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第二話 竹田正二はチンピラらしい?

 どこをどう歩いたのか、健吉は森を抜け、赤茶けた土が剥きだしとなっている道に出た。ワニ革の靴とズボンの裾に付いた泥や上着に付いた葉っぱがそこに至るまでの苦戦を如実に表している。

「チッ」

 そんな健吉が森を抜けて出したのは安堵の息ではなく、舌打ちであった。

「おじさん、お疲れちゃん」

 健吉が出てくるのを待っていたと言わんばかりに馴れ馴れしく声をかけたのは、薄汚れた麻製の衣服に身を包んだ三人組であった。

 三人組はそれぞれ鉈や斧といった得物を持っており、中央のリーダーらしき男は健吉に見せつける様に鉈で肩を叩きながら、言葉を続けた。

「確認するまでもなく、異世界の人だよね? 大人しくしてれば手荒な真似はしないからきてちょーだい」

「……」

 その男は軽薄な笑顔とともに、無言の健吉に一歩近づく。

「おじさん、厳つい風体なのにだんまりしちゃって……もしかしなくてもブルッちゃってる? 抵抗すれば手足の二、三本を切り落とすかもしれないけどさ~、さっきも言ったけど大人しくしてれば手荒なことはしないよ」

 男のそれは挑発とも嘲りとも捉えることができるものである。そしてふいに視線を後ろにそらすと、仲間に声をかけた。

「おい! 一応、解析アナライズ----」

 その時のことである。男の体が吹き飛んだ。

 健吉の拳が顔面にめり込んだのである。続いて残りの二人も吹き飛ぶ。急接近した健吉の腕が男達を薙いだ結果だった。吹き飛ばされた二人はすぐさま態勢を持ち直すが、旗色が悪いと判断したのか逃げ出す。

「おい! 仲間を」

 健吉はそこまで言って言葉を飲み込んだ。気を失っているであろうリーダーも連れ帰って欲しかったのだが、声をかけるだけ無駄であると経験から知っているのだ。

 諦めた健吉は向いの繁みを凝視した。

「……で、お前はどうするんだ?」

 健吉がその繁みに声をかけると、そこからえんじ色の塊が転がり出てきた。

 塊はえんじ色のジャージを着た青年であった。年の頃は二十歳(はたち)前後。肩までかかる長髪は真ん中で分けられ、中ほどまで黒くなっている金髪であった。

 地面に膝をつく形でしばし健吉の顔を見ていた青年は、まるで酸欠の金魚の様に口を数度動かしたかと思うと、何かを思い出したかの様に立ち上がり、慌てながらも軽く股を開いて、手の平を上に向けた。

「赤いスーツに向こう傷。そして六尺五寸の体格に加えて先ほどの腕前、世に聞こえし高橋健吉様とお見受けしやす」

 ヤクザ物の映画よろしく、青年は仁義を切り始めた。

「自分----」

「あー……ちょっと待ってくれねぇか?」

 調子よく続けていた青年を止めたのは微妙な表情をした健吉であった。

「そんな挨拶をする奴は初めて見たが……」

 健吉は表情を変えずに左頬を掻く。

「それよりも……だ。勘違いしてる見てえだが、俺はヤクザじゃねえぞ?」

「え⁉……」

 言葉を失う青年に対して健吉が続ける。

「そいつは業界内での挨拶なんだろ? こいつはちょいと筋目が違うんじゃねぇのか?」

 健吉の言葉を聞いた青年は急いで直立不動の態勢をとると、改めて自己紹介を始めた。

「し、失礼しました! おいらは竹田正二って言うッス! 高橋健吉さんの噂を色々聞いていて憧れていましたッス! 何と言っても『妙福寺の----』」

 その自己紹介を遮るように健吉が手の平を青年に向けた。

「話してる途中で悪ぃんだが、俺はお前さんには興味がないんだわ。とりあえず、ここがどこかってのを教えてくんねぇか?」

「あ! そうでした! 早いとこ、ここからずらからなけりゃ」

「慌てんな。刃物ヤッパ片手に因縁アヤをつけてきた連中をなでた・・・だけだ。正当防衛って奴で事件にゃならんよ」

「そうじゃなくって……こいつらの仲間が来るってことッスよ!」

 青年が倒れてる男を指さしながら、大袈裟な身振り手振りで健吉に訴える。訴えられた健吉はというと辺りを見渡すと一言漏らす。

「……森にはいりゃ問題ないだろ」

 囲まれなければ問題ないといった風情である。

「そうじゃなくって……あー、もう! なんて言えばいいのかな!」

 平然としている健吉に対して、青年の方が派手に頭を掻きむしり苛立ちと不安を訴える。

「ん? あー、あー。わかった、わかった」

 その様子を見てようやく理解したのか健吉は大きく頷き始めた。

「マジっすか!?」

 青年の表情も一転して明るくなる。

人気ひとけがねぇから得物を持ってやってくるって言いてぇんだな」

「違……もう、それでいいッスから早く離れやしょうよ」

「あまり派手にやられてもなんだしな。流れ弾なんかで大騒動は俺も御免だ」

 急かす青年に同意した健吉は道に出ると質問を飛ばす。

「おい、それでどっちに行けばいいんだ?」

「あ! ちょっと待ってください!」

 慌てて応じた青年は目を閉じ、何かを探るようにこめかみに指をあてる。

「見えました! あっちに町があります!」

 そう言って道の一方を指さした。

 言われた健吉は当然ながら怪訝な表情を浮かべるものの、従うより他はないと判断したのか、青年が指さした方向へと進む。

「ちょ、ちょっとタイム!」

 そんな健吉を止めて、青年は倒れている男の方へと向かった。そしてその傍らでしゃがみこむと男の衣服をまさぐる。

「おい、何してんだ?」

「いや~、素寒貧なんでちょいと旅費として現金や金目のものでも頂いとこうかと……」

 青年は健吉の質問に答えながら、鼻歌まじりに男が脇にぶら下げていた小袋の中身を確認する。次の瞬間、その背中が跳ねた。

「バカ野郎‼」

 健吉の怒鳴り声であった。その怒声はそのまま続く。

「てめぇがやってんのは窃盗だか強盗だかって奴だ。ノシたのは俺だから当然俺まで調べられるし、下手すりゃ挙げられるじゃねえか!」

 剣幕に恐怖した青年ではあるが言いたいこともあるようで恐る恐る弁明をする。

「でも……先立つ物が……」

「でももへちまもねぇ!」

 そんな青年を一喝した健吉は一転して落ち着いたトーンで語りかける。

「なけりゃあ、ないでなんとかなるのがこの世ってもんだ。だけど道理を曲げちゃあ何ともならんのよ」

 そして青年を一瞥。

「それでも曲げたけりゃ、それなりの覚悟はあるんだろうな?」

「と、とんでもないっす!」

 返事を聞いた健吉は道なりに歩いて行く。青年はというと、未練がましく男の小袋しばし見つめた後、先を行く背中を小走りで追いかけるのであった。

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