一九八×年 十四歳 8
その二日後、木曜日の夕方、家に帰ると叔父さんから電話があった。孝弘さんがおいしいケーキを買ってきたから一緒に食べないかと。ちょうど母親も外出中だし、行くことにした。
「いよいよ三日後だね、三次審査。何かわくわくするなあ」
大きなイチゴのショートケーキを食べながら、孝弘さんが言う。彼が一番興奮しているようだ。
「俺もドキドキしてきたよ。確か、三次審査に残ってるのは十人だって言ってたなあ。特技披露もじっくりやらされそうだし」
自分はというと、最初は嬉しさしかなかったが、三次審査の日が近づくにつれ、緊張感も増してきた。その時ちなみに自分はチョコレートケーキを食べていたが、味があまりよくわからなかったから、実のところかなり舞い上がっていた。
「で、特技披露は何やるの?」
「前回と同じ朗読。でも、今度は一人芝居風にしてみようかと思って」
三日後のことについて、自分と孝弘さんは夢中になって話していた。すると叔父さんも
「よーし、じゃあ、ヌードモデルやってもらおうかな。もしコンテストで優勝とかしたら、もう二度とやってもらえないだろうし」
と食べていたモンブランをテーブルに置き、デッサンの準備を始めた。叔父さんも自分達に同調するようになってきた。少し前なら、二言目には「兄貴が、兄貴が」って言っていたのに、もうそういう心配はしなくなったようだ。
「えー、今から?」
「そうだよ。簡単なデッサンにするから、すぐ終わるよ。さ、脱いで脱いで。いっそのこと特技披露もヌードモデルにすればいいのに」
「叔父さん、それはいくらなんでもあんまりだよ」
そんな冗談も飛ばせるところをみると、もうすっかり叔父さんも認めてくれているといってもいいだろう。
簡単なデッサンを一時間ほどで終え、そろそろ帰ろうかという時、叔父さんに電話がかかってきた。
「あ、兄貴?ああ…来てるけど。ええ…うん…わかった」
電話は父親からのようだ。叔父さんがなぜか険しい表情になっている。
「あのな、トシ。兄貴が、大事な話があるから今すぐ帰って来いって。何かすごく怒ってるみたいだけど…お前、まさか、コンテストのことばれたんじゃ…」
まさか。ハガキはずっと教科書に挟んであるし、いくら父親でも、カバンの中だけならまだしも、教科書の中までは見ないだろう。とはいえ、ちょっと胸騒ぎもした。
「いや、それはないだろうけど…でも、だとすると何だろう…何か嫌な予感はするなあ。叔父さん、一緒に来てくれない?」
「え、俺が?」
まさかコンテストの件はばれていないとは思うが、もしもっと変なことだったらと思うと、一人では心細い。
「そうだよ、行ってあげなよ。僕はいいよ。今日はもう帰るから」
孝弘さんの方が、より心配してくれている気がする。
孝弘さんの後押しもあって、自分は叔父さんと一緒に帰ることにした。電車の中でも、一体何の話だろうとずっと考えていた。コンテストの件はばれないだろうとは思うが、他に心当たりがないのも事実だ。やはり、コンテストのことだろうか。ということは、父親は、日常的にカバンの中どころか、教科書まで細かく自分の持ち物をチェックしていることになる。急に思いつきでカバンや教科書をチェックして、ハガキを発見したというのは、話が出来過ぎている。それなら干渉にも程がある。一体父親は自分をどこまで束縛すれば気が済むのだろう。怒りと不安の入り混じった心境で電車に揺られていた。たった二駅だが、その間は一時間以上あるようにも思えた。
家に帰ると、父親が真赤な顔をして、ダイニングチェアに腕を組んで座っていた。
「おい、俊哉。そこに座れ」
いかにも怒ってますという顔で、しかし必死に怒りを殺しているような声で言った。自分は表情を変えずに、叔父さんの方をちらりと見て、座った。叔父さんはゆっくりうなずき、自分の後ろに立っていた。母は何も言わず、ずっと下を向いたままダイニングチェアに座っていた。父は二枚の紙を出して、テーブルの上に置いた。
「これは何なんだ?」
「これ…」
自分はそれを見て息を呑んだ。一枚はJBコンテスト三次審査のお知らせのハガキだった。そしてもう一枚は、冬木さんと自分が写っている雑誌の切り抜きだった。
「どうして…」
「さっき父さんが家に帰って郵便受けを見たら入ってたんだよ」
ずっと教科書に挟んでいたはずのハガキが、なぜかうちの郵便受けに入っていたなんて。しかも、「メンマガ」の切り抜きまで…。これは一体どういうことなのか?
