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第五話 異世界と言えばギルドですよね

 レンガ造りの建物はしっかりした壁に反し、ドアがなく、壁の一部をくり抜いたような出入り可能な穴が開いていた。

「なんだこりゃ?」

 それを目にした健吉が至極当然な感想を口にする。

「細かいことは気にした方が負けッスよ」

 そして強引に押し切る正二。

 覚悟を決めて……という感じでもなく健吉はノロノロと穴をから半身を乗り出し声をかけた。

「おい、ちょいといいかい」

「は~い」

 薄暗い屋内に似つかわしくない若く朗らかな女の返事が奥からあった。

 健吉が女の声に応じる様に中に入ると今度は後ろから「イテッ」っと小さな悲鳴がした。

 声の主は正二であった。正二は腕を擦りながら誤魔化すような薄ら笑いを浮かべている。

「いや、静電気か何かがビリッとしたもんで……」

「大袈裟なヤツだな」

「へへ……すいやせん。ここの何とも薄気味悪い雰囲気に飲まれちまって……つい過剰に反応しちまいやした」

 正二の必死の言い訳を聞き流しつつ健吉は建物を一瞥した。

 窓代わりに切り抜かれた幾つかの穴から差し込む光。照明がなく入り口とそこのみが光源となっているために薄暗いのだ。おおよそ三十畳ほどの空間には柱の他にテーブルや箱、何かが入った袋などが乱雑に置かれている。その空間の奥には受け付けらしき台があり、そこにはシルエットだけでも胸の大きさがわかる短髪の女性が待っていた。

「あ、こちらで~す」

 その女性が暢気な声と共に手を振っている。別の部位も揺れている。室内の様子から出ようかと迷っていた健吉であったが、揺れに誘われたという訳でもないだろうが女性の方へと近づいて行った。


 受付の女性は十八かそこらに見えた。ブラウスにスカート姿の丸顔の可愛らしい女性である。

「どの様な御用件ですか?」

 そして向う傷が目立つ顔に微笑みを投げかけた。

「ここはギルドって言うのかい?」

 健吉はドスを効かさない様にできるだけ柔らかな口調で質問をする。

 彼女はその質問に驚いたのか大きく瞬きをした。

「おっと、悪かったな。ちょいとあいつの戯言たわごとに付き合わされてな」

 察した健吉が後ろの正二を顎で指す。

「……邪魔したな」

 そして立ち去ろうとした健吉に女性が声をかけた。

「え、あ! 違うんです! ここはギルドですよ!」

 なにが面白いのか女性はコロコロと笑いながら続ける。

「当然のことをわざわざ聞いてくるもので驚いちゃったんです」

「ほら、だから言ったじゃないッスか」

 そして正二は自慢げな表情を浮かべた。


 二人に対して健吉は無言で左頬を掻くことしかできずにいた。

「えーっと、それでなんの御用でしょう?」

 そんな彼に助け舟を出す様に女性が話を振る。

「ん……あー、どうするかな」

 言われた健吉はなおも左頬を掻く。

「うーんっと、もしかしてギルド登録ですか?」

 女性の方が朗らかに話を続ける。

「どういう経緯でここに来たのかは知りませんが、異世界の方は大抵タレントに恵まれていますし登録自体は簡単な検査だけで終わりますよ」

「あー……そうだ」

 そこまで言われて健吉は思い出したかのように正二に話を振った。

「お前が登録しろや」

「へっ⁉ おいらがですか?」

「お前以外に誰がいるんだよ」

「……それが出来れば問題ないんッスけど」

 正二は言い難そうに続ける。

「おいらはもう呼び出された連中の紐付きになってるから無理なんッスよ」

 そして女性の方を見て、自分自身を調べてくれと言わんばかりの視線を送る。

「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」

 そして女性がしばし正二を凝視する。

「あー……。はい。確かにミルキャスト共和国の所属になってますね」

 それを聞いた正二は我が意を得たりと言わんばかりに言葉を引き継ぐ。

「ほら、そういうことで……おいらとしてはアニキにギルド員になって貰って、その従者として活動したいわけッスよ。幸いこの国はそこと喧嘩中みたいッスから、誰かの従者って形にしておけば咎められないんッス」

