第三十一話 旅立ち
「さて、どうしようかな?」
元正二の少女は顎に手をやり考え込む。
「この世界に召喚されてきたロクデナシ連中の記憶の中にはたいてい君の存在が記憶されてたから期待してたんだけど……」
少女がジロジロと健吉を見る。
「確かに変わり者だけど、なんて言うか普通なんだよね」
そしてこれ見よがしに退屈そうな溜息をしてみせた。
「キミがやってきたことってさ。武器を持って絡んできたら殴りましょう。痛い子がいたら当たらず障らず生暖かく接しましょう。正しいと思っていることに変な文句を言われたら怒りましょう。他人には必要以上に干渉しない様にしましょう。不要に酷い事がおこなわれてたら止めましょう。生き物は無駄に殺さない様にしましょう。差し出されたお礼は不要でも相手の顔を立てるために貰いましょう。出された物には文句を言ってはいけません。子供は自分の意思で動けるまで見守りましょう。好き嫌いはいけません。……もうね、なんて言うか、普通。普通過ぎ。基準や行動が違うだけでね。思想自体は超凡人。それを行動に移してるだけの面白くない人」
そして再びの溜息。
「ボクはね。内面にしか興味がないの。確かに考えが読み難かったりなんにも考えてなかったりで観察が必要だったけどさ」
そしてやれやれといった感じで肩をすくめる。
「存在がばれなければもう少しだけ観察してても良かったんだけど……。もういいや。今日、殺しちゃおう」
そして少女は健吉の方に微笑みを向けるが彼の方が見ていなかった。
「おい、お前聞いてんのか? ポチを出せよ」
健吉はケイラに話しかけていた。
「ポチ……魔獣って操作が簡単だし何も考えてないからボクは本当に大嫌いなんだよね」
少女は思い出したかのようにポチのもとに行く。
そして結界を鎧袖一触破壊すると、嬉しそうに近づいて来たポチを蹴り上げた。ポチは小さく「きゃん」と鳴くと1メートルほど蹴り飛ばされた。
「あははは」
少女は無邪気に笑う。
「おい!」
健吉が凄まじい剣幕で少女を睨みつけた。
「へー……やる気なんだ? どのみち殺すからいいよ。遊んで----」
少女が挑発するが、それを言い終る前に健吉は拳を振っていた。
「あはは。当たらないって」
健吉は次々と拳を繰り出すがその全ては空を切る。
「喧嘩中は何も考えてないって言ってたけどホントなんだねぇ~」
少女は鼻歌まじりに全てをかわす。
「ボクがちょっと『右打て、左打て、顔を狙え』って操作すると本当にその通りに動くだもん。キミってまるで動物だよ」
その時、少女の鼻先を拳がかすめた。
「おおぅ。不合理な指示は無視するのか。折角、自爆してもらおうと思ったのに」
健吉の目の前でくるくると回るがそれでも健吉の拳は当たらない。
「それじゃあ、ボクも反撃するね」
少女は宣言すると健吉の右拳をかわして懐に入るとボディーに一撃、二撃、三撃と繰り出し、健吉の顎が下がるとそこにアッパーを打ち込んだ。そして一歩下がると同時に健吉の巨体が倒れ込んだ。
「KO! 大勝利!」
少女が誰に対してみせるでもなくVサインを繰り出した。
しかし、少女の勝利宣言にもかかわらず健吉は起き上がった。そして首を振る。
「へぇ~。立ち上がるんだ? 凄いや! ボクは魔族にしては非力だけど普通の人間とは比較にならないんだけどなぁ」
驚いている少女に向かって、健吉が助走をつけてタックルをしかける。……がそれもかわされ、代わりにカウンター気味の一撃が顎に入り再びのダウンを喫する。
「ワン、ツー、スリー……」
そして少女がカウントを数える。それに対抗する訳でもないだろうが健吉は再び起き上がった。
「おっと、健吉選手カウントシックスで起き上がりました! 不屈の闘志です!」
その健吉を少女が茶化す。茶化す少女に拳が飛ぶ。ところが倒れたのはまたしても健吉であった。少女は健吉に対して完璧なカウンターを顎に当てたのである。
「あはははは」
少女は腹に手を当てて大笑い。
「普段、あれだけ威張ってたのにざまぁないや!」
よほど面白いのか笑い過ぎて目に涙を浮かべる。
「しかし、残念だなぁ」
一転、少女は心底そう思っているかのように呟いた。
