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第八話 チートですよチート

 既に窓から差し込む光は少なくなっており、それぞれのテーブルの上に掲げられたランプや壁に掛けられた燭台が主な光源となっていた。そして徐々に薄暗くなっていく外とは対照的に客の入りは徐々に増えていく。数人で来て勝手に盛り上がる集団があれば、酒や食べ物には目もくれず酌婦を連れて二階へと消えていく男もいる。

 そんな中で最も注目を集めているのは健吉達が座っているテーブルであった。夕方の騒動を知っている者は喧嘩の後始末としての結末を興味深くみているし、そうでない者も異世界人が自分の身を賭けていると酒の肴として注視していた。


 ゲームは各人に九枚のカードを配るところから始まる。カードにはさまざまな模様が描かれており、残りのカードはまとめて中央に置かれる。そして中央からカードを一枚引いて代わりに一枚捨てる。捨てたカードは各人の前で一か所にまとめられる。それを時計回りでやっていくのだ。

 おそらくはルールを知らないであろう健吉はいうと、やはり適当な様で、カードを交換する度に観客が首を傾げたり、薄ら笑いを浮かべたり、噴き出したのか飲み物を吐きそうになったりしていた。

 さらには健吉がカードを引くたびに後ろのカウンターにいるチョッキ姿のバーテンダーが皿を拭いたりグラスを拭いたりする。

「アニキ、後ろから覗かれてるッスよ」

 健吉の耳元でそっと囁いたのは正二である。

「おい、なにをしてやがる!」

 それを即座に咎めたのは酒場のザカバであった。

「あぁ!? それはこっちのセリフだ!」

 正二も負けじと睨みつける。直後、その正二の顔面に裏拳が入った。正二はたまらず、よろめきながら鼻を押さえて膝を着く。

わりぃな。こいつは俺とは関係がないんだ。これで勘弁してくれ。」

 健吉はポケットからハンカチを取り出すと手の甲に着いた鼻血を拭うとそれを座り込んでいる正二に投げ渡す。

「……」

 いきなりの行動に辺りが静まり返った。

「……あんたがそう言うならそれでいいよ」

 我に返ったザカバがハンカチで鼻を押さえる正二を見ながら出した結論だった。


 そんな騒ぎがありながらもゲームは淡々と進む。目を潤ませながら鼻を押さえている正二は後ろからの視線を遮るように健吉の後ろに立つ。もっともそれには何の意味もなかった。

「上がりだ」

 八巡ほどしたのちに健吉の右隣りの男が宣言と共に手持ちのカードを広げる。

「カナリア、ハトメのメンメンパだから六八〇〇点だな」

 男のカードを確認するとザカバが紙に何かを書いていく。

「これ、麻雀みたいな感じッスかね? 捨て配を憶えなきゃいけないから面倒ッスね」

 鼻血が止まった正二はさっきの騒動にもめげずに再び口を挟む。

「……だけど、こっちは役を知らねぇんッスから、あいつらに適当な役をでっち上げられたらお終いッスよ?」

「部外者がまた文句を言ってんのか? 黙ってろよ」

 そんな正二を健吉の右側に座ってる男がめ付ける。

「問題ないから続けてくれ」

 そんな二人を無視して健吉がゲームの催促をした。

 その様子を見ていた観客たちは「役すら知らねぇらしいぜ」、「そりゃ適当に棄てるよな」と呆れるやらの白けムードとなる。

「要はあれだろ。わざと負けて雇ってもらいたいのさ」

 もはや健吉達の方を見ようともせずカウンターでグラスを傾けていた男が呟く。これを聞いた一同は「ああ」と頷き、一様に健吉達への興味を失ってしまった。


 その様な外野のやり取りに構わずゲームは続く。その後の一ゲームはザカバが健吉の捨てたカードで上がった。一万二千三百点をカウントされる。

「だいたい点数って言われたって持ち点がわからねぇじゃねぇか」

 相手にされない正二が健吉の後ろで一人文句を言う。案の定健吉はそのまま新たに二連敗。そして次のゲームに向けてカードが配られている時に健吉が口を開いた。

「役はだいたい分かってきたんだが……」

「マジっすか!?」

「点数の計算はそっちでやってくれるのか?」

 健吉は驚く正二を無視してザカバに質問した。

「へぇ、やるねぇ。勿論それが決まりだからな。そうなると俺達も本気を出さないといけないから長丁場になるな」

 ザカバはそう言ってからカウンターの男に声をかける。

「なにか適当に用意してくれ。こっちの旦那の分も忘れずにな」

 ザカバに続けて健吉もカウンターに声をかけた。

「兄ちゃん、悪いが後ろの奴にもなんか作ってやってくれねぇかな?」

 健吉のその一言を聞いた正二の顔つきが一気に明るくなる。

「アニキ! やっぱりおいらのことを……」

「誰がアニキだ」

 そんな二人のやり取りをよそにカウンターの男がザカバに確認の視線を送ると、彼は仕方なさそうに頷いた。

「さてとやるか」

 ザカバの一声で五ゲーム目が始まった。そのゲームの八巡目、ザカバが自分の手順で鼻の下を擦る。そして次の順番の男がカードを捨てると彼は「お、それ貰うな」と拾ってポンかチーの要領で自分の手札の一部と共に下に広げる。