「これは何だと聞いてるんだ!答えろ!」
父親の怒りはかなりのところまで来ている。こんな怒鳴り方をしたのは初めてじゃないか。
もう言い逃れはできないと自分は悟った。
「見ての通りです。切り抜きの方は、ただ知り合いの女性と写っただけです」
そう答えるよりほかなかった。
「芸能界なんて、甘い夢を見てるだけならまだしも、こんな女にうつつを抜かすなんて、お前は一体どういうつもりなんだ!お前はまだ中学生なんだぞ。恋愛なんかする歳じゃないだろう!」
父親の怒りは止まらなかった。母親はただ黙ってうつむいている。
「その人は本当にただの知り合いで、たまたまその場所に居合わせただけです。別に付き合ってはいません。第一、その人は今もう海外にいるんです」
少し嘘が入ってはいるが、おおむね間違いではない。たまたまパーティーに来ていたところを撮られたにすぎないのだから。
「フン、嘘つくならもう少しましな嘘をつけ。海外にいるだあ?そんな言い訳が通用するとでも思ってんのか?」
父親はまるで自分を信用していないようだ。
「本当です。今は香港のはずです。何なら、その人が務めている会社を教えますから、確認したらどうですか?」
そこまで言って、父親もある程度は信じたようだ。
「どっちにしろ、この女と遊んでたことには変わりはないんだろうが!お前にはやっぱり遊び人の血が…」
「兄貴、そこまで言うな!」
この言葉が父親の口から出た時、それまで黙っていた叔父さんが急に声を荒らげていった。母親もはっと顔を上げた。自分にはなぜそういう反応をするのかよく分からなかったが。父親も少し言い過ぎたと思ったのか、やや躊躇うような表情を見せた。
「とにかくだ。父さんはお前がこんなコンテストを受けて芸能界に入るなんて許さない。お前は普通の男として、平凡な人生を歩むのが一番いいんだ」
また出た。そのセリフは嫌というほど聞かされた。しかも、今の自分の生活は決して普通とは言えない。それは、ソッチの世界とか、コンテスト云々ではなく、そういう出会いがる前からある意味「普通」ではなかったのだから。自分は思いの丈をぶつけることにした。
「父さんはいつも普通とか平凡っていうけど、今の自分の生活、全然普通でも平凡でもないんですけど。部活もできない、クラスの子達とも遊べないから、友達もできない。ただ毎日学校と家の往復だけ。買い物も何も全部一人で行くんですよ。これが普通ですか?父さんの言う『普通』ってのは、ただ家にいて、勉強だけしてることなんですか?」
自分はずっと心に溜めていたことをぶちまけた。父親は、多分「普通」の意味を取り違えている。「普通」イコール「無味乾燥」ではない。そのことに気付いてくれれば、きっと自分のことも分かってくれる、考え直してくれる、その時まではそう思っていた、しかし、その期待は見事なまでに打ち破られることになる。父親は薄ら笑いを浮かべ、こう言った。
「父さんがいつ部活を辞めろと言った?」
「え…」
予想外の答えだった。自分も何と言ったらいいか分からなくなってきた。
「だって、練習で帰りが遅いと学校に電話したり、『早く帰って来い』って言ったり、自分が遅く帰るとふて寝してたりしたじゃないですか…」
自分がそう言うと、それまで薄ら笑いだった父親が急に高笑いをはじめ、
「おいおい、人のせいにされちゃ困るな。確かに父さんは学校に電話もしたし、早く帰って来いとも言った。でも、それだけだ。『やめろ』なんて一言も言ってない」
「そんな…」
「お前がその気になれば、顧問の先生に頼んで、早く帰らせてもらうこともできたはずだ。しかし、お前はそうしなかった」
何を言っているんだ、この人は。そんなこと、できるわけないじゃないか。
「そんなことできるわけない、と思ったか?それはお前が、部にとって特に必要な人間じゃないからだ。お前が本当に必要な人間だったら、そのくらいの特別扱いはしてもらえるはずだ。それをしてもらえないということは、つまり、お前が凡庸な人間だということだ」
あいた口がふさがらなかった。確かに言う通りかもしれないが、あまりに飛躍しすぎている。
