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一九八×年 十四歳 6

何だか三辺とすっかり「カップル」になってしまっていたので、頭から冬木さんのことがすっぽり抜け落ちそうになっていた。だが、雑誌のこともあるし、そろそろ冬木さんに会いに行った方がいいのだろう。とはいっても、二回目のデートをするべきか否か、それとも何事もなかったかのように「店員」と「客」になるべきか。相手次第かなとも思ったが、このまま二回、三回とデートをして、本当の恋人になるのもちょっと気が引ける。それは、三辺のこととはあまり関係なくそう思っていた。かといって、完全に異性として意識されないのも寂しい。自分の気持を計りあぐねていたが、どうやらそれは杞憂だったようだ。思い切って店を訪ねてみたところ、冬木さんの姿はなく、同僚の女性が声をかけてきた。

「あなた、冬ちゃんと雑誌に載った子よね?冬ちゃん、実は香港に行っちゃったのよ。で、一緒に雑誌に出た子が来たら渡しといてって、手紙を預かってるの。はい、これ」

その女性に渡されたのは、ブランドのロゴ入りの封筒で、中には手紙と写真が入っていた。写真はあの日に撮ったもので、雑誌に掲載されたものとはまた別のショットだ。二人ともカメラ目線ではなく、何か話しているような感じの写真だ。ある意味、自然な二人ともいえる。この時二人はどんな話をしていたっけ、と思ったが、思い出せない。しかしまた、香港に行ったというのはどういうことなのだろう。その辺の事情も知りたくて、手紙を開いた。

 手紙によると、香港にこのブランドショップの海外一号店ができるので、そこに行くことになったとのこと。実は自分と彼女が初めてお茶をすることになったあの日には既に話があったが、まだどうするか決めかねていた。前から海外で働くのが夢だった彼女にとっては願ってもないチャンスだったが、どうしても気になる人がいて、その人の気持ちを確かめたかったそうだ。それがつまり自分だったが、中学生と分かって、さすがにこれはどうにもならないと思い、香港行きを決めたのだ。パーティーに誘ったのはほんの想い出づくりのつもりで、最後にああなったのは本人にとっても想定外で、パーティーでのハイテンションを引きずって、勢いで誘ってしまった。でも後悔はしていない、日本最後の最高の思い出になった、と。

 そう書かれているのを見て、嬉しいような、残念なような、安堵したような、切ないような、何とも複雑な気持ちになった。自分は彼女に恋をしていたのだろうか。それとも単に「非日常」を楽しむ相手として利用していただけなのだろうか。自分でもよく分からない。しかし、少なくとも、もう彼女には会えない。自分の欲求がどちらであったにしても、彼女がそれを満たしてくれることはもうないのだ。

 ある種の無力感が心を襲い、ため息を一つ吐いた後、追伸のところに目を遣った。すると、カメラマンの大貫さんが連絡を欲しがっていたから連絡してあげて、と書いてあった。「食われないように気をつけてね」というおまけの一言に思わず吹き出してしまい、鬱になりかけていた気持ちがちょっとだけ和んだ気がした。


 冬木さんの手紙に書かれていたこともあって、カメラマンの大貫さんに会うことにした。あのパーティーの時にもらった名刺。「フォトグラファー 大貫豪」と書いてある。オネエ言葉をしゃべっていたのに、名前はやたら男らしい。「アデュー」のマスターと同じだ。そう考えると、思わず笑ってしまう。そこに書かれてあった電話番号に電話をすると、すぐに本人が出て、あ、こないだのパーティーの子ね、近々いつ来れる?みたいな話をした。ちょうど次の土曜日が、三辺は部活の試合があって自分は一人になるので、その日に会うことにした。

 会ったのは、彼のスタジオ兼自宅のような場所であった。

「久しぶりね。ちょっとソファーでゆっくりしてて。今飲み物出すから。アイスコーヒーでいいかな?」

はい、と答えて、ぐるりと部屋を見渡す。色んな写真が飾ってあるが、男性のもあれば女性のもあって、特にソッチ系の色が濃いわけではないので、ちょっとホッとした。大貫さんがアイスコーヒーを持ってきて、自分の横に座った。一定の距離があり、特にいやらしさはなかった。