「やることもなくて暇してたボクはキミに期待してたんだよ?」
起き上がろうとする健吉に語りかける。
「キミを見つけた時はどれ程に心を踊らせたかわかる? 二千年ぶりの刺激物かと思ったのにこの体たらくだよ」
王都と対魔王連合軍を壊滅させても刺激にはならなかった少女は続ける。
「キミを導いて森から脱出させたり、近くの盗賊と戦わせてみたり、偶然を装って一緒に旅してみたり……」
少女が懐かしむように続ける横で健吉が起き上がった。
「女に挑発させてみたり、理不尽な賭け事をさせてみたり、そこの女の意識が伏兵にいかない様にして負けさせて必要以上の侮辱を受けてるのをキミに見せてみたり」
少女は目を閉じ、腕を組んで思い出に浸る。そこに健吉の拳が飛ぶが首をわずかに動かしてかわす。
「バンパイアに集落を襲わせてそこを通ってみたり」
健吉の再びの攻撃もやはり最小限の動きでかわす。
「オークを刺激して季節外れの発情期にしたり、変な魚をけしかけてみたり、不味い飯を出させてみたり」
そして拳をよけながら、思い出したかのように手を打つ。
「ああ、魔獣は結界をキミに壊させるために呼んだんだよ。あれはビリッとするから嫌なんだよね。不意に受けると声が出るくらいにさ」
そして溜息と同時に健吉の攻撃をかわす。
「まぁ、なんていうかさ。キミと過ごした時間はホント……クソだったよ」
そして少女は健吉と向かい合った。
「もう終わりにしよう。『頭を右に動かせ』」
少女がそう命じると、少女の頭が右に動いた。
「そうそう……えっ⁉」
一瞬納得した少女がおかしさに気が付いた時には健吉の拳が少女の顔面にめり込んだ。
二歩三歩と下がった少女が理解を急ぐ。そこに健吉が追撃の態勢に入る。
『右手、ストレートを放て!』
少女がそういうと、少女が右手でストレートを放つ。それに合わせる様に健吉の左ストレートがカウンターの様に少女に炸裂した。数メートル吹き飛んだ少女は思わず叫んだ。
「どうなってるんだよ!」
「ラーニング」
無意識のうちに答えたのはケイラである。
「はぁ? あんなのが勤勉・学習性向のラーニングを持ってるはずないだろ!」
「彼のラーニングは先天性だ。三日以上連続して考えを探られたり、ここでの操りを受けているうちに覚えたんだろう」
ケイラはまたしても無意識に喋ってしまい激しく後悔するがもう遅い。
「そうか、傷口の縫合や慈愛的な行動を思えばヒールが後天タレントってのもありか……」
少女は唇を噛みしめると次の手を考え始めた。
少女は状況を整理する。健吉はようやく反撃ができて満足からか一息ついているが、すぐにこちらに向かってくるだろう。それまでに反撃を受けた原因と対策を練らなければならない。ラーニングで心理操作や思考分析を覚えたところでここまで強力なはずがない。おそらくは無心で戦っているためにこちらの強力な心理操作や思考分析がそのまま跳ね返ってきているのだ。健吉にも効いているのだろうが、こちらの動きに合わせて経験によってより有利な行動に上書きしているようだ。対策はこちらの慣れが一番だが今からだと無理だし、次策以降は不安要素が多い。故に心理操作のタレントは使わない。タレントに依らないのならば殴り合いという手もある。人間と魔族が殴り合えば普通なら魔族の勝ちだ。だが、実際はどうだろう? こちらの方が火力・耐久力ともに劣っている。おそらくは、彼は異世界の常識に立脚してる影響で体格に勝る自分が負けるはずがないと信じてる影響で攻守に強力な信力が働いているのだ。だとすれば殴り合いはあり得ない。
ここで健吉が助走をつけて少女に向かってきた。この瞬間、少女の作戦は決定した。
少女はいままでの健吉の戦いから体当たりかタックルがくると判断できた。さらに異世界の常識に立脚しているので刃物が有効というのもマネとの戦いから見てとれた。あとは刃物の調達先だがこれは簡単であった。
『ボクは右手にマネと同じレイピアを持っている』
ケイラたちに聞こえる様に大声を出す。すると、少女はいつの間にかレイピアを握っていた。ケイラたちの信力を集めて創り出したのである。
少女は急いで立ち上がるとまるで闘牛士の様に健吉を待ち構える。そして少女が射程に入った健吉を一刺ししようとしたその瞬間----健吉が跳んだ。
