あの頃へ
気づくと私は、どこかのテレビ局にいた。と言っても少年だった私はテレビ局などというものは知る由も無かったから、あくまで「おそらく」である。
長く続く廊下には、沢山の器具や、スタッフらしき人々でごった返していた。
ここは…?
辺りをきょろきょろする、明らかに場にそぐわな少年にも構っている余裕が無いほど、そこの人々は忙しそうだった。
「あらぼく、どうしたの? 」
そんな声を掛けてくれる人もいた気がする。ただ、私は構わず歩き続けた。
目の前に一つの扉が現れた。
名前を見る。
そこは少年の私にも分かった「Mの部屋」だった。今から考えれば、いわゆる「楽屋」だったのだろう。
恐れを知らなかった少年の頃の私はためらわずにその扉を開けた。
Mさんは、どこに?
部屋は空っぽだった。
部屋にはテーブル、衣装、食べかけのの弁当など、数分前までには誰かがいた様子が感じ取れた。
その直後だった。後ろに誰かの気配を感じ、振り返った。
「あら、どこの子かしら? どうやって入って来たの? 」
少年の私はきっと目を丸くしていたに違いない。
目の前に現れた若い女性は初めて見るにも関わらず、とてつもないオーラを感じた。
「あの、Mさんですか? 」
その大きな人影は、しゃがみ込み、突然現れた不審な少年に目線を合わせてくれた。
「そうよ、私に会いに来てくれたの? 」
私はゆっくり頷いた。
「ありがとう、でもね、ここは…」
「あの、Mさん」
時間が無かった。早くあの事実を伝えなければ、少年の頭はその思いでいっぱいで、その他の事は全く無かった。
「Mさん、あなたはこの生活を続けていたら、数年後に間質性肺炎で亡くなります。だから、だからもっと体を労わって下さい、じゃないと…」
Mは一瞬目を丸くした。ただすぐさま優しい笑顔を取り戻し、
「ありがとう、心配してくれているのね…」その時だった。
「Mさん、失礼します」
突然扉が開いた。
「Mさん、頼まれてたやつ、持って来ました」
突然のスタッフの声にMは振り返ると、
「ありがとう、ちょっと待ってもらえる?」
そう言って、再び少年の方を振り返ると、そこには少年の姿はなかった。