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いっしょにおふろ

 カジノの町で宿を探していた俺たちは、やたら豪華な建物を発見した。


『町一番の宿! 大部屋! 全室風呂あり! ぜひご宿泊を!』という看板。


 全室風呂あり。

 風呂あり。


 風 呂 あ り。


「マホ、ここにするぞ」

「高そうなのです」

「愚民どもには一生手が届かんほど稼いだだろう」

「稼いだのです」


 肩で風を切って宿に入る。


「いらっしゃいませ」


 よく訓練されたスーツのスタッフが出迎える。


「個室を2つお願いしたいのです」

「いや待て」


 風呂。

 そう、風呂があるということは。


「大部屋を一つだ」

「2名様ですが?」

「構わん」

「かしこまりました。お荷物をお預かりいたします」


 大部屋に通される。

 なるほど、このゲドー様にはちと物足りないがまあ悪くない。

 家具も豪華だしソファもベッドも大きい。


「個室ではなくてよかったのです?」

「うむ」


 マホがテーブルに置いてあったメニューを広げている。

 そういえば腹が減ったな。


「夕食を持ってこさせろ」

「今日のディナーは皇帝牛のステーキとあるのです」

「おあつらえ向きだ」


 やはり飯は肉に限る。


 ふかふかのソファにふんぞり返って待っていると、スタッフがディナーを運んできた。


「お待たせいたしました」


 肉汁が滴る肉厚のステーキだ。

 鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てている。

 湯気に乗って食欲をそそる香りが漂ってくる。


「ククク、悪くない。見事このゲドー様が平らげてくれようぞ」

「切り分けるのです?」

「うむ」


 マホが甲斐甲斐しく俺のステーキを切り分ける。

 苦しゅうない。


 俺はステーキを一片フォークで刺して口に運ぶ。


 熱い。

 表面は一瞬噛みごたえがあるが、その後はよく歯が通って柔らかい。

 肉汁がじゅわっと口内に広がる。


 牛の分際で皇帝を名乗るだけあって美味い。

 この俺の舌を楽しませるとは、褒めてつかわす。


 横を見ると、マホがステーキをサイコロのように小さく切り分けていた。

 無表情で黙々と口に運んでいる。


「どうだ」

「美味しいのです」


 表情に出ないだけでマホも満足しているようだ。


 合間にスープにパンを浸して食べたり、付け合せの野菜を食べたりする。

 もちろん貧乏人が食べるような硬い黒パンではなく、ふかふかの白パンだ。

 野菜も新鮮でドレッシングも悪くない。


 やはり大魔法使いゲドー様たるもの、財力のうえでも強者であらねばな。

 強者の食事とはこうでなければいかん。


「ステーキがちょっと多いのです」


 ボリュームがありすぎてマホがギブアップした。


「軟弱者めが。任せておけ」


 俺はマホが残した分まで綺麗に完食した。

 美味であったぞ。


 俺は腹が膨れて満足した。

 マホも満足しているようだ。


 まあ美味い食事を食べて不満な奴などいるはずもない。


 俺は立ち上がる。

 この大部屋には宣伝文句の通り風呂が備え付けてある。


「風呂に入るぞ」

「いってらっしゃいです」

「何を言っている。お前も来るんだ」

「私もです?」


 意外そうに目をぱちぱちするマホ。


「当然だろう。誰が俺の背中を流すというのだ」

「さすがにちょっと恥ずかしいのです」

「どこに恥ずかしがる要素があるというのだ」


 数年早いわ。


 全裸になって風呂場に入る。

 タオルなど巻く必要はない。

 俺の逞しい肉体に隠すべきところなど一片もないのだ。


 ほう。

 部屋に付属している風呂だからこじんまりしているかと思ったが、それなりだな。

 少なくとも足を広げてまだまだ余裕があるくらいの広さの湯船だ。


 遅れてマホが入ってくる。

 バスタオルを身体に巻いている。


 やはり背丈も胸も小さい。

 まあ肌が白くてきめ細やかなのは評価してやる。


「あまり見ないでほしいのです」

「見るとしても数年後だ」

「それはそれで複雑なのです」


 マホが微妙にむ~っとしている。


 俺は座る。

 マホはお湯を汲んで俺の背中にかける。

 石鹸をスポンジにつけ、俺の背中をごしごしと洗い始める。


 ごしごし。


 うむ。


 ごしごしごし。


 うむうむ。


 マホは侍女ではないから背中を流すのはあまり上手くない。

 だがまあよかろう。


 美味い飯に久しぶりの風呂。

 俺は気分がいい。


 身体を洗って髪も洗う。


 そして俺は湯船に浸かる。

 マホも遅れて湯船に入ってくる。


 うむ。

 よい。


 この心地よさ。

 これこそが強者の特権というものだ。


 マホを見ると、目を閉じて湯船の心地よさに浸っていた。

 白い肌が上気している。


 やはり表情には出なくても、風呂は気持ちいいようだ。


 マホが自分の胸をぺたぺたと触っている。

 そして心なしか肩を落としている。


 不憫な奴だ。


「ゲドー様」


 ふとマホが口を開いた。


「何だ」

「ありがとうなのです」

「何がだ」


 マホはそれには答えない。

 まあいい、好きにしろ。


 俺たちは風呂から出た。


「俺は満足だ」

「よかったのです」


 俺は少し涼んでから大きなベッドに横になる。

 ソファと同じくふかふかしている。

 悪くない。


 ベッドは一つしかないので、マホはソファに横になって丸くなった。


 さて寝るか。

 今日はいい気分だった。


 魔法を使うときの高揚感や弱者を蹂躙するときの心地よさもいいが、こういう時間も悪くはない。

 美味い飯に暖かい風呂。

 強者の特権としてどちらも欠かせない要素だ。


「……」


 ふうむ。

 大きなベッドには女を侍らせたくなるな。


 500年前はそれこそ両側に何人もの美女を侍らせたものだ。

 しかしここにはマホしかいない。


 まあよかろう。

 マホも容姿は可愛らしいといっていい。

 俺の隣で寝ることを許可してやろう。


「マホ」

「はいです」

「ベッドに来い」

「ソファも寝心地は悪くないのです」

「いいから来い」

「はいです」


 マホがもぞもぞとベッドに入ってきた。

 俺の隣だ。


 うむ。

 小柄なせいか、俺の腕の下で収まりがいい。

 これはこれでありだな。


 俺は寝つきがいい。

 愚民どもが抱えるようなつまらん悩みもないからな。


 眠気はすぐにやってきた。


「ゲドー様」

「何だ」


 俺の眠りを妨げるな。


「旅、楽しいのです」

「……」


 ふん、何を言い出すかと思えば。


「おやすみなさいです」


 マホは俺の腕の下で丸くなった。


 俺もさっさと眠気に身を任せた。

 

少し前に感想欄でリクエストをいただいた、にゅーよく回です。

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