第二十三話 旅の仲間
健吉と正二は森の中を歩いていた。健吉は歩きながら村で貰った革袋を手の上で二、三回とお手玉のように軽く跳ね上げていた。そして突然「おい」と後ろを歩く正二に放り投げた。急に投げ渡された正二は慌てながらも、前のめりでなんとか受け止めた。
「持っとけ。しかし、あの村は俺が思ってた以上に貧乏だったみてぇだな」
「なんッスか? 急に」
正二は革袋の中身を確認しながら健吉に応じる。
「全部小銭だろ? 村人からカンパを集めたんだろうなぁ」
「あの……中身を確認したッスか?」
「確認するまでもねぇだろ」
「……日本のお金じゃないって言っても『そんな金もあるんじゃねぇか?』って言いますよね?」
健吉は正二をチラリとみると割符を投げ渡す。革袋の中身に気をとられていた正二は、上手く受け取れず、ピンポン玉の様に割符を右に左にと跳ねさせながら捕まえる。
「地方土産かなんか知らんがそれも持っとけ」
「へ~い」
正二がやる気のない返事を出すと健吉の足が止まった。
「な、なんッスか!?」
怯える正二を無視して健吉は脇の繁みの中へと分け入った。そしてその中で屈む。
「え~っと、アニキ……。野グソッスか?」
正二が窺うように声をかけると繁みの中の巨躯が立ち上がった。
「じょ、冗談ですって!」
正二が慌てた様子で軽口を撤回する。そして健吉が振り向いた。その手に一匹の子犬のような何かが噛みついていた。大きさは30センチくらい、色は灰色、模様と合わせてハスキー犬といった感じである。子犬独特の丸っこさに、やはり子犬っぽい顔つき。そしてピコピコと揺らす尻尾。そこまでは完璧に犬、それも子犬であった。ただ一つ犬と違う部分があるとすれば三つ首であることだろう。
「な、なんッスか!? そのバケモンは!」
「おいおい、化物とか言ってやんなよ。奇形かなんかでこうなってんだろうよ」
慌てる正二を気にする様子もなく、健吉は犬(?)に咬まれたまま繁みから出る。
「好きでこう生まれた訳でもねぇだろうに。それをお前みたいな奴が棄てたんだろ」
「いやいや、それ絶対にそういう生き物ッスよ!」
「ああ。こいつはこういう生き物だ。よっぽどイジメられたんだろうなぁ。俺が手を差しだすなりいきなりこれだ」
健吉が咬まれた手を浮かす。それでも犬(?)は離さず咬んだまま宙に浮かぶ。尻尾が一層激しく揺れる。
「えっと……そんな問題じゃ……」
絶句する正二に構わずに健吉は続けた。
「まだ一人じゃ生きていけねぇだろうし、しばらく面倒を見るしかねぇな」
「いや、一人……って」
「ほれ、ポチ。いい加減に降りろ」
健吉はそう言って“ポチ”を地面に降ろす。これを機に“ポチ”は勢いを増す。四足を気張らせ激しく体を動かす。健吉の手を引き千切らんとの頑張りである。
「おいおい、俺の手はおもちゃじゃねぇぞ」
健吉が残った手で右頬を掻く。
「アニキ、おいらがその馬鹿犬を蹴飛ばしてやりましょうか?」
と、同時に健吉が殺気の籠った視線を正二に送った。
「す、すいやせん!」
と、勢いよく土下座をするのはもちろん正二。
すると突然ポチが健吉から離れた。そして嬉しそうに尻尾を振ると正二の元に真っ直ぐに向かう。そして土下座中で地面と睨めっこ中のチンピラの頬を一舐め。
「うひゃぁぁーーーーー‼」
奇声と共に正二が飛び上がった。ポチは不思議そうにその様を眺める。そしてやはり嬉しそうに尻尾を振って正二に近づく。「蹴飛ばす」と息巻いた威勢はどこへやら、近づく度に正二は後ずさる。やがて正二はその退路を木に阻まれた。
「ひっ」
正二が小さな声を出す。その足元ではポチが愛おしそうに体を擦りつけていた。
健吉は面白くなさそうに舌打ちすると歩き出した。
「ちょ、ちょっとアニキ~。置いてかないでくださいよ。コイツをどうにかしてくださいよ~」
正二の悲痛な叫びに健吉は足を止めた。そして、しばらく正二とポチを見つめる。やがて正二の方に戻ってきた。
「さすがアニキッス! 信じてたッス」
震え声の正二が健吉を歓迎する。一方のポチはというとそうではないようで、正二を庇うように健吉の前に立ち塞がり唸り声をあげる。
健吉がポチの前でしゃがみ『お手』と言わんばかりに手を差しだすと、ポチは迷いなくその手に噛みつく。そして健吉が立ち上がっても咬んだままである。持ち運び状態になったポチを片手に健吉は歩き出した。
正二はホッとしたのか大きく息を吐くと恐る恐る健吉とポチについて行く。
「ところで……それ痛くないんッスか?」
「……心がな」
健吉はぼそりと呟いた。




