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Carmen

作者: 雛北

今日も今日とて、舞台は幕を上げる。

闇に沈む人々の視線を一身に浴びるは、今宵の主役の歌姫である。

丈の短い真っ赤なドレスと妖艶な雰囲気を身に纏って、彼女は酷く蠱惑的に歌う。耳から全身へと駆け巡る歌声は、かのクローディアスがハムレットの父王の耳に流し込んだ毒の如く、身体を痺れさせ、酔わせて、人々の意識を攫ってゆく。そしてその歌声を紡ぎ出す唇は、ドレスに負けぬ程の存在感を放つ、赤だ。


 客席の方へと足を一歩、踏み出す。


 只それだけで、空気が変わる。


客席から微かに聞こえた溜息は、彼女に溺れまいとする最後の足掻きだろうか、それとも囚われた事への諦念か?

 彼女だけ、嗚呼、彼女しか、目に入らない。

男を容易く操って破滅へと導く歌姫は、今宵も何と美しい事だろう。「毒ある花ほど美しい」という言葉は、彼女にこそ当て嵌まる。


 音楽が変わった。

まるで手品のように、何処からともなく取り出した一輪の薔薇。ほっそりとした白い手とのコントラストが目に鮮やかだ。

突如として現れた可憐な薔薇と、それを手にする歌姫を見て、舞台を初めて観る者は次に何が始まるのかと息を詰め、知る者は次の行動を楽しみに胸を踊らせた。

 薔薇への、赤と赤のキス。

 そしてそのまま、花弁を一片、口に銜えて。


 絵になる光景だった。そう、少なくとも、月の光の下で永遠に時を止めておきたいと願う者がいるくらいには。


と。


 不意にゆらり、傾ぐ肢体。


 髪が顔にかかり、表情は分からない。


薔薇が手を離れ、床に音もなく落ちる。


 怪訝そうなざわめきが広がり身体が地面に着くその前に、しかし、その身体はそっと受け止められた。


歌姫によって恋に堕とされた哀れな男は、歌姫を腕に歌う。

甘く切ないアリアで、舞台は拍手の中幕を下ろした。


 いつまでも拍手は鳴り止まない。僅かな困惑したようなざわめきなど掻き消してしまう大歓声が、舞台の成功を知らせている。拍手と歓声が聞こえている幕の内側で、男は腕の中の歌姫を見下ろした。

 髪を顔からはらうと、観客からは見えなかった彼女の顔が露わになる。

 苦悶、だった。凄絶な苦しみを味わった者の、顔。

 美貌は歪んでもまた美しいのが皮肉であったが。


 それを見つめて、男は、


―――満足げに微笑んだ。


そっと歌姫を横たえた拍子に彼女の口の端から流れた一筋の赤を指で拭ってやり、男はゆっくりと立ち上がった。

酷薄な笑みを浮かべたまま。


 新しい演出?

 そうとも言うかも知れない。


 男が考えた、たった一度の自己満足的な、演出。明日の新聞にはもしかしたら、こう載るかも知れない。舞台袖から聞こえる慌ただしい足音を聞きながら、男は考えた。

 「世界の歌姫、舞台で散る」

 「犯人は劇中で当て役の男」


 拍手と歓声が鳴り響く観客席。

 幕の内側、舞台の中央で立ち尽くす男。その足下には横たえられた歌姫。

 彼らに駆け寄る、殺気立った大勢の舞台関係者。

 幕の内と外とは別世界だ。


 外側の人間は事実に気付いた時、知った時、それでも拍手を送るのだろうか。 


「貴女には本当に、赤が良く似合う。」

 足下で動かぬ美しき人に、男は囁く。


 「舞台の上でも、舞台を下りても、私の贈り物は貴女に何の影響力も持たなかったけれど。」

 「薔薇、綺麗でしょう。貴女への、この世での最後の贈り物。」

 「私が育てたんですよ、貴女のために。」


 「嗚呼やっと、私のもの、ですね。」


歌姫の手から転がった薔薇の花弁を一片、口に含んだ男は、走ってくる人々を嘲笑うかのような絶妙なタイミングで、女にかぶさる様にして倒れた。


 女の表情とは対照的に浮かべられた微笑ごと時を止め。


 そして、舞台は終わった。


 もう二度と、演じられる事はない。



観客は今日も、刺激と非日常を求めて、何処かの舞台に足を運ぶ。どんな出来事だって、彼らにとっては通り過ぎれば色褪せたつまらないモノにすぎない。

 彼らは足を運ぶ、歌姫がいなくとも成立する世界へ。

 何故なら彼女は、今やただ一人の男のものだから。彼女が演じて、歌ってみせることができるのは、もう、たった一人の男のためだけなのだから。


「今日も、うたって?私の側で、私だけのために。」

雛北と申します。

この度は、作品を読んでくださりありがとうございます。

ストーリー性の欠けたものとなってしまいましたが、是非皆様の素晴らしい想像力で補っていただきたく。(苦笑)

英語タイトル、と言いたい所ですが、今回は沢山の劇やバレエが創られている「カルメン」から取っています。人名です。カルメン、スペイン人です(笑)


ところで、序盤にはシェイクスピアの「ハムレット」に軽く触れています。主人公ハムレットの父王は、弟クローディアス(ハムレットの叔父)に、昼寝中に耳から毒を流し込まれて殺されちゃうんです。王様がその辺で昼寝なんかしてるから悪いんじゃ…?


それはさておき、今回はヤンデレっぽいものを書いてみました。実はラブ書くのは初めて。(初めてでヤンデレ…。)気持ちが分からないので苦戦しました。


質問、ご意見、何でもお待ちしております‼(泣いて喜びます✨)お気軽にどうぞ♪お付き合いいただき、ありがとうございました‼

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