「それに、早く寝ていたのは、体の調子が悪かったからだ。それとも何か、親は子供が帰ってくるまで待ってなきゃいけないとでも?」
何が何だか訳が分からず、呆気に取られている自分に対し、さらに追い打ちをかける。
「一緒に遊びに行けないから友達ができない?一緒に遊ぶだけが友達か?色んなことを話し合ったり、心を分け合うのが友達だ。それは学校にいる時間だけでも十分できるはずだ。それで友達ができないっていうのは、結局お前に人間的魅力がないってことだ。要するにお前は、凡庸を絵に描いたような人間ってことだ。そういう人間はな、地道に勉強するしかないんだよ」
そこまで言われると、自分はもはや反論する気力を失っていた。何も言い返せない。決して父親の言うことが正しいわけではないと思ったが、あまりに想定外の言い方に、反論を用意していなかったのだ。
「…わかりました。もういいです」
自分はそれだけ言うと、茫然としたまま自分の部屋に戻ろうとした。すると父が、コンテスト三次審査案内のハガキを、さも楽しそうに軽快にびりびりと破った。ざまあみろ、と言わんばかりに。
部屋に戻った自分は、ただぼうっと天井を眺めていた。すると、部屋をノックする音が聞こえた。叔父さんだった。自分は叔父さんを部屋に入れた。
「…ごめんな。力になれなくて」
「いいよ。あんな言い方されたら誰だって反論できないよ」
父親の言ってることは確かに無茶苦茶だ。でも、正論かもしれない。自分が「凡庸」な人間であるという現実を突き付けられた気がした。
「兄貴の言うことなんか気にしなくていいよ…と言っても気にしちゃうか」
叔父さんも何と言って慰めたらいいのか分からないのだろう。しかし、気持ちは十分伝わった。叔父さんは「また何かあったらいつでもうちに来い」とだけ言って、そのまま帰って行った。
父親の言ったことに対しては、もうどうにもならない。時間が経つにつれて、あきらめの気持ちが心を占めるようになった。それより気になったのは、教科書にずっと挟んでおいたはずのハガキが、なぜ家の郵便受けにあったのか、ということだ。教科書に挟んでカバンの中に入れたおいたはずなのに。
「カバン…?」
つまり、ハガキをなくしたのは学校ということになる。ということは、なくしたハガキを見付けた誰かが親切心でうちまで届けてくれたという見方もできる。しかし、ハガキだけでなく、『メンマガ』の切り抜きまで入っていたということは、誰かの嫌がらせである可能性が高いのか?…今日の時間割を思い出してみる。ハガキを挟んでおいたのは英語の教科書だった。英語は今日は二時間目。その時にはハガキは確認している。三時間目は体育で運動場、そして五、六時間目は美術で美術室と、教室を離れる時間が一番多いのが今日だ。自分が犯人なら、やはり実行するとしたら今日だろう。しかし、そんなことは予想だにしていなかったので、誰が授業を抜けたとかまでは覚えていない。美術や体育の時は、トイレだとか何だとか言って、授業を抜ける生徒が比較的多いのだ。あとは昼休み。今日は屋上の集まりもなく、三辺は試合が近いとかで、部活の昼練に出ていたので、自分は昼食は一人で食堂で摂った。うちの中学には食堂がある。メニューは日替わりランチと、あとラーメンとカレーライスくらいしかないが、味は結構いいので、ちょくちょく利用していた。母親も「弁当が要らなくて助かるわ」と言っていた。昼食を食堂で摂ったということは、昼休みの間に、誰かが「頼まれた」とか何とかいって、カバンを開けることは可能だ。
じゃあ一体、誰が犯人なのだろう。心当たりがあるのは、まず長峰の取り巻き連中だ。彼らは自分が合格したことは知らないはずだが、ダメもとでカバンを調べてみたら、ハガキが出てきたので、切り抜きと一緒に家に届けたのだろうか。あるいは、三辺と帰り道で話していた時に背後に感じた視線。やはりあの時、長峰の取り巻きに後を付けられていて、三辺との会話を聞かれてしまったのか。そしてハガキをカバンに入れるところを見られたのか。
「まさか…三辺?」