 その時、それぞれの脇に木の実が入った小皿とワインが入ったグラスが置かれた。健吉は木の実を手にとるとマジマジと見つめた。彼の人生で初めて見る木の実だったのだ。ランプに照らされ赤みがかって見えるそれは間違いなく、どこで見ようとトマトよりも赤い殻をもち、アーモンドよりも大きかった。

「おい、あんたの番だぜ」

 急かされた健吉はカードを引くとそれをそのまま捨てる。

「おっと上がりだ」

 それに対してザカバが宣言した。

「あんたら通しローズやってんだろ」

 それに文句を言ったのはキメ顔を作った正二である。

「それと積み込みもだ」

「ローズに積み込み? なんだそりゃ? お前ら聞いたことあるか?」

 卓の異世界人三人は不思議そうに顔を見合わす。

「よ、ようするにだな、あんたらはイカサマをしてるってことだな。うん」

 正二はキメたつもりだったのか、なんともばつが悪そうに言い直す。それでも胸を張るのは自信の表れか。

 ザカバのこめかみに青筋が立ったかと思うと誰に聞かすわけでもない低音が響いた。

「こいつ……さっきから喧嘩を売ってるのか?」

 剣呑な雰囲気が漂うなかでそれを止めたのは健吉である。

「部外者の野次を一々気にするな」

 そして木の実の殻を指で割った。

「あ、ああ。そうだな」

 男たちは矛を収めたものの、その視線は割った殻の方に集まっていた。

「う~……アニキ、ホントは勝つ気がないッスよね? もしここに雇われたらオイラもなんとかしてくださいよ~。捕まってる時みたいな惨めな生活は嫌なんッスよ~」

 もう一方の当事者である正二は健吉の後ろでしょぼくれているのであった。


 それからゲームは円滑に進んで行き、自分の捨てカードから上がられる形で健吉は五連敗を新たに加えた。

「この木の実ナッツは不味いし、ワインも不味いし、どうするんッスか」

 隣のテーブルに座った正二は木の実の殻をペンチの様な道具で割りながら愚痴る。そして中身を口に放り込むと一人ぶつぶつと続けていた。

 そんな正二の愚痴が聞こえているのか聞こえていないのか健吉はカードを広げて「上がりだ」と呟いた。

 そしてそれを確認した左隣の男が一言。

「そんな役はないぞ?」

 同時に男の体が吹き飛んだ。健吉の右フックが顔面に決まったのだ。

「てめぇ! なにしやがる!」

 残りの男たちが立ち上がり威嚇する。同時に健吉達のことを忘れていた酒場の客たちが再び注目し始めた。

「俺の勝ちに文句を言うからじゃねぇか。お前らも文句があるのか?」

「そんな役はねぇんだから、文句しかねえよ!」

 怒鳴った右隣が吹き飛んだ。立ち上がった男の腹を健吉が右腕で薙いだのだ。

「と、賭場荒らしッスか?」

 興奮気味の正二が確認する。

「そんなわけあるかい。役を認めないとか言いやがるからよ」


 ----健吉ルール

 元の世界の違法カジノでは認められていた健吉用の特別ルールである。健吉が言ったことがそこでは決定事項となるのだ。それに異議を唱えた者は大抵は大怪我をすることになる。調度品も壊される。暴れられて損害が増えるよりは従った方が被害が小さいので店としては発動されたら諦めざる得ないルールであった。世間一般では賭場荒らしそのものだが健吉にはその認識はない。なぜなら彼は自分が博打の天才だと信じているからだ。事実、彼はカジノで負けたことがない。健吉ルールがあるかぎり彼は無敗の博打の天才であり続けるのだ。この才に対抗する為にカジノ側も健吉を見かけたら急いで店を閉める(ただしドアを壊して侵入してくることがある)、金を出し合って保険代わりにプールする、闇討ちしてみる等々さまざまな手段を講じてみたがどれも有効的ではなかった。この事からも健吉の非凡にして類稀なる博打の才能がうかがい知れることだろう。


 閑話休題。ザカバが健吉に掴みかかろうとするのを制止する人物がいた。

「静まりなさい!」

 透き通りつつも威厳のあるその声の主に酒場の注目が一堂に集まる。

 年は十八くらいだろう。水色の髪は腰まで伸ばしている。軍服の様な制服に身を包んだ声の主は勝気そうな顔立ちをしたスレンダーな美少女であった。その少女が入り口に立っていたのだ。

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