ゲドー様の昔の悪行
街道を歩いていると、何やら難民キャンプらしきものが見えてきた。
「あれは何です?」
「俺が知るか」
近づいてみる。
テントがたくさん張ってある。
珍しいことに、そこにいる連中は人間ではなかった。
全員、耳が長くピンと尖っている。
どいつもこいつもエルフだ。
「こんにちは。どうしたのです?」
「ああ、これは旅の方かな……」
一人のエルフがこっちを見て硬直した。
何だ?
「げ、ゲドー……?」
「いかにも。邪悪な大魔法使いゲドー様だ」
ほう。
殊勝にも俺のことを知っているのか。
いい心がけだ。
「ゲドーだーっ! 邪悪な大魔法使いゲドーだあーっ!」
「何っ! 囲め囲めっ!」
テントにいたエルフどもがわらわらと出てきて、俺たちを囲んだ。
ずらりと剣を突き付けられる。
俺は腕を組んだまま鼻を鳴らした。
「ゲドー様?」
「さあな」
そこに一人のエルフが進み出てきた。
エルフ族ってのはどいつも顔が似ていて判別しにくい。
「長老」
「長老様」
どうやら進み出てきたこいつが長老らしい。
「邪悪なる大魔法使いゲドーか……。久しいのう。500年ぶりかの」
「何だ、キレーナ森林のじじいか」
するとこいつらはキレーナ森林に住むエルフどもか。
「こんなところで何をしている?」
「それは我らのセリフじゃ」
見下ろす俺に、睨みつける長老。
マホが両者を見比べてから、一歩前に出る。
「長老さん」
「何じゃ」
「マンマール王国の宮廷魔法使い、マホ・ツカーリエなのです」
マホが礼儀作法に則って挨拶をする。
「む……」
長老が怒気を弱める。
エルフ族は元々、礼を重んじる種族だ。
マホがきちんと礼儀作法に則るなら、きちんと返さざるを得ないのだろう。
「失礼した、マンマールの魔法使い殿。我らはこの近くにあるキレーナ森林に住まうエルフ族です」
「よろしくなのです」
互いに頭を下げるマホと長老。
「失礼ですが、この邪悪なる魔法使いゲドーを連れてどちらへ?」
「魔王を倒しに行く途中なのです」
「何と、魔王を……」
ざわざわし始めるエルフども。
「なるほど……。魔王が復活したという話は我らも聞き及んでおります。どうにかせねばとは思っていたところ」
「エルフ族は長寿と聞いているのです」
「いかにも。200年前の魔王大戦でも、我らは戦いました。あのような悲劇は二度と御免です」
そうか。
500年前と比べてエルフどもの数が減っているように見えたのは、気のせいではなかったか。
魔王大戦のときにエルフ族にもたくさん死人が出たのだろう。
「ゲドー様と一緒に魔王の本拠地に向かっているのです」
「なるほど。ゲドーは邪悪ではありますが、伝説に名を連ねるほどの強力な魔法使い。魔王にぶつけるにはこれ以上ない人物でしょうな」
長老は一人で納得している。
まあ間違ってはいない。
たかだか200歳の魔王など、このゲドー様の敵ではないからな。
「エルフたちはなぜゲドー様に敵意を持っているのです?」
「それは……」
「ふはははは!」
長老の言葉を遮って、俺は高笑いをする。
「簡単な話だ。500年以上前のことだがなあ」
「はいです」
「この長老の娘が、見目麗しかったものでな」
「さらったのです?」
「うむ、奪ってやった。このゲドー様の所有物になれるとは光栄に思ってもらわねばなあ」
また周囲のエルフどもがざわざわする。
さっきと違って怒気を含んでいる。
「ゲドーよ。私の娘はどこへ行った」
「知らん」
「何だと!」
長老の顔が厳しくなる。
周囲のエルフたちが剣を構えて距離を詰めてくる。
「長老さん」
「何ですかな」
「ゲドー様はこの500年間、ずっとマンマール城の地下に封印されていたのです」
「何と?」
「なので、言葉通り本当に知らないと思うのです」
マホの奴、この俺を庇ったつもりか?
くだらん真似をしおって。
「それは本当か、ゲドー」
「まあな。貴様の娘と最後に会ったのは500年前だ。今どうしてるかなど見当もつかん」
「そうか……」
長老が肩を落とす。
娘の一人や二人でがたがた抜かすなど、軟弱者めが。
「ところで長老さん」
「何です」
「エルフ族はなぜこんなところにいるのです?」
「それが……」
長老が弱り果てた顔で話し始める。
「我らの住処であるキレーナ森林ですが、ダークエルフに奪われてしまったのです」
「ダークエルフなのです?」
「ええ、しかもたった一人の」
ダークエルフというのは文字通り、肌の黒いエルフのことだ。
邪悪な力を身に着けており、エルフより強い。
まあこの俺に比べれば雑魚だがな。
「でも長老さん。いくらダークエルフでも、たった一人でエルフ族を追い出せるのです?」
「我らもそう思って戦いました。しかしあのダークエルフは、何やら凄まじい力を持っており、手も足も出ませんでした」
エルフ族は見渡すだけでも100人近くはいる。
それを一人で退けたのなら、なるほどそのダークエルフは大した力の持ち主ということになる。
もちろんこの俺に比べれば雑魚だがな。
マホは少し考えて口を開く。
「長老さん。提案があるのです」
「提案?」
「はいです。森林を追い出されて、エルフ族はとても困っているように見えるのです」
「その通りですな」
長老も周りのエルフどもも、しみじみと頷く。
「取引をしたいのです。ゲドー様と私で、そのダークエルフを倒すのです」
「何と?」
「代わりにゲドー様が長老さんの娘さんをさらった悪行を、不問にしてほしいのです」
「む……」
周りのエルフどもも、またざわざわしている。
こいつらうざいな。
「娘さんをさらった悪行は許しがたいと思うのですが、500年以上前の話なのです」
「そうですな」
「反面、今まさに100人近いエルフ族が困っているのです」
「……」
長老が眉根を寄せて考え込んでいる。
小物の葛藤といったところか。
しばらくして長老が顔を上げた。
「よろしいでしょう。悪行をなかったことにはできませんが、本当にキレーナ森林を取り戻してくださるのなら、この件についてこれ以上ゲドーを問い詰めることはしますまい」
「助かるのです」
「いずれにせよ500年以上前の話ですから、ゲドーを問い詰めたところで娘が所在不明なのは変わりませんからな」
マホが俺のほうを向く。
「ゲドー様。ダークエルフを倒しに行くのです」
「ふざけるな。勝手に決めおって。誰がそんな無駄な時間を使うか」
「いえ、ゲドー様」
マホが俺を見上げる。
「大魔法使いゲドー様の行く道は、順風満帆でなくてはいけないのです」
「当然だ」
「つまらない些事に足を引っ張られる憂いを、ここで取り除いておくのです」
「む」
エルフどものような小物に足を引っ張られたところで痛くも痒くもない。
が、この俺の道筋にいらんケチがつくのも面白くないな。
それにそのダークエルフとやらが少々気になる。
「よかろう。マホの口車に乗ってやろう」
「ありがとうなのです」
キレーナ森林はすぐ近くだ。
この俺ならばさしたる時間もかからず解決できるだろう。




