどしんと大地を震わせながら前進する。
「グハハハハ! その通りよ。ワシに勝てる者など魔王様以外に存在しないのだ」
「舐めるなよ粗大ゴミが。ロード種だろうが何だろうが、この大魔法使いゲドー様にかかれば赤子の手を捻るに等しいわ!」
「ゲハハハハ! 赤子の手を捻るとはこういうことか? ん?」
ドゴッ! バキッ!
「あべしゃ! ひでぶぁ!」
俺はあちこち骨が砕けて、クラゲのように地べたに転がった。
マホはさっさと退避している。
ぐがあああ。
くそがあああ!
このゲドー様を二度も地面に這いつくばらせたな……。
肉の一片も残しておかんぞこの酒樽が。