思いもよらない出来事に一瞬動きが止まった少女の眼前には膝があった。そしてその膝が顔面に炸裂する。伝説の『真空飛び膝蹴り』であった。
たまらずダウンした少女に対して健吉はマウントポジションをとる。そして拳を高く掲げて振り下ろさんとしたその時、それを妨害するものがあらわれた。
ポチは健吉の腕に激しく喰らい付いていた。同時に攻撃を止める健吉。それに合わせてポチは噛みつくのを止めた。
「魔族と魔物。……とはいえ、ともに旅をしてきた以上は思うところもあるだろう。あとはこちらで処分をしておく」
ケイラが後を継ぐと名乗り出た。そのケイラにポチが牙をむく。
「お嬢ちゃん。男同士の喧嘩に口を挟むもんじゃねぇよ」
「な、なにを……」
立ち上がった健吉の言に戸惑うケイラ。
「くっくっくっ……」
そして少女が笑い出した。
「……キミは格好つけてるけど、単に殺す度胸がないだけだろ?」
「ああ、そうだな。捕まるのは怖ぇし、罪悪感も怖ぇし、罪悪感がなくなるのも怖ぇな」
少女が馬鹿にしたように鼻から息を吐いた。
「それにそいつの人生まで背負って生きていかなきゃならんと思うと怖くて堪らねぇや」
「それじゃあボクを殺してみたらいいよ。ボクが場合は死んでも信者の力で『新たなボク』が再構成されるし、信じる連中がいなくても創世記からの信力の貯蓄があるからただちには問題がないしね」
「そんな……神話級……」
二人の会話を聞いていたケイラが絶句する。
「冗談じゃねぇ。殺すほど未熟じゃねぇよ。第一、お前は俺に殺されるほどのことをしたのか?」
「いや、だってボクはキミを追い詰めたり殺そうとしたり……」
「それよりもお前は強かったんだな。俺に足を使わせるなんて大したもんだ」
そして健吉は右頬を掻いた。
「ってことでよ、正二。いつまでも寝転んでねぇでさっさと行くぞ」
「え⁉ 行くってどこへ?」
「そりゃ帰れる場所へだよ」
「……あははは、アニキは相変わらずだ」
少女が笑い出した。
「まぁ、変な野郎だが認めてやるよ」
そして健吉が再び右頬を掻く。
「お前がいねぇとポチも来ねぇだろうからよ。まぁ、世話係りだ」
「ははは、ヒデェや。でもアニキにそこまで言われちゃ行かねぇわけにはいかねぇッスよね。命を預けるとまで言っちまったんッスから」
少女が反動をつけて起き上がった。
「まぁ、頼りにしてくださいッスよ」
「少なくともポチの世話に関しては頼りにしてるよ」
そう言って右頬を掻く健吉を見て少女が苦笑いを浮かべた。
「ああ、それとその気持ちが悪い女装は止めておけよ。女、それもガキのフリなんて悪趣味でいけねぇや」
「こっちが本物なんッスけど……まぁ、いいッス」
言うや少女の見た目はは正二へと変化した。
そして正二はケイラへと耳打ちをする。
「ボク達の旅の邪魔をするなとは言わない。ただ面倒なんでボクのことは見なかったことにして欲しいな。面倒の排除よりもキミたちを滅ぼす方が簡単なんだから。なんとなく魔族は倒した雰囲気を辺りに持たせておくからさ」
「おい正二、行くぞ!」
先を歩き出した健吉が立ち止って声をかける。
「へい、いま行くッス」
立ち尽くすケイラを尻目に正二はポチを連れて健吉への許へと走って行く。
彼らの行く末を十七夜月が見守っていた。
割烹でもお知らせしていたように当初の予定通り、一章が終わりました。
一応は物語的には区切れていると思うので、ひとまず最終回とさせていただきます。
具体的なプロットが完成すれば最終回を解除して二章を再開する予定です。
時期は完全に未定です。前作の二部も書き直したいですし、書きたい中編も思いついてしまったり、気晴らしで行き当たりばったりのコメディーも書きたいしで、書けそうなのから書いていく予定です。
ログインなしでも感想を書ける様にしてありますので、次章や他作品の参考の為にも是非一言頂ければ助かります。
面白かったのか、面白くなかったのか、文章はどうだったのか、評価も頂けると重点的な改善目標ができるので嬉しいです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




