Mの訃報
暗い、何故父はこんなに暗い部屋でテレビを見るのが好きなんだろう。
少年だった頃の私は、それが疑問で仕方無かった。
また、父のその居間に寝そべり、缶ビールをくしゃっと潰すその姿はとても尊敬出来る姿では無かった。
ただ、少年だった私は夜のその薄暗い部屋が好きだった。
暗闇にぼんやりと光るテレビの光。
夕方の喧騒が静まり、辺りはもう大人の時間。そんな時間には何かきっと、自分達の知らない秘密の世界が広がっている、そんな事を思っていたのかもしれない。
Mの訃報を知ったのは、そんな薄暗い深夜の暗闇の中だった。
「ニュースです。本日夕方8時頃歌手のMさんが…」
そのセリフを皮切りに始まったそのニュースは、超大物有名女性歌手Mの自宅を映し出した。
「死因は間質性肺炎。多くの著名人がMさんの死を悼みました。」
少年だった私にも歌手Mが、さすがに日本レコード大賞を何度も受賞していただとか、女性で初めて国民栄誉賞を取っただとかまでは知らなかったが、何となく有名で、とてつもなく大きな業績を残していたこと位は知っていた。
間質性肺炎。
そのキーワードが、このとてつもなく大きな業績を残した一人の命を奪った、その病気に今でも恐れを感じるのはこの時の経験がきっかけであるのかもしれない。
「ねえ、お父さん」
父は、ん?、と私の話を、聞いているのかどうかもよく分からない返事をした。
「何でこの人、死んでしまったの」
父は答えなかった。いや、答えたのかも知れないが、私はその答えを覚えていない。
「お父さん? 」
だんだんその、ん?、の返事が面倒くさそうになってきているのは自分でも、わかっていた。
「もしこのMさんが、この時期に間質性肺炎で亡くなることをずっと前に知っていたらさ、今も元気でいられたかな?」
返事は無かった。いや、あったのかもしれない。
ただ、そこに会話としての意味はきっと成り立たなかったのだろう。
私は確かその後、部屋に戻って布団に潜り込んだのは覚えている。
そして、強く、そして何度も先程の疑問を心の中で繰り返した。何故Mは死ななければならなかったのだろうか、Mを助けたい、この事実を昔のMに伝えたい…。そんな事を思いながらきっと眠りについたのである。
不思議な現象が起きたのはそんな夜の事だった。