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第三話 色々と異世界

 緩々ゆるゆると歩いている健吉が後ろについて歩いてくる青年に質問を飛ばした。

「えっと……なんて言ったかな?」

「正二ッス! 竹田正二」

「ん、まぁ。兎に角だ、正二さんとやら、お前さんの言ってる意味が俺には全くわからねぇんだが」

 青年、竹田正二はここまでへの道中で、この世界のことを健吉に説明したのだが全く理解してもらえずにいたのだ。

「いや、信じてもらえないかも知んないッスけどマジなんッスよ~」

 健吉の理解のなさに正二は半泣きである。

「とりあえず、お前さんが言うにはここは日本じゃねぇと」

「日本じゃないどころか異世界ッスよ異世界! 物理法則を無視した剣と魔法のファンタジーワールド! あと正二でいいッスよ」

「異世界ってのは要するに外国だろ?」

「いや、違うッス……」

「まぁ、俺は日本から出たことがねぇからよ。たとえお前さんが嘘を吐いてったって俺にゃあわからねぇ」

「いや、そこはわかってくださいよ……。あと正二でいいッス」

「一種の拉致みてぇなもんだと思えば妙なことが連続してあったし、身柄ガラを攫われたってことでいいだろう」

「……」

「それでなんだっけ?」

「……剣と魔法」

 改めていうのは少々恥ずかしいのか正二は口ごもりながら答えた。

「剣劇と大道芸だか長ドスと手品だかで興行師やら香具師やしやらってことか?」

「いや、ホントそういう意味じゃないんッスよ~」

 正二はなおも必死に訴え続ける。

「ファンタジーッスよ! ファンタジー!」

「そんなもん知らん」

 健吉はにべもない。

「テレビゲームとか映画とかでよくあるじゃないッスか~。化け物が出てきてって奴」

「テレビゲームってのはアレか、ピコピコか?」

「ピコピコって……直接聞くのは初めてッスけど、そういうことッスね」

わりぃけどよ、俺はやったことがねぇしなぁ。映画もあんまり見たことがねぇし」

「いや、でも漫画とか小説でも……」

「……俺は字をちゃんと読めねえんだ」

「……!」

 取り付く島もないところで正二がハッとした表情になった。

「そういえばアニキのタレントってなんなんッスか?」

「誰がテメェの兄弟だよ」

「ほら、ここに連れて来られた時に言われませんでした?」

 健吉を無視した正二は続ける。

「おいらは千里眼Lv.2と変装Lv.1なんッスけど……」

「……お前、ヤクでもやってんのか?」

「いやいや! これから行く町も千里眼で見つけたんッスから!」

 正二は疑惑を晴らす様に精一杯にかぶりを振って否定する。

「妄想で町の方をしたのか?」

「いやいや、本当ッスよ! アニキを見つけたのもこの千里眼なんですって! このタレントの所為で戦場みたいな場所で見張りしきてんをやらされたり、さっきの連中に捕まったパクられた後に無理やり働かされたりで散々な目にあったんッスよ」

 早口でまくしたてる正二であったが不信感を隠さない健吉の視線に一旦押し黙る。そして恐る恐る口を開くと探るように質問を発した。

「そもそもアニキはどうやってこの世界に来たんッスか?」

「あ? だから拉致られたんだろ? ……どんなペテンを使ったのかは知らねぇけどさ」

「もしかして……アニキのって比喩的な意味での『拉致』じゃねえッスよね?」

「だから勝手に『アニキ』とか気安く呼んでんじゃねぇよ」

「とりあえず、それは置いておくとしましてね」

 都合よく話を進める正二は確認をとるように再度質問を投げかける。

「この世界に呼び出された時に怪しげな連中や兵隊に囲まれましたよね?」

「呼び出された? 馬鹿言ってんじゃねぇ。川に飛び込んだら森の中にいたんだよ」

「……なんだか色々と納得ッス。本来ならアニキみたいなのはこの世界に呼び出されないはずなんッスから」

 正二は一人で納得したように頷きながら続ける。

「普通なら誰からも必要とされなくなった奴や逃げ回ってるような連中が引き込まれる世界らしいんッスよ。ここの連中の言い方を借りれば『信力しんりき』が切れた状態って言うらしんッスけど」

 反応に困っているのか健吉は無言であるが、正二はお構いなしになおも続ける。

「おいらたちは……この世界から見た異世界人ってのはタレントが良いらしくって、呼び出されては都合の良い道具か奴隷扱いなんッス」

 正二は健吉が左頬を掻くのを横目で確認すると一息置いた。

「……それでこれからどうしましょう?」

 健吉は手を止めて正二を軽く見る。

「とりあえずはお前のアニキ呼ばわりをめさせてぇな」

「またまた~。こんな異世界で出会ったのなんて普通の縁じゃありませんぜ。アニキの方こそおいらのことは気安く正二って呼んでくださいよ。水臭いッス」

 正二の方は照れた様にヘラヘラと笑いながらそれを聞き流す。

「……それと帰らねぇとな」

「帰りたいんッスか?」

 正二が真顔になった。

「そりゃそうだろ。少なくとも俺には挨拶しなきゃならん奴が最低でも二人はいるからな」

「挨拶……ッスか?」

 健吉は正二の問いを無視する。

「ただ、ここがお前さんの言う通り外国とするとだな。ちょいとばかり面倒でな」

「はぁ……正二でいいのに……」

「普通なら大使館やら領事館やらに行けばいいんだろうけどよ……」

「た、大使館……ッスか?」

「不法入国ってのもあるんだが……なにせ俺には戸籍とかがねぇからよ。出国記録もなけりゃ日本人である証拠もないだろ?」

「出国記録……」

 正二が呆れたように健吉を見る。

「裁判の時もよ、番号で呼ばれてたわけだ。そんな俺が拉致されたと大使館で訴えた所で門前払いじゃねぇかって思うわけだ」

「番号で呼ばれるんッスか?」

「その分、税金を払わなくて済んでたりしたから、それは構わねぇんだけどよ」

「いや、税金は払わなきゃダメッスよ! 税務署とかになんか言われなかったんッスか!?」

「一度役人に文句を言われたが、『働いてねぇ』って言ってから音沙汰がなくなったな」

「いや、働きましょうよ……納税と労働は義務ッスよ?」

 少しイラついたのか健吉の眉間に皺が寄る。

「働きたくねぇんだから仕方がねぇだろ。偉そうに言ってるテメェはどうなんだよ?」

「え⁉ そりゃ働きましたし……税金はまぁ、アレですよ、アレ。むしろ貰う側的な?」

 正二が言い難そうに誤魔化す。

「まぁ……ってことで、俺としては国に貸しがあるわけじゃねぇし、仮に助けてくれるとしても頼りたくはねぇわけだ」

「えっと……それじゃあどうします?」

「とりあえずはデケェ街に行かないとな。俺を拉致した奴の情報も欲しいし、最悪密航の手配をしなきゃいけねぇ。不可解なことも多いしな」

 健吉はそう言ってシャツの破けた場所から腹を擦る。そして正二を一瞥し様子を窺う。

「……もっとも、ここが日本じゃないとしたらだが」

「あ、アニキ! 町が見えて来やしたよ!」

 そんな健吉の態度を知ってか知らずか正二は一目に駆け出すのであった。

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