「あの、僕、実はまだ中学生なんすけど、大丈夫ですかね?」

というと、彼は特に驚く様子もなく

「らしいね。冬ちゃんから聞いたよ。まあ、ちょっと幼い顔立ちだなとは思ったけど、中学生とは思わなかった」

彼も冬木さんと大体同じようなことを言った。

「え、でも、中学生でファッション誌とか出られるんですかね?」

自分が聞くと、

「まあ、ファッション誌は難しいわね。でも、それだけがモデルの仕事じゃないのよ。他にも色々仕事はあるの」

「はあ、そうなんですか。すみません。世間知らずで」

「はは、その歳で世間知ってても怖いけどね。軽く撮影するから…そうね、中学生らしく、隣の部屋のハンガーラックに掛かってる水色のシャツと紺のベスト、それからチェックのズボン履いてみて」

その部屋に入ると、たくさんの洋服がかかっている。指定された洋服を着てみた。何だか制服みたいだが、うちの学校は学ランなので、ちょっとこういう感じの服は新鮮だ。大貫さんは、自分のそんな姿を見て、

「あらいいじゃない。良家のお坊ちゃまみたいで。じゃ、そこに立って」

こうして撮影が始まった。

「笑顔でね。あ、でもたまには真剣な表情も頂戴」

と注文を受けた。最初のうちは自分でもぎこちなさを感じていたが、撮影が進むにつれ、自然に笑顔が出て、動けるようになり、また真剣な表情も流れでできるようになった。

「いいよ、その調子。あなたこの仕事向いてるわね」

そう言われると、だんだんその気になってきて、ますますのびのびできたような気がする。

 その日は、そのお坊ちゃまスタイルと、ちょっとおしゃれな大人っぽい感じの衣装と二パターン撮った。

「御疲れ様。これなら宣材に使えそうね。写真ができたら、早速知り合いのモデル事務所に見せてみる」

それから自分達は、コーヒーを飲みながら、軽く世間話をしていた。話をしながらも、「こんな大人とさしで話をしてるのは、同じ学校では自分くらいだろう」という優越感にひたりながら。もう、学校のこととか、正直どうでもよくなってきていた。自分は自分でしっかり生活をエンジョイできるのだ。さよなら、「普通の中学生」、そんな気持ちでいた。そこへ、大貫さんがこんな質問をしてきた。

「ねえ、将来は何になりたいの?」

普通なら、空気を読んで、適当に「サラリーマン」とか「公務員」とか答えるのだろう。でも、それだと夢がない。かといって、「野球選手」というのも嘘っぽい。これは小学生なら許されるが、ある程度自分の能力に気付いてる中学生としては、「パイロット」あたりが模範解答だろうか、とかそんなことを考えるが、今日はどうやら素直になったほうがよさそうだと思った。

「あの、実は、芸能界とか、興味あるんですが…」

普通なら鼻で笑われるか、いつもの「平凡普通の人生が一番だよ」と説教されるのがオチだろう。

「へー。まあ今日の撮影を見る限りでは、素質はありそうだけど…歌とか芝居とか好きなの?」

「あ、はい。歌は家でよく歌ってますし、音楽の成績も、歌の方は結構いいですよ。それに、あの、本を読むのが好きで、小説の登場人物になりきって朗読したりとかしてます」

「ははは。それはいいわね」

「それに僕…普通の人生とか平凡な人生とか送りたくないんです」

「まあ、いわゆる『サラリーマンにはなりたくない』っていうやつかしら。若いうちは皆そう思うのよね」

「そういうのともちょっと違うんですが…平凡でも幸せなら別にいいんです」

自分がそう言った時、大貫さんの表情が少し変わった。それまでは若者の戯言という感じで聞いていたのが、何だか表情が真剣になったように見えた。

「あら。それってどういう…」

「普通が一番とか、平凡が一番とか、大人は皆言いますけど、楽して平凡な幸せが手に入るわけではないですよね?平凡な世界も結構大変っていうか、平凡な不幸になることだってあるじゃないですか。同じ苦労するんだったら、ちょっと特別なことを目指してみるのもいいんじゃないかなって」