疑いたくはないが、可能性は否定できない。三辺も、コンテストの件については良くは思っていなかったのは知っている。しかも、次の日に急に考えを改めて、「応援する」なんて言い出した。その心境の変化の速さにはやはり違和感を禁じ得ない。
あるいは、共犯ということも考えられる。いや、共犯というよりは、長峰の取り巻き連中が三辺をそそのかして、カバンを探らせ、ハガキを盗らせたのかもしれない。長峰の取り巻きは一応全員上位グループだ。三辺は、可愛い顔をしていて女子人気が高いので、上位グループ扱いされることもあったが、基本的には下位グループの方だから、取り巻き連中に言われたら断れないだろう。
「ま、いっか…」
色々考えてはみたものの、やはり真相にたどり着くのは難しそうだ。長峰の取り巻き連中に問い詰めたところで、本当のことを言うとも思えない。防犯カメラでもあれば、証拠として突き付けることができていいのだが、さすがにそこまではない。三辺にしても、本当のことは言わないだろう。それに、万が一無関係だったとしたら、それこそ彼を傷つけてしまう。かといって、このまま何事もなかったように今まで通り付き合うのも難しい。どうしたらいいか結論が出ないまま、その日は終わりを迎えていた。
これからどうするか、結論の出ないまま翌日を迎えた。まずは協力してくれた大貫さんにお詫びを言わないといけないと思い、校内の公衆電話から、休み時間に大貫さんに電話を入れた。大貫さんは事務所にいた。両親の反対に遭い、コンテストにこれ以上参加できないことを告げると、
「そうなの…ま、しょうがないわね。義務教育中だし。せめて十八歳になってたらよかったんだけどねえ」
十八歳―この年齢に達すれば、ある程度自分で色々決められるということか。それなら、十八歳まではとにかくおとなしくしておいて、十八歳になったら行動を起こせばいいということか。今のところ何も言われていないが、どのみち、これから両親の監視は厳しくなるだろう。となると、その「十八歳」まではどうにもなりそうにない。
大貫さんにはお礼を言い、彼は「また何かあったら連絡してね」と言ってくれた。
授業中も、これからどうするかということばかり考えていた。いくら父親に「凡庸な人間だ」という烙印を押されたからといって、今更、学校内のカーストに復活する気にはなれない。自分はこのまま、一匹狼でいるしかないのだ。問題は三辺との関係だ。疑いを持ってしまった以上、以前のように付き合うわけにもいかない。それに、父親の「凡庸な人間」という烙印が、予想以上に自分には堪えていた。今までソッチ系と交流を持っていたのも、「自分は特別」と思いたかったからだ。そして実際、そう思っていた。しかし今となっては、それもただの思い上がりのような気がしてきた。もうあの場所に行くのも、何だか恥ずかしくなってきた。これからもう一度独りになって、これからの人生について考えたい。それに、両親の監視が厳しくなれば、三辺と学校の外で会うのも難しくなるだろう。そこで自分は、三辺にすべてを告白することにした。と同時に、三辺が犯人かどうか様子を探ってみようと思った。もし三辺が全く無関係なら、どんな感情であれ無防備に見せるだろう。特に、もともとはコンテスト参加をよく思っていなかったわけだから、嬉しさも垣間見せるはずだ。逆に三辺の単独犯なら、なるたけ冷静に対処するだろう。自分がどういう反応をするかもある程度は予想済みだろうから、それほど乱れることもないと思う。問題は、その中間、つまり、三辺は主犯ではないが何らかの関係があるか、または直接何もしていないが、何かを知っている場合だ。そういう時ってどういう反応を見せるのだろうか。関係の程度にもよるだろうから、現段階では何とも言えない。
そんなことを考えながら、昼休み、三辺を旧体育倉庫の方に呼び出した。
「トッシー、大事な話って?」
まずは親にばれて、コンテストに出られなくなったことを報告した。
「え…?親にばれたって、どういうこと?」
「ハガキが見つかっちゃったんだよ」
「そんな…。説得はしなかったの?」
「したけど、ダメだった。詳しいことは言えないけど、色々こっちにも問題があって、説得しきれなかった」
「そうなんだ…」
