いいか、城など吹き飛ばせ
地下牢は寒々としていた。
俺とマホは同じ牢屋に閉じ込められた。
「大丈夫なのです?」
「放っておけば治ると何度も言っているだろう」
くそ兵士どもに散々殴られた傷は、もう治り始めていた。
500年前の俺なら、もっと高い自然治癒能力があったんだがな。
「ゲドー様」
「何だ」
「いえ」
マホが小さく「ありがとうなのです」と呟くのが聞こえた。
マホをけなしたデブ大臣を俺が殴ったことだろう。
くだらんので聞こえなかったことにした。
「このヒシガッタ国は、マンマール王国の敵国なのです」
「もう聞いた」
「なのでスパイを捕えたことを口実にして、ヒシガッタ国はマンマール王国に攻め込む可能性があるのです」
スパイというのはもちろん俺たちのことだ。
アホらしい。
「マンマール王国は弱小国に成り下がったと聞いたが?」
「はいです。攻め込まれたら危ないのです」
「どうする気だ?」
「速やかにここから脱出するのです」
脱出。
脱出か。
「それでどうする」
「仕方ないのでいったんマンマール王国に戻って、危機を伝えるのです」
「馬鹿め」
俺は一蹴した。
「なぜ俺が小悪党のようにコソコソと逃げ出さねばならん」
「でも」
「このゲドー様がそんな悠長な手段を取ると思うか」
「何か考えがあるのです?」
俺は口元を吊り上げた。
「この城を吹き飛ばす」
マホがまじまじと俺を見つめた。
「正気なのです?」
「逆に聞くが、なぜ吹き飛ばしてはいかんのだ」
「……」
俺の質問にマホは考え込んだ。
しばらくしてマホが口を開いた。
「やってしまうのです」
「いい決断だ」
「どうせ敵国なのです。この城がなくなっても私たちは何も困らないのです」
ククク。
いい流れだ。
「そういうわけでマホ。俺の封印をもう一段階解け。そうでなくては城は壊せん」
かかったな、マホ。
この流れなら貴様は断れまい。
「断るのです」
「何い?」
「今のゲドー様でも、上級魔法を使えば城を吹き飛ばすことはできるのです」
ちいい。
ばれてやがる。
こいつ予想以上に俺のことをよく知っているな。
まあ仕方あるまい。
俺とてこんな場所にいつまでも閉じ込められている気はない。
「よかろう。マホ、魔力をよこせ」
「はいです」
マホが俺の手を取る。
暖かいものが俺の身体に流れ込んでくる。
「もっとだ」
「はいです」
「もっとよこせ」
「はいです」
どんどん流れ込んでくる。
城を丸ごと破壊するなら、今の俺ではメガトンでも足りまい。
もっと魔力が必要だ。
「これくらいでいいのです」
上級魔法を一発撃てるほどの魔力を供給したところで、マホが手を離した。
こいつ、絶妙のタイミングを心得てやがる。
これでは魔力は余らない。
まあいい。
俺は立ち上がった。
「この俺を捕えておこうなどと不遜な考えだったな雑魚ども」
さて、どの魔法を使うかだ。
爆発系は賢くあるまい。
城が崩れ落ちて、俺たちが瓦礫の下敷きになる恐れがある。
指向性を持つ魔法で、下から上に丸ごと吹き飛ばすようなものがいい。
俺は指先で空中に印を描く。
青白い軌跡が宙を滑る。
「ザム・ザム・ジア・ザム・ザム・エーク・エル・リータス」
ローブがふわりと浮きあがる。
俺の身体が発光し、バチバチと帯電する。
これだ。
この感覚だ。
魔法を使うとき特有の高揚感が俺の身体を駆け巡る。
「天空よ、大気を劈き大口を開けろ。雲海をうねる龍」
俺の髪が帯電しながら逆立つ。
マホが退避していく。
「並び立つ幾千の牙を打ち鳴らし、焼け付く咆哮をさっさと吐き出しやがれ」
俺は片手を天井に向ける。
「ザンデミシオン――」
轟音。
目も眩む閃光。
極太の稲妻が、下から上へと城を貫通した。
外から見れば、まるで光の柱が天へと聳え立っているように見えたことだろう。
マホは牢屋の隅で小さくなって耳を塞いでいる。
音と閃光が収まったときには、天井にぽっかりと大穴が開いていた。
そのまま大穴から青空が見える。
城は外周を残して綺麗に消し飛んでいた。
「ククク……」
俺は笑う。
「ふははははは! はーっはっはっはっは! 馬鹿め、塵も残さず消し飛びおったわ!」
高笑いをする。
爽快だ。
実に爽快だ。
逆らう者は死刑。
いい気分だ。
「わー」
マホが拍手をしてくる。
もっとしろ。
「凄まじいのです」
「ははははは! そうだろう」
「知らない魔法なのです」
「雷の上級魔法だ。今の時代に残っているかどうかは知らんがな」
やはり魔法はいい。
魔法で何かを盛大に破壊するというのはいい気分だ。
500年前も今もこの感覚は変わらない。
「では脱出するのです」
「馬鹿め、もう逃げ出す必要などなかろう」
「では堂々と歩いていくのです」
「うむ」
マホが頭上を見上げた。
「ヒシガッタ国は城が消えてしまったのです」
「知ったことか」
「たぶん城に住んでいた王族も一緒に消えてしまったのです」
「ざまあないな」
国が潰れるかもしれんが、このゲドー様を幽閉しようとしたのだ。
当然の報いだな。




