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第十三話 住民総出でお迎え

 空には二つの満月が双眸の様に輝き、夜道を歩く健吉達を照らしていた。双子の月明かりの恩恵で夜とはいえどもそれなりの光源を得ていた。

「あっちは大きめの町。こっちの小道に行くと……小さな里ッス」

 町を出てから黙々と歩いていた二人だったが二又に差し掛かり、正二が道の行き先を示す。

「なんでわかるんだよ」

「そりゃ千里眼……もとい、土地勘があるんッスよ」

「……騒動もあったし検問があったりすると面倒だ。里の方にするか」

 健吉は小道の方へと歩いて行く。

「検問って……だから日本じゃないんッスよ」

 正二は文句を言いながらもそれに従う。

「お前の言うことはどうも胡散うさんくさくて信用できねぇんだよなぁ」

 健吉の言い草に正二はどうしたものかと夜空を見上げた。

「あ! ほら! 空を見てください。月が二つもあるじゃないッスか」

 健吉は平然と歩み続ける。

「太陽だって欠ける日があるんだ。そんな日もあるだろ」

「いや、ないッス!」

 そして正二が即答した。

「お前になにがわかんだ?」

「教科書にも載ってたじゃないッスか。地球から別れた球体の月が太陽の反射で光ってるって。だから二つの月とかないんッスよ」

「習ってねぇよ。学校に行ってねぇからな」

 正二は納得と首を縦に振る。

「それでも常識ッスよ?」

「決めつけはよくねぇな。お前の言う通りにお月さんが丸いんだったら、なんであんな光り方をするんだ?」

「って、言いますと?」

 正二は質問の意図がわからないのか小首を傾げる。

「おめぇは馬鹿だな。飲み屋の丸氷を想像してみろ」

「へい」

「照明を受けて光ってる場所があるだろ?」

「いや~……あんまり意識したことないッス」

「……丸い石とかもそうだけどよ、その中心から離れると暗くなってくんだよ」

「言われてみればそんな気もするッスね~。ボールとリンゴとか……」

「なら、あれは?」

 健吉が煌々と輝く月を指さした。

「全体が明るいッスね。……なんでなんッスか?」

「丸くねぇんだろ」

 正二は溜息を漏らした。そこで思い出したようにハッとなる。

「そうだ! ここの連中だって異世界人って呼んでくるじゃないッスか」

「おめえも頑張るな。この地域の方言だろ。よそ者ってよ。だいたい日本語を喋ってるじゃねぇか。あれなら俺の知り合いの外人連中の方がよほど訛ってるぜ」

 健吉は心底面倒臭そうに応じた。


「そりゃ、信力の影響ッスよ!」

 正二は待ってましたとばかりに張り切りだした。

「なんだそりゃ」

 健吉も退屈なのかうんざり顔で聞き返す。

「『信力』とは『信じることにより生じる力』ッス。『与える信力』、『受ける信力』、『集まる信力』の三つがあるらしいんッスよ」

 正二は名誉挽回の機会とも思ってるのか勢いは止まらない。

「『与える信力』は、さっきのだとアニキの拳ッス」

「アニキじゃねぇだろ……」

「自分の強さを信じてる分だけ強化されたんッス」

 正二は健吉を無視して続ける。

「『受ける信力』は、他から受ける信力ッス。例えばおいらがアニキを強いと信じた分だけ、アニキに対してそう作用する力……あ、おいらからしたら『与える信力』なんッスけどね」

 健吉はぼんやりと夜空を眺めた。

「最後に『集まる信力』。これは大多数の人間が信じるまでもなく常識と思ってるからそう作用する信力ッス。『常識を事実にする力』とでも言いやす。ここの連中にとっては『言葉は通用するのが常識』なんで日本語でも通用するし、アニキには日本語に聞こえることになるみたいッス。不特定多数の信力の集まりでそう『存在させる力』らしいッスよ」

 健吉は大きく欠伸あくびをした。

「って、アニキ聞いてます? おいらはこれを呼び出された時に叩きこまれたんッスよ。異世界人は魔法を信じきれないから魔法が使えない。使えても弱いって」

 健吉は深い溜息をついた。

「夕さらば 屋戸やと開けけて われ待たむ いめあひ見に むといふ人を……ってか? くだらねぇ」

「なんッスか、それ?」

「自分で考えろ。この調子じゃ里があるかも怪しいもんだな」

「いい加減に信じてくだいってば~。おいらにも信力を! って、ねぇ聞いてます?」

 健吉は無視して歩いて行った。


 数時間後、健吉達は筒の様な形をした高床式の家が十数軒集まった場所に出た。

「残念ながら、ほら家の形状が……なんて次元じゃないんッスよね」

 これを見た正二の第一声である。

「なにがだ?」

「なんでもないッス」

 正二は普段と変わらぬ健吉を見て、聞くまでもないと再確認した。

「でも、おいらの言った通り集落があったでしょ?」

「道は大抵どこかに繋がってるもんだ」

 そして肩を落とす正二。

「店もなさそうだし、俺じゃあ宿も借りられねぇ。次の場所へ行くしかねぇな」

「え~……まだ歩くんッスか? 一日中歩いたんで休みましょうよ。疲れたし眠いッス」

 正二は目をこすりながら、続ける。

「日本と違って街灯一つなくって、家から灯りが漏れてない……って言ってもどうせ無駄なんッスよね~」

 彼の指摘通り、里には月明かりのみが降り注いでいた。そして人の声や生活音もなく、ただ風の音や虫の声のみが鳴り響く。

「田舎の夜ははえぇからな」

 しかし、健吉が里の中央にまで進んだ時に変化が起こった。物陰から人影が現れたのだ。それが一つ、二つではなくワラワラと現れる。瞬く間に増えた影は四十体を越えているだろう。それが健吉達を取り囲んだ。そして無言のままに距離を詰めてくる。いや、正確には「ぅ~」や「ぁ~」とうめいていた。

「祭りか?」

 健吉の感想である。

「こんな陰気臭い祭りなんてありませんよ!」

 即座に突っ込む正二。

「世の中はひれぇし、わかんねぇぞ」

「っていうか、なんか色々とヤバい雰囲気なんッスけど……」

 はたして正二の危惧通りに人影の中の一人が健吉に掴みかかる。……と、同時に背負い投げ。人影は軽々と投げ飛ばされた。

「アニキは殴るだけじゃなかったんッスね」

 正二が妙な感心をしてる一方で健吉が面倒そうに呟く。

「なんだ、出て行けってことか? 随分と排他的な場所だな」

「いや、明らかに違うでしょ!」

 正二はそう言って先ほど投げ飛ばされた人影を指さす。ゆっくりと不恰好に立ち上がった影は腐敗臭を漂わせる。

「これって絶対にアレですって!」

 二人が問答をしている間にも包囲網は徐々に狭まるのであった。

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