「何だか中学生らしくない言い方ね…」

自分は今までも、このように言ったことは何度かあった。しかし、「世の中を知らな過ぎる」だとか「お前は甘い」とか言われて、全否定されていた。大貫さんも、肯定まではしている感じではなかったが、少なくとも否定はしていないようだ。

「ちょっと待ってて」

大貫さんはそう言って、奥の事務所のような部屋に行き、一枚のチラシを持ってきた。そのチラシを自分に見せた。そこには「ミスターJBコンテスト」と書いてあった。

「『JB』って雑誌、知ってるよね?その雑誌が今度ミスターコンテストをやるの。優勝者は芸能界デビューが約束されてるの。優勝できなくても、決戦大会まで行ければ、何かしらデビューのチャンスは掴めるかも。これに応募してみたら?締め切りは今月末だし、今からなら間に合うよ。十三歳から応募できるから、君も大丈夫。僕、これの主催者知ってるから、二次審査くらいまでなら、コネで通してあげられるよ。今の話聞いて、それなりに覚悟はあるようだから、勧めてみてるんだけど、どう?写真は今日撮ったのを使えばいいから」

「JB」といえば、若い女性向けの芸能・ファッション誌だ。そこがやるコンテストなら信頼できそうだ。チラシの方を改めて見てみる。なるほど、大手芸能プロダクションが協賛しており、優勝者は映画出演、なんてことも書いてある。もし優勝できたら、大きな飛躍となるだろう。それに、コンテスト優勝という既成事実を作ってしまえば、両親も認めざるを得ないだろうという目算もあった。

「そうですね…やってみます」

「よし、決まり!えっと、じゃ、明後日また来れる?できた写真見て、どれ送るかとか決めましょう。コネとはいえ、写真はいいに越したことはないからね」

何だか急に未来が開けた気がした。人生はやはり自分で何かしら行動してみないと始まらないらしい。何となく動いてみたところに、思わぬ幸運が転がっているものなのかもしれない。と、ここまで考えて一つの疑問が浮かんだ。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「何?」

「コネで通してくれるって言いましたけど、その場合って、やっぱり誰かと…その、やらなきゃいけないんですか?」

そう聞くと、大貫さんは笑いながら

「大丈夫だって。もう、そこまでの心意気があるんなら、あなた十分芸能界でやっていけるわよ」

と言った。これって、褒められたのだろうか?


 二日後、学校が終わると、着替えてすぐに大貫さんのところへ向かった。夕方以降なら外出しやすいというのは、中二になった頃から、自分が帰宅時には、週の半分くらい母親が外出中だというものある。どこで何をしているのかはよくわからない。大方買い物したり、友達と会ったりしているのだろう。もしかしたら、父親と母親の教育観にも微妙な温度差があるのだろうか。父親のやり方に疑問を感じ、自分が外出しやすいように、わざと母親も出かけているというのは考え過ぎか。その日も母親は外出中だったので、難なく外出できた。

 大貫さんのところに行くと、既に写真が出来上がっていた。出来上がった写真を見ると、確かに同じ顔だが、ちょっと違和感があるようにも思えた。プロが撮ればこうも変わるものか。その中から、コンテストに送るもの一緒に選んだ。

「これなんかどうですかね?カッコよく撮れてますし」

「うーん、でも、ちょっと君らしくないのよね。コンテストとかに送るのは、カッコいいのよりも、個性的なのがいいのよ。ほら、これとか」

大貫さんが選んだのは、笑顔全開の写真だった。自分から見るとちょっと恥ずかしいくらいの笑顔だ。

「あとは逆にこっち。ちょっと斜に構えた感じが出てていいかなと思って」

こちらも自分から見ると、カッコつけすぎのような気もする。でも、言われてみると、確かに自分の内面を上手く出している写真かもしれない。そこで今回の写真の選択は大貫さんに任せることにした。ついでに、履歴書の書き方なども教えてもらった。

