第四話 移動の自由は憲法で保障されているか
町は壁に囲まれていた。それは人の胸の高さまであり、門は四カ所ある。もっとも健吉と正二の場所からはそのうちの一カ所しか見えなかった。
「ほら! おいらの言ったとおりでしょ?」
小川を挟んで、門とその前に立つ二人の男が見える場所にやってきて、正二が胸を張った。
「塀があるが……誰かの屋敷なんてオチじゃねぇだろうな?」
健吉はなおも疑問を呈する。
「あんな個人住宅はありませんって!」
「まぁ、聞けばわかるな」
健吉は橋を渡り門へと向かっていった。
「おい! そこの異世界人、止まれ!」
健吉が橋を渡り切ると待ってましたとばかりに麻の服を着た門番が声をかけてきた。
「ここは誰かの家なのか?」
先に質問を出したのは健吉である。門番たちはお互いに顔を見合わせると鼻で笑った。
「見ればわかるだろう。そんな馬鹿なことなどあるか」
「そうかい。それじゃあ、邪魔するぜ」
そして健吉が二人の間を通ろうとするが、門番たちはそうはさせまいと立ち塞がる。
「なにを勝手に通ろうとしてるんだ! 出す物があるだろう!」
「なんだ? ここは町じゃねぇのか?」
「そりゃアルミテの町だが……」
「そうかい」
言うが早いか健吉の拳が一閃、器用に門番の顎を擦る。すると脳を激しく揺さぶられて失神したのか、門番が倒れた。
「お、おい……お前なにを----」
そしてもう一人の顎も健吉が撫でるとやはり同様に倒れる。
「アニキなにしてんッスか!?」
その様子を見ていた正二が驚きの声をあげた。
「なにって……カツアゲのつもりか気安く声をかけてきた馬鹿を教育してやっただけだ」
「カ、カツアゲ……ッスか?」
「天下の往来、俺がどこを歩こうが自由だろ?」
健吉はそう言うと肩で風を切って町の中へと歩いて行く。
「ちょ、ちょっとアニキ~! 待ってくださいよ」
正二はその背中を追いかける様について行くのであった。
アルミテの街並みは粗末な木造家屋が並んでおり、所々石造りの家も点在していた。未舗装の道路と合わせ、まるで西部劇にでも出てきそうな雰囲気の町であった。
「ほら、おいらの言ったように日本じゃないでしょ?」
あてもなく大通りを歩きながら正二はそう主張した。
「日本っていっても広いからな。何とか造りとか気候に合わせたりで結構色んな街並みがあるんだろ」
健吉の言い分に正二は大きく溜息をつくと話を仕切り直す。
「町に入ったのはいいんッスけど、これからどうするんッスか?」
「そうだな……腹が減ったし飯でも食うか」
「金は持ってるんッスか?」
言われて健吉が懐をまさぐる。
「……盗られてるみてぇだな」
それを聞いた正二が再び溜息をつく。
「だから、さっきの連中から……」
そこまで言ったものの健吉に睨まれたのに気が付いたのか、正二は残りの言葉を飲み込む。そして誤魔化す様に咳払いを一つした。
「町に入るのに揉め事も起こしやしたし、ギルドに行きやしょうや」
「なんだそりゃ?」
「あー……なんて言やいいッスかね。滞在許可やら流れ者の身元保証やら仕事を回したりやら……それから当座の金を都合してくれたりしやすぜ」
「なんだ手配師か」
「モノは言いようッスね……」
困った様に頭を掻く正二。それを尻目に健吉が嫌そうに呟いた。
「気が乗らねぇなぁ」
「そう言わずに……」
健吉は面白くなさそうに呟いた。
「俺は働きたくねぇんだよ」
「……」
一瞬唖然とした正二だったがすぐに正気を取り戻すと猛然と突っ込む。
「そりゃ誰だって働きたくないッスよ!」
「そうやって三十年以上過ごしてきたんだ。男がそう簡単に生き方を変えれるものかよ」
「いやいや、恰好をつけて言うことじゃないッスよ……。 それ絶対にダメな生き方ッス!」
その声は呆れと諦めが混じったものだ。
「いや、だけどなぁ……」
「ほら、あれッス!」
なおも渋る健吉を遮るように正二は一つの方向を指さした。
そこには周りの木造家屋とは違うレンガ造りの建物があった。
「あれがギルドみたいッスよ」
「お前なぁ……」
興奮気味の正二に対して呆れ顔の健吉が疲れ気味に応じた。
「まぁまぁ、モノは試しッス。覗くだけでも……ねっ?」
そんな疲れた背中を押す様にチンピラが建物に連れて行く。
「草鞋は脱ぎたくねぇ」
そしてなおも抵抗する健吉。
「そう言わずに。せめて登録だけでもしておかないと誰かに捕まって奴隷扱いッスよ」
「また妄想話かよ。とにかく働きたくねぇんだよ」
赤スーツの大男は疲れつつも、なおも駄々をこねる。
「えーっと……。ほら、おいら達は外国人みたいなもので……。そう!滞在許可証みたいのをそこで発行して貰わないと捕まるってことッスよ。アニキは拉致されたとはいえ不法入国なんでしょ?」
我ながらナイスアイデアと言わんばかりにジャージ姿のチンピラがドヤ顔を作る。
「てめぇの言う通りにここが外国ならな」
ようやくながら渋々と応じる健吉。
「日本に戸籍もないんでしたら、密航するまでの我慢と思って……ね?」
「……」
強引な展開に一思案。傷顔の男は仕方がなしに口を開く。
「覗くだけだぞ」
その返事に正二はわかっていますと言わんばかりの満面の笑みを作りながら頷くのであった。