マンマール王国復興計画
「えれえ助かりましただ」
「ありがてえありがてえ」
ゴブリンを倒して村に戻った俺たちは、村人どもに頭を下げられた。
俺は舌打ちをした。
平伏されるのは悪くない気分だが、それが恐怖ではなく感謝というのが虫唾が走る。
「面白くないです?」
「当然だ。人間どもが俺にかしずくときの表情は、恐怖と絶望に染まっていなければならん」
「ゲドー様も人間なのです」
そんな会話をしていると老齢の村長が進み出てきた。
「村をお救いくださった勇気あるお方、よろしければお名前を伺えますか」
「こっちがゲドー様なのです。私はマホ。マンマール城の魔法使いなのです」
「おお! 王城からの使者とは有り難い限りです。差し支えなければ、今夜はワシの家にお泊りください」
「ふん、苦しゅうない」
「ご厚意に甘えるのです」
小さな村ということもあり村長の家もそれほど大きくない。
それでも村一番の建物ではあった。
俺たちがテーブルに着くと、老婆が食事を出してくれる。
村長の妻だろう。
黒パンに野菜のスープに果実。
質素なものだ。
「王城の使者様に大したおもてなしもできませんが」
「全くだな。豚のエサよりはマシなレベルぐっ」
マホがテーブルの下で俺の足を踏んづけた。
「感謝なのです」
俺はマホの足を蹴り返す。
マホも蹴り返す。
「美味しいのです」
「それはよろしゅうございました」
水面下の激戦に気付いた様子もなく、老婆はほほほと笑っている。
マホは涼しい顔をしている。
このガキ……。
「使者様は旅の途中で?」
「はいです。今夜一晩だけお世話になるのです」
「それではこちらのお部屋へどうぞ」
◆ ◆ ◆
寝室に通された。
のだが。
「おい、何でこの俺が貴様と同室なんだ」
「きっと客室がこの一部屋しかないのです」
「このゲドー様が個室じゃないなどあり得ん」
「我慢してほしいのです」
まあベッドが2つあるだけでもマシなのだろう。
恐らく他の村人の家には、客室なんて上等なものはあるまい。
マホがローブを脱いでベッドに腰掛ける。
幼い身体つきだ。
楽しみがあるとすれば数年後だな。
俺もローブを脱いで放り出す。
マホが律儀に、俺のローブを拾って壁にかける。
殊勝な心がけだ。
「今日はお疲れ様なのです」
「それだ」
「どれなのです?」
俺はマホを見下ろす。
「疑問に思っていた。なぜさっさと魔王の居城に向かわない」
「道中の魔物問題は解決していく方針なのです」
「もう聞いた。だが無駄な労力のはずだ。根本の原因たる魔王を倒せば、狂暴化している魔物どもは大人しくなるんだろうが」
道中だけとはいえ、今回のゴブリン退治のようなことを繰り返していては無駄な時間が取られる。
魔王を倒せば全てが解決するのだ。
なら一直線に魔王の居城まで向かえばいい。
何より忌々しい封印がいつまでも、この俺様の体内に根を張っているのが気に食わん。
「素直に吐け。何を企んでいやがる」
「確かに事情はあるのです」
「聞いてやる」
俺があごで促すと、マホはいつもの無表情で素直に話し始める。
「マンマール王国は弱小国なのです」
「弱小だと? 500年前は大陸最大の軍事国家だったはずだぞ」
だからこそこの大魔法使いゲドー様をもってしても、攻略に時間がかかったのだ。
「昔はそうでも、魔王との大戦を経て今は弱小なのです」
「無様だな」
俺は鼻で笑う。
「無様なのです。なのでヒメール姫様はかつての大国に復興させる計画を立てたのです」
「ほう」
「それが古の大魔法使いゲドー様なのです」
なるほど、読めてきたぞ。
俺は苛立たしげに眉を動かす。
「マンマール王国が復活させたゲドー様を魔王退治に送り出すのです」
「で?」
「道中で魔物問題を解決して、マンマール王国の名声と評判を稼ぐのです」
「……で?」
「最後の仕上げに魔王を倒せば、マンマール王国は大陸を救った国家として名を馳せるのです」
つまり俺は、マンマール王国の犬にされているわけだ。
「下等なゴミが、舐めた計画を立ててくれたものだな」
「弱小国は放っておくと他国に攻め込まれて併合されてしまうので、苦肉の策なのです」
「だから何だ。弱ければ食われる、当然のことだ」
「その通りなのです」
俺が睨み据えてもマホは動じない。
いやそもそもこいつは最初から、俺に対して恐怖を感じていなかった。
肝が据わっているのか、それとも何か理由があるのか。
だがどっちにしても、こいつに何を言ったところで意味はない。
マホにしても命令を遂行するだけの駒に過ぎないのだ。
「この俺を前にして、よくも堂々とそんな計画を喋ったものだな」
「そのうちばれるのです」
忌々しい。
実に忌々しい。
本来なら、このゲドー様が誰かの犬に成り下がるなどあり得んことだ。
しかし今の俺の力では一国を相手取るには厳しい。
何せ魔法を使うための魔力を、全てマホに握られている状態だ。
それに封印のせいで魔法使いとしての力も万全ではない。
極めて屈辱的なことだが今は耐えるしかあるまい。
俺はマホの胸倉を掴み上げた。
マホの軽い身体が宙に浮く。
「誓え。魔王の居城に辿り着いたら、俺にかけられた封印を全て解除するとな」
「誓うのです。ゲドー様」
「俺が魔王を倒さないと、貴様らも困るからだな?」
「はいです」
ヒメールやこいつも打算で俺をこき使っているのだ。
上等だ。
溜まりに溜まった鬱憤は、俺の封印が解かれた後で思う存分晴らしてくれよう。
もちろんそのときには、マンマール王国はこの大陸から消滅することになる。
俺はマホをベッドの上に放り出す。
マホの小さな身体が、ぽよんとバウンドした。
「お前は俺がもらうと決めた。俺の言葉に二言はない」
「私がいないと魔法を使えないからです?」
「それもあるし、貴様の容姿も悪くないからだ。俺のために存分に働いてもらう。覚悟しておけ」
「がんばるのです」
俺は自分のベッドに寝転がる。
背中にマホの視線を感じる。
鬱陶しい。
こんなときにはあれだ。
数を数えるのだ。
邪悪な大魔法使いゲドー様が一人、邪悪な大魔法使いゲドー様が二人……。
そのうち眠気がやってきたので寝た。




