第七話 一緒に博打を打ちませう
大男は健吉を睨み続けた。時間にすれば数十秒であったのだが並々ならぬ迫力を持つ二人だけに見守る側の中には数分に感じた者もいたであろう。その様に辺りが固唾を飲んで見守る中、突如大きな笑い声が辺りに木霊した。
「いやー、気に入った。気に入った。俺はザカバってんだ。こんななりでもこの店を経営してんだぜ? あんた、名前は?」
そう言ったのはなおも満足そうに笑っている数秒前まで睨んでいたザカバと名乗った大男である。
「名乗るほどの者じゃねぇよ」
健吉に酒場の店主の態度の豹変とそれに唖然としている周囲もろとも気にした感じはない。
「金がねぇんだろ? うちで働けよ。その面構え、厳つい体格、突っ立ってるだけで迫力があるしな。それに軟弱って噂の異世界人らしからぬ胆力も魅力だ! うちみたいな店だとあんたみたいな男が居てくれると色々と助かるんだよ」
荒事を期待していた群衆がめいめいに舌打ちや不満を口にして散っていく。
「悪いが断るよ。風下には付きたくねぇ」
健吉はそんな外野を気にする風もない。
「別に子分になれとかってわけじゃなくてよ、普段は部屋で酒でも飲んでくれてればいいんだ。でよ、タチの悪い酔っ払いやら物わかりの悪いお客さんやらがいたら、ちょいと顔を出すって感じでよ」
ザカバはなおも食い下がる。
「いや、何よりもそれだ。俺は働きたくねぇんだよ」
健吉はブレない。その後ろで正二が長い嘆息を吐く。
「おいおい、働きたくねぇって……」
ザカバは驚きと呆れの表情を浮かべたが、それはすぐに消えた。
「それじゃあ飲んで行け。腹も減ってるんだろ?」
それを聞いた正二が小さくガッツポーズをとる。
「金はねぇぞ」
「奢るに決まってんだろ」
そして健吉を強引に誘うザカバの口元が微妙に歪んだ。
「それに金がねぇんだったら、ちょいとこれで……って異世界人にはわかんねぇか」
そう言ってカードを切る仕草をする。
「トランプか?」
「続きは中で話そうや」
健吉を店内に連れ込んだザカバは不敵に笑う。そして二人は店の中に消えて行った。一人残された正二はふと漏らす。
「おいらたちは博打をやる前から文無しのオケラじゃないッスか」
正二が店内に入ったのは、カウンターに背中を向けた健吉がザカバとともに四人掛けのテーブルに座ろうとしている時であった。正二は慌てて健吉に駆け寄る。
「それじゃあ、ゲームはマルッカでいいかい?」
「何でも構わんよ」
ザカバの問いに健吉が即答する。
「構わん……じゃなくて絶対にそんなゲーム知らないッスよね?」
健吉の横に立った正二が確認する。そんな二人に構わずザカバが「おい」と店員の方に合図をする。
「一応確認するがゲームの説明は必要か?」
「いらんよ」
またもや健吉は即答する。
「いやいや! 言うと思ってましたけど、無理ッスよ! 聞きましょうよ!」
健吉は喚く正二をジロリと見た。
「麻雀だろうがバカラだろうポーカーだろう全部見よう見まねで覚えたんだ。いらねぇんだよ」
「そうかも知んないッスけど……」
「それでも全部勝ってきたんだよ。なにせ俺は博打の天才だから」
「それが事実なら相手に聞かせる事じゃないッスよ……」
不安気な正二を横に自信満々の健吉は正二の方を見るのを止めていた。
「かなりの自信家だねぇ」
二人のやり取りを見ていたザカバは哄笑と共に続ける。
「ルールはここらじゃ一般的なリャオジャン。メントウとソイソイアリアリでレートは1000でいいかい?」
彼はそれをスラスラと言った。
「それで構わん」
健吉はやはり即答。
「ちょ、ちょっと----」
「さっきからゴチャゴチャとうるせぇぞ! この三下!」
健吉を窘めようとしていた正二にザカバの罵声が飛んだ。
「アぁっ⁉」
正二はそれに応じる様に首を振りながら威嚇したような声をあげる。その正二に手をかざして制止したのは健吉であった。
「へへっ、流石だねぇ」
そんな健吉を褒めたザカバは続ける。
「そりゃそうと金を持ってないんだよな?」
「……代わりにこれだ」
健吉はそう言って金無垢の腕時計を外す……が、ザカバはそれを見て大袈裟に首を振った。
「そんな物を貰っても仕方がねぇ。負けた分は働いて返す……ってのはどうだい?」
「あーーっ‼ てめぇ、初めからそのつもりだったろ!」
ザカバを指さしながら抗議の声をあげたのは正二である。ところがこの正二、健吉に睨まれたのに気が付いたのか、それとも健吉に働いてもらった方が得だと思ったのか急に黙り込んでしまった。
「別にそれで構わんよ」
正二が黙ったのを見計らった健吉が静かに言った。
正二は溜息一つ、席に座ろうとする。
「おい、お前。なにをしようとしてんだよ」
その正二をザカバが止めた。
「なにって……座ろうとしただけじゃねぇか」
正二が喧嘩腰で応じる。
「どうせ、お前も金は持ってないんだろ?」
「そりゃねぇけど……」
「じゃあ駄目だ」
ザカバはそれだけ言うと店の奥に手招きを送る。すると麻のシャツに前掛け姿の男二人がトランプよりもぶ厚いカードの塊を持って正二を押しのけるようにテーブルに着いた。
「ちょっと待てよ。どんなゲームか知らねぇけど、そっち側の人間が三人ってズリィんじゃねぇか?」
押しのけられた正二が異議を唱える。
「なんだ? 俺達が手を組んで悪さをするとでも言いたいのか」
「むしろ、なんでやらないのかってレベルだろ」
ザカバは正二の抗議に舌打ちを打つと健吉を見た。
「チンピラが喚いてるけど、あんたとしてはどうなんだい?」
「別に構わんよ」
そして例の回答。ザカバは嬉しそうに笑うと「おい」とカードを持ってきた男に指図する。それを受けて男がカード切りはじめた。
「ちゃちゃが入って余計な時間を食っちまったな。さっさとやろうぜ」
嫌みの籠ったそれは正二を横目に見たザカバの勝利宣言であった。