「誰がアニキでなにがそういうことなんだかわかんねぇんだけどなぁ……」

 そして健吉は女性の方を横目で見ると軽く息を吐いた。

「まぁいい。俺の方も頼めるかい?」

「あっ、はい。では……」

 そして暫しの凝視。

「……」

「……」

 見つめ合う男女という訳ではなく、一方的に見つめられた健吉が右頬を掻いていると「解析が終わりました」と女性が声をあげた。

「えっと~、ですねぇ~……」

 女性が間延びした声をあげながら、なにやら紙を取り出し書き込んでいく。

「国籍・または所有者の登録についてですが、未登録、または抹消となっているのでギルド登録しても問題は生じません」

 そこでチラリと健吉を見て再び紙に視線を落とす。

「それと加入条件のタレントですが、これも流石は異世界人といった感じで問題ありません。ですからギルドとしては歓迎いたします」

「……」

 無言の健吉の後ろで正二がガッツポーズを取っていた。

「所有タレントは二つ。一つは正直なところ残念なものですが、もう一つの方は中々ですよ。……ヒールLv.3」

 少し溜めてから言った女性は健吉の反応を窺うように見る。

「……」

 健吉が無反応なのを確認すると女性は小冊子を取り出した。

「回復系タレントのうちヒールは外傷の治療を目的とした回復魔法等に対してその習得や効果に上乗せがあります。一般的な目安として、Lv.1なら止血程度なら容易に習得及び使用が可能。Lv.2なら骨折等の治療も容易に可能で、その道で生きていくのに必要十分な水準です。Lv.3にもなりますと大怪我に対する緊急治療、一部の外傷性後遺症の除去……他には残った古傷の再生等、このタレントだけで贅沢できるとされています」

 そして健吉の頬の傷を確認する。

「きちんと技術を学べばその傷も跡形もなく消せますよ」

 そう微笑む女性に対して健吉は一瞬だけ顔をしかめた。そして苦笑いをすると穏やかに応える。

「うーん。お嬢ちゃんにはわからんだろうけど、男にとっては……少なくとも俺にとっては傷ってのはそういうもんじゃねぇんだよな」

 そしてシャツの切れた部分から腹を擦る。

「え……っと、あの」

 健吉の思いもよらない反応に若干の戸惑いを見せた女性だったが、すぐに真顔に戻った。

「もう一つのタレントなのですが、こちらは……」

 極めて事務的に説明しようとする。

「いや、いい。やっぱり所属とかそういうのは性にあわねぇや。邪魔したな」

 その女性を遮ったのは健吉である。そしてゆっくりとギルドを後にする。

「ちょ、ちょっとアニキ~」

 そう言って慌てて後を追うのはやはり正二である。


 ギルドを出ると空は赤く染まっていた。

「どうすんッスかぁ~? もうこんな時間だし、金はないし、腹はすくし、宿の目途もたってない」

 外に出るや、気持ち頬のこけた正二は不満とも泣きごととも捉えられる愚痴を口にする。

「だからあいつらから財布を----」

 そんな正二を健吉が横目で見ると彼は慌てて口を紡いだ。

「さっきのお嬢ちゃんは可愛いってのに、世の中は残酷なもんだ」

「なんでです?」

 一転、正二は安堵の表情でそれに応じた。

「そりゃ、わけのわからん妄想を垂れ流しちまうんだからな。建物だってレンガ造りでこの辺りじゃ一等金持ちなんだろ? 良いところのお嬢さんなんだろうけどなぁ」

「いや、アニキ……。まだそんなことを……。」

 正二は一割増の疲労を浮かべる。

「誰がアニキだ。ドアがなかったり窓にガラスがなかったり灯りがないのも病気のイカれてるせいなんだろうが……かなりわりぃんだろうな」

 健吉は夕焼け空を軽く見つめた。

「俺が気にするような問題じゃねぇが、世の中ってのはままならねぇもんだ」

「そうッスよ! おいらたちが気にしなきゃいけないのは、今日の飯と今晩の宿と当座の金ッス! だからもう一度ギルドで……」

 健吉はまくし立てる正二を軽く見ると、ギルドから一歩離れた。

「いい加減に何か食わねぇとな」

 そう言ってまた一歩。

「って、どこに行くんッスか?」

 正二が慌てて追いかける。

「こっちの方から酒と食い物の匂いが……な」

「犬じゃないんッスから!」

 そう言って歩き出した健吉に突っ込みを入れる正二であった。

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