三辺の表情は曇っていた。その曇りは何を意味するのだろう。純粋に残念がってくれているのか、それとも彼自身がしてしまったことに対する後悔か。その表情には、喜んでいるような感じは全く見られなかったが、やはり何か知っているか、関係している、とその時思った。平静を装ってはいるが、その曇りの奥に動揺が感じられたのだ。三辺は「主犯」ではなさそうだ。あるいは、単にハガキを盗んだだけで、それがその後どうなったか知らなかったのかもしれない。てっきりどこかに捨てるくらいで済むと思っていたが、まさか自宅に、しかも雑誌の切り抜きまで一緒に届けられるとは思っていなかったとか。だとすると、その曇りも納得がいく。しかし、自分はもう、これ以上探る気はなかった。あとは、彼の告白を待つしかないが、そこまではあてにしていない。その後、三辺の口から出た言葉がこれだった。
「ね、大事な話って、そのこと?」
「いや、これから言う方がメインなんだけど…俺、実はコッチ系じゃないんだ」
彼が目を丸くしてこちらを見る。何を言うんだこいつは、と言いたげだった。
「そんな…だって、『アデュー』でカンちゃんに会ったんでしょ?」
「そうだけど…あの、実は俺の叔父さんがコッチ系で、叔父さんとその彼氏に連れられて『アデュー』に行ったら、たまたまカンちゃんがいてさ。カンちゃんが勝手に勘違いしただけだよ。まあ、でも、コッチ系の世界って面白そうだったし、学校もつまんなかったから、皆と出会えたのは楽しかったけど」
三辺の表情はちょっとこわばっていた。
「でも…あの時、そう、エッチの時、すごく気持ちよさそうだったじゃん。あれも嘘だっていうの?」
「まあ、あれはあれでよかったけど…でも、女ともヤリたいし」
「てことは、『メンマガ』に一緒に載った女ともヤッたの?」
「一回だけね」
三辺はショックを受けたようだった。自分はそれに気づかぬふりをして、続けた。
「だからもう、屋上の集まりには行かない。短い間だったけど楽しかった」
「そうか…まあ、僕らの世界は、去る者追わずが原則だから、仕方ないね。じゃ、僕とのことももう終わり?」
三辺が一番聞きたいのはそのことだったのだろう。これについては、正直迷っていた。何だかんだ言っても、自分は三辺のことが「好き」になっていた。たぶん、友達以上として。しかし、ここではっきりけじめをつけないといけないのは自分でもよく分かっている。それに何より、現実的な問題として、オーディションのことがばれて以来、両親の監視の目も厳しくなっており、それを掻い潜ることは困難だろうというのがあった。
「そうだね…将来について考えるなら独りのほうがいいし、親の監視も厳しくなりそうだから、どのみち学校外で会うのは難しくなるよ」
「…うん、わかった」
それだけ言うと、三辺は自分に抱き着いてきた。自分達は、人が来ない旧体育倉庫で、抱き合ってキスをした。
その次の日からは、自分は抜け殻のようになっていた。ただ機械的に学校に行き、勉強し、家に帰る。クラスの人間ともますます口をきかなくなって、外に出ているのに引き篭もりみたいな状態になった。三辺が時々心配して、自分を昼食に誘ってくれていたが、三年になってクラスが変わると、それもなくなった。新しいクラスになって、何人かが自分に話しかけてきてくれたが、邪険に扱っていると、いつの間にか話しかけてこなくなり、完全に孤立した状態になっていた。勉強だけして、親の望む高校に進学する、それだけのために学校に行っていた。
叔父さんからのモデルの仕事や、他の誘いもなくなり、家にも行かなくなった。やはりあの喧嘩以来、何となく自分に近付きにくくなったのだろう。力になれなかったことの責任やなんかを感じているのだろうか。
十八歳―大貫さんも言っていたが、やはりこの年齢がポイントになるのだろう。とにかく十八歳になるまでは、自分の人生はどうにもならない。「その時」が来るのをひたすら待つしかない。「その時」が来たら、「あること」を実行に移す―今はその準備期間だと思って、砂を噛み続ける。たとえそれが「嚙めない砂」であったとしても。たぶん、それが一番いい選択だろう。