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第十七話 川遊びとサービスシーン

 その川はなかなかに大きかった。流れこそ穏やかなものの川幅は五百メートルはあるだろう。明け方は眩しいほどに輝いていたその川面も今は落ち着いたものである。しかし、それでもいまだに朝日の面影を残す太陽をその身に映していた。

 その川べりにやってくるなり、健吉は服を脱ぎ始めた。

「本当に川で水浴びする気だったんッスか!?」

 正二が驚きの声をあげた。

子供ガキの頃は普通に川で体を洗ってたしな」

 健吉はそう言って服を木の枝に掛けていく。

「どんな生活をしてたんッスか……」

 呆れた様子の正二は信じられないといった表情を作る。

「しかし、覚せい剤中毒者シャブちゅうの体がクセェのは知ってたけどよ、ヘロインはもっと臭いんだな。まるで腐ってるみてぇだ」

 よほどゾンビの臭いがこたえていたのか健吉が愚痴にも聞こえる感想を漏らす。

「だからあれは----」

 正二はそこであることに気が付いた。

「あれ? アニキ、下着は?」

 正二を背に健吉がズボンを脱ぐや臀部が直接に晒されたのである。

「下着は甘えだろ。それと誰がアニキだ」

 健吉が振り返ると正二は言葉を失った。何故か。全身にある無数の傷跡の所為せいか? 否。それは背中にも無数にあり正二はすでに見ているからである。では何故か。

 正二は自分の手首の太さを確認するように、もう片方の手で握る。そして健吉の体の一部を凝視。比べるように自らの手首を見ると再び健吉の体の一部に視線を移し手首を二回ほど握り直す。そのまま無言で大きく瞬きをした。

「なんだ、黙りこんだまま視線を下に逸らしやがって」

 健吉は正二の態度が気に入らなかったのか軽く悪態をつくと、川へと飛び込んでいった。すると、まるで河馬カバが勢いよく飛び込んだかのような水の音を響かせ、辺りに水しぶきを豪快にまき散らした。

「人間……なんッスかねぇ?」

 いつしか正二は川を泳ぐ生物への感想を漏らしていた。


 健吉はどれほど泳いでいたのだろうか、太陽は徐々に頂点へと昇りかけていた。正二はというと、始めはチンピラ特融のしゃがみ方をして、健吉の泳ぎを眺めていた。健吉の泳ぎっぷりやタフさに驚いたのか、熱心にそれなりの時間それを見ていた。

「アニキもよくやるよ」

 しかし、やがて一言呟くと、飽きたのか徹夜と昨日からの疲れが原因なのか汚れるのも構わず横になる。そして欠伸あくびを一つし、すっかりと昼寝の態勢に入っていた。

「……あの、ごめんなさい。よろしいでしょうか?」

 そんな正二に恐る恐る声をかける浅黒い小柄な少女が一人いた。

んだよ」

 昼寝を邪魔された正二は軽く舌打ちをすると、露骨に嫌な顔を見せて邪険な対応をしてみせる。少女は恐縮しながらも続ける。

「テーブルのセッティングが終わったんで、何かお食べになりたいものはないかとチョーヌさんが……」

「ああ!? 今頃それを聞くのかよ! 手際が悪すぎんだろ!」

 昼寝を邪魔されたせいか明らかに不機嫌な正二は立ち上がると嫌がらせのように大声で喚く。

「ご、ごめんなさい!」

 少女は小さな体を益々小さくして頭を下げる。そして恐る恐る頭を上げると正二の様子を窺うように上目で見た。

「んなもんよ、ここで一番上等なモンに決まってんだろ! 馬鹿にしてんのか? コラァッ! ねぇ? アニ----痛っ!」

 いつの間にか川から上がっていた健吉は同意を求める正二の頭を引っ叩いた。

「別に今ある物でいいよ。それとコイツ----」

 健吉は少女に人の胴回り程はある四メートル級のウナギのような生物を見せる。

「ビッグE!」

 同時に少女が叫ぶが健吉は構わずに質問を続けた。

「しつこく俺を攻撃してくるから殺したんだけどよ……食えるか?」

「え⁉ それは勿論食べられますけど……。ああ、良かった……この人喰いの化け物に何人が餌食となったことか……父さん、モク、ソノ、リョウ、リツ、サオ……」

 口を手で押さえた少女は信じられないといった感じであった。やがてその衝撃と感激でボロボロと涙をこぼし始めた。健吉はというと、左頬を掻きながら暫しの沈黙。

「ああ! お礼を忘れてました! 本当にありがとうございます!」

 少女は慌てたようにそう言うと、今度は米つきバッタのように何度も何度も頭下げる。


「そうか、それじゃあ悪くなる前にコイツを食っちまおう。頼むな」

 らちが明かないと思ったのか、健吉は少女を遮ると、自身の肩に巻いていたウナギモドキを少女の肩にのせようとした。

「ちょ、ちょっとなにしてんッスか!」

 そこで正二の登場である。

「二ついいッスか?」

 返事も聞かずに正二は深呼吸をすると人差し指を立てる。

「まず、そいつは人間を食ってるらしいんッスけどいいんッスか?」

 健吉は不思議そうな顔をする。

「……当然ながら、気にしないんッスよね。アニキの場合は」

「だからアニ----」

「二つ目!」

 健吉を遮った正二はそのまま中指を立ててピースサインを作る。

「なんでその化物ウナギをその子にのせようとしてるんッスか?」

「そりゃ運んでもらおうと思ってよ」

 正二はわざとらしい溜息をついた。

「運べると思ってんッスか?」

 健吉は少女をまじまじと、それこそ上から下まで品定めするようにジロジロと見た。当の少女は泣きながらも恥ずかしそうにする。

「うーん……。ちょいと重そうか?」

 健吉は少女に確認をとる。

「あ……はい」

 少女は申し訳なさそうに答えた。

「おい」

 健吉は少女の返事を聞くや正二を見た。

「無理ッス」

 即答である。

「……」

 健吉は無言で正二を見つづけるが、正二は無い袖は振れぬと肩をすくめた。

「……代わりに俺の服を運んじゃくれねぇか」

「へい! わかりやした」

 今度は正二も素直に応じて木の枝から服を下ろす。

「……キャッ!」

 今度は少女は小さな悲鳴をあげた。

「ん、どうした?」

 健吉は少女にたずねるが少女は顔を赤らめて恥ずかしそうに顔を逸らす。そしてうつむき加減で黙ったたまま健吉の方を見ようともしない。健吉が左頬を掻きながら少女のリアクションを待っていると正二が助け舟を出してきた。

「アニキが裸だからッスよ」

『ビッグE』に気をとられていた少女は今頃になって健吉が裸であることに気が付いたのか、あるいは恥ずかしさを憶えたのか、正二の言に同意するように首を振る。

「男の裸を見るのは始めてか。そいつは悪いことをしちまったな」

 健吉はそう言って右頬を掻く。

「そうは言ってもよ、体が濡れてるだろ? 大事な一張羅を濡らすわけにはいかねぇんだよ。タオルでも持ってきてりゃあ良かったな」

 そして健吉は歩き出した。

「それか下着を履いてりゃよかったッスね」

 正二もそれに続く。最後に少女が恥ずかしそうに顔をうつむけたまま、一行について行った。

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