「今回は僕が二次審査までは後押しできるけど、そこから先は自分の力だし、もし今回がダメだったら、次は自分で応募できるようにしておかないとね」

自己PRはこう書けば好感を持たれやすいとか、そういった類の話をされた。また、二次審査での特技披露についても話し合った。大体歌かダンスになるだろうけど、自分の場合、朗読をやってみてはどうかと言われた。お気に入りの小説の中でも、特に思い入れのあるものを選んでの朗読なら、それほど準備もいらないだろうし、何よりほかの出場者との差別化もできそうだし、とのことだった。それに二次審査ではそれほど時間は取らないから、上の審査に進んだ時にも、同じ本から違う場面を使えばいいし、また一人芝居に応用することもできる。

「二次審査のあとは、三次審査。それから決戦大会となるの。一応二次審査までは通せるとはいえ、あまりにひどいモノをやられると、さすがにそれも難しくなるから、気は抜かないでね」

と釘を刺された。まあ、それはそうだろう。また、そのまま上の審査に進んだ時に、ひどいモノを披露するのは、自分の方が恥ずかしくなる。そうして今後の方針も何となく決まり、あとは書類を送るだけという段階になって、自分の決意もだいぶ固まってきた。自分は夢、というか目標に一歩近づいた、そんな気分で大貫さんのところを後にした。


 履歴書や写真を送って二十日ほど経って、学校から帰ると、家にハガキが届いていた。例の「ミスターJBコンテスト」の、一次審査書類選考の結果を知らせるハガキだった。結果は「合格」。あらかじめ分かっていたこととはいえ、それでもやはり嬉しいものだ。第一、母親より先に気付けてよかった。もし母親の方が先に見つけていたら、取り上げられていたかもしれない。合格通知を受け取ったことを早速大貫さんに報告すると、「二次審査はいつ?頑張ってね」とだけ返ってきた。二次審査は十日後、テレビ局のスタジオで行われるそうだ。

 次の日、テスト期間で部活が休みだった三辺と、久しぶりに一緒に帰った。帰ったといっても、方向は逆なので、散歩デートをしたという方が正しいかもしれない。歩きながらミスターJBコンテスト」書類審査合格通知のハガキを見せた。両親、特に父親にばれないように、ハガキは常に肌身離さず持ち歩いていた。

「ふーん、よかったね」

三辺はあまり喜んではいないようだった。もっと喜んでくれるかと思ったのだが。

「もし優勝とかしちゃったら、遠い人になっちゃうのかな」

そう三辺が聞くので、そんなことはない、と答えた。第一、優勝するかどうかなんてわからない、というより、優勝なんてしない可能性の方が断然高い。

「どうかな。俺はそういうの興味ないからわからないけど、ソッチ系には芸能界に入りたいって言う人は多いよね。でも、皆一癖ある人ばっかりだから…俺はトッシーにそんな風になって欲しくないな」

その言葉にちょっと引っかかった。喜んでくれないのも嫌だったが、芸能界志望者をそんな風に見ているのも何だか不愉快だった。そういえばうちの親も「芸能界なんてろくな人間がいない。普通の社会の方がいい」とか言ってたっけ。三辺ももしかして、うちの親と同類、「普通大好き」な奴なのだろうか。

「つまり、普通が一番だといいたいわけ?」

「いや、そういうわけじゃないけど。そもそも俺達、男同士で恋人って時点で普通じゃないし。でも、何か芸能界って怖そう」

「そんなもんかなあ」

これ以上の理解は難しいと思い、取り敢えずその場はお茶を濁した。自分と三辺の間にちょっとした距離を感じた日だった。奴は成績もいいし、おそらく二軍選手であろうけど、部活もまじめにやっている。学級委員の経験もある。いわば絵に描いたような優等生だ。ただ、異性に興味がなく、男が好きというだけのことだ。性癖を除けば、他は至って普通の中学生だ。かたや自分は、成績こそ三辺に負けないが、部活もやらず、学級委員どころか、クラスの何かの委員すら経験したことがない。しかも、本当に男が好きなのかどうかも分からない。悪い言い方をすれば、生活を楽しむために、ソッチ系を利用しているだけなんじゃないか、という気さえしてくる。やっぱり、自分と三辺が「付き合う」ということには無理があるんじゃないか―そんなことを考えていた。


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