つるっパゲの精霊さん
マホが隠れていた木から飛び出した。
氷の槍が雨のように降り注ぐ中、ダーケルのほうに杖を向ける。
「ケシ・ケシ・ジア・ケシ・ケシ・コーム・リータス」
あの魔法は……。
なるほど。
マホの奴、考えたな。
俺も隠れていた木から出て、両手で宙に印を描く。
俺の指に沿って青白い光が流れる。
「何をするつもりか知らないが……悠長に詠唱させると思うか……」
ダーケルが両手を頭上に掲げる。
ちいっ。
奴め、氷の槍を全て俺たちに向ける気だな。
だがダーケルの目の前に、エルルが割り込んできた。
「つるっパゲの精霊さん、ちょっと後ろを向いて!」
詠唱とともにエルルの手から、大光量の閃光が迸った。
「ぐああ……目が……!」
ダーケルは目が眩み、目元を抑えて苦しんでいる。
上手いぞエルル。
褒めてつかわす。
「マホ・ツカーリエが命じるのです。私がいらないと思ったものはいらないので消え去るのです」
すげえ独善的な詠唱だな。
「ケシオン」
「なっ……」
ダーケルが狼狽えた。
そうだろう。
奴の身体を守っていた魔法障壁が消滅したのだ。
まさか魔法障壁をディスペルされるなどと予想もしなかったのだろう、ダーケルは口をあんぐりとしている。
だがなあ。
ククク。
このゲドー様を目の前にして、無様に呆けていていいのか?
「ザム・ザム・ジア・ザム・ザム・エーク・エル・リータス」
俺の詠唱が高らかに響き渡る。
「なっ……そ、その魔法はあ……」
ダーケルの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「天空よ、大気を劈き大口を開けろ。雲海をうねる龍――」
「ま、まさか……あなた様は本当に、伝説の大魔法使いゲドー様……」
今頃理解したか。
だがもう遅い。
「――並び立つ幾千の牙を打ち鳴らし、焼け付く咆哮をさっさと吐き出しやがれ」
「ひっ、ひいい……。トラエルシーダ……!」
ダーケルが結界の魔法で身を守るが、無駄だ。
無駄無駄だ。
俺の身体をバリバリと稲妻が帯電していく。
「くたばれゴミカスが」
俺はダーケルに手のひらを向けた。
ダーケルの顔が恐怖に凍りつく。
「ザンデミシオン――」
轟音と閃光が迸る。
極太の稲妻がうねりを上げながら、一瞬でダーケルを飲み込んだ。
「う、うわわっ!」
大魔法の余波でエルルが転がっていく。
マホはちょこんと俺の背中に隠れている。
轟音と閃光が晴れたときには、地面が魔法の通り道に沿ってぶすぶすと黒煙を上げていた。
そしてダーケルは。
「真っ黒なのです」
人の形をした黒炭と化していた。
「う、うわあ……」
エルルがすごいものでも見たような表情をしている。
「ふはははは! はははははは!」
小物!
所詮は小物!
本物の魔法使いなどと粋がっていても、このゲドー様にかかればこんなものだ。
ああそうだ。
この俺の魔法あってこそだが、マホも一応は役に立った。
まあ合格点といってよかろう。
「マホ。褒めてつかわす」
俺はマホの頭に手を乗せた。
「……ありがとうなのです」
マホはどこか恥ずかしそうにしていた。
「ゲドー様、すっごいねえ。本当に伝説の大魔法使いだったんだね!」
「無論だ。もっと讃えろ」
「ゲドー様すごい! 世界一!」
「そうだろう、そうだろう。ふはーっはっはっは!」
マホが炭化したダーケルに近づいた。
「結局、魔王四天王とは何だったのです?」
「うーん、さあ?」
「ふん、それならおおよその予想はつく」
2人の視線を受けて、俺は鼻を鳴らす。
「魔王は復活して間もない。力を取り戻す必要があるだろう」
「はいです」
「この千年樹は凄まじく濃密な魔力で溢れている。となればわからんか?」
「もしかして、ここの魔力を集めて魔王のご飯にするつもりだったのです?」
「恐らくはな」
エルルが千年樹をぺたぺた触りながら口を開く。
「ねえねえ。てことはゲドー様も、この大樹から魔力を食べたらよくない?」
「たわけ。この俺に魔力を吸収する力などない」
というかどんな魔法使いだろうが、そんな力はない。
魔王にはそれがあるということだろう。
「ねえねえ。魔王四天王ってことは、あと3人はいるってこと?」
「そうだろうな。魔王の手足となって働く奴がな」
まあ大した問題ではない。
このゲドー様にかかれば、四天王だろうが何だろうが等しく小物だ。
「でも今回は危なかったのです」
「ほんとだよね!」
「エルルのおかげなのです」
「えっ、ほんと? えへへー」
エルルは単純に喜んでいる。
おめでたい奴だ。
しかし魔王か。
俺は少々、魔王とやらに興味が湧いてきた。
まあもちろん、魔王と言えど俺の力には到底及ばないだろうが、それでも相当の力は持っていることだろう。
楽しみだ。
自分のことを強者だと思っている奴を、より強い力で捻り潰すことがな。




