第六話 ラッキースケベ?
歩くこと十五分。健吉と正二は一軒の家の前にまで来ていた。そこは大きめの木造家屋であり、二階建てであった。そこの入り口は開け放たれている。その中にはカウンターやら数卓のテーブルやらが置かれていた。そして数人の男女が慌ただしくテーブルを拭いたりランプを置いたりと駆けまわっていた。
「こりゃ見るからに酒場ッスよ。アニキの嗅覚も大したもんッスね」
中を覗きこんだ正二の声色には感心が籠っていたが健吉に気にした様子は見えない。
「……誰がアニキだ」
「いや、しかし金がないッスけどどうしますか?」
健吉の苦情を無視する正二である。
「知らん」
にべもなし。
「知らん……て。アニキ~、ここまで来てそれはないっすよ。蛇の生殺しじゃないッスか~」
正二は人目も憚らず情けない声をあげる。
「……」
苦情を言うのが面倒になったのか健吉が無視をしていると店の中から一人の女性が出てきた。
「あら、お兄さんたちはお客さん?」
胸の谷間を強調した派手なドレスに身を包んだ金髪の二十代の女性であった。強烈な香水の香りとともに届いたその声色は媚びて誘う様な音である。
「ってなによ。異世界人かい」
それは先ほどの艶めかしい声色と打って変わって、今にも舌打ちをしそうな邪険なものであった。
「で、金はあるのかい?」
そして一応は聞いておくといった感じで続けた。
「それが財布を盗まれちまったみてぇでな」
「そうかい。金がないんだったらさっさと帰んな。物乞いみたいに見てたって残飯一つあげないよ」
健吉の言い分には興味がないといった感じでの即答である。さらに何が気に入らないのか文句が続く。
「夕日で確認できないからとわざわざ出てきたら赤い服かい。どんな保護色なんだよ。異世界人なら異世界人らしくもっとわかりやすい恰好をしておくれ。開店前の準備で忙しいってのに、とんだ無駄足だったわ。次に来る時はたんまりとお金を持ったご主人様を連れてくるんだよ。そうすりゃ酒も出すしサービスもするからさ」
一方的に文句を言って満足したのか女性は回れ右をして店内に戻ろうとする……が、その背中は抱きつかれた。
抱きついたのは健吉である。健吉は女の右肩を抱える様に右手を服の中に入れると豊満な乳房を遠慮なく揉みしだく。左手はというと肉付きの良い左臀部をスカートを捲り上げて直に掴む。
女が慌てて振りほどこうと暴れると、健吉の方も特に頓着はなかったようであっさりと放した。
「なにすんだい!」
女性のそれは怒声というよりは、むしろ罵声であった。
「なに……って乳を揉んだだけじゃねぇか」
健吉はというと女性の剣幕の理由がわからないといった感じである。
「ただで触らせるようなもんじゃないんだよ!」
いまだにポカンとしてる健吉の反応を見て余計に苛立ったのか金切り声を上げた。
「馬鹿にしやがって! ちょっと待ってろ! 逃げんなよ!」
女性はそう言い残すと憤懣やるかたないといった感じの大股で店の中へと消えて行った。
それを見送った正二が口を開いた。
「ちょっとアニキ何してんッスか!」
「だから乳を揉んだだけだろ」
女性の癇癪が理解できないのか健吉は正二の『アニキ』に文句を言うのも忘れて小首を傾げる。
「そうじゃなくって、なんで急に乳を揉んだんッスか? 痴漢じゃあるまいし」
「目の前に揉んでもいい乳があったら、揉んでやらないのは失礼だろ?」
「そもそもの前提がおかしいッス……」
「女に恥をかかせろっていうのか? お前の乳には魅力がないから揉んでやらんって」
正二は健吉の顔を凝視すると考えを整理するように二度ほど大きく瞬きをした。
「いや……どこから突っ込めばいいのかわからないッスけど、とりあえずは見ず知らずの女の乳は揉むもんじゃないッス」
「そうなのか?」
「そうッスよ! ……ってか騒動になりそうですしズラかりましょうよ」
店内の注目がこちらに集まっているのを一瞥した正二は未だに納得がいかない様子の健吉に移動を促す。そこで気が付いたかのように健吉が少し顔を上げた。
「確かによくよく考えると悪いことをしたな」
「考えないとわかんないんッスか!? そんな空気じゃなかったッスよね? ってか、反省するのは後にしましょうよ」
急かす正二を無視するように健吉は動かない。
「そりゃ俺は女じゃねぇし、すぐには思いつかないぜ。揉んだ感じだと、ありゃあ、補正下着ってのか? 寄せて上げるって奴だ。背中やら腹やらの脂肪を集めたりで随分と面倒みてぇだからなぁ」
「なんの話ッスか?」
健吉の言い分に正二は急かすのも忘れて質問してしまう。
「いや、だから揉んで崩れたらやり直さなきゃいけねぇんだろ? 昔だけどよ、帰り支度をしてる女に夜よりもデケェって、からかって揉んだら注意されたんだよなぁ。口調はじゃれてる感じだったがあの目は本気だったな」
健吉は感慨深げに数度頷く。
「武勇伝は後で聞きますから早く行きましょうよ!」
そんな健吉を正二は今まで以上に急かす。
「なんでだよ?」
思い出しているところに水を差された健吉が少々の不快感を表す。それにもかかわらず正二はなおも焦りを訴えた。
「さっきの女がゴツイ男をつれてこっちに----」
「お前か! うちの商品に手を付けたって野郎は!」
正二の訴えは野太い怒鳴り声でかき消された。
声の主は半袖にズボン姿の筋骨隆々な二メートルを超える山の様な大男だった。半袖の袖口が筋肉で塞がれるほどの腕の太さで健吉に勝るとも劣らない体格である。その大男の後ろで先ほどの女性が同意するようにコクコクと頷いている。
「金は持ってんだろうなぁ? おぅ」
大男は健吉に顔を近づかせ威圧するように睨みつける。
「へぇ、ここらじゃ乳を揉んだ程度で手を付けたことになるのかい?」
健吉は睨み返すというわけでもなく鼻で笑うように答える。
「舐めてるんか! コラァ!」
怒鳴り声が辺りに響く。
大男二人の様子に何事かと野次馬が集まる中でも健吉は平然としたものである。一方で酒場の男は威圧するように睨み続けるのであった。