表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

一九八×年 十四歳 3


週明けの月曜日。その日もこれといった出来事もなく、同級生と教師の低レベルなジョークのやりとりに、付き合い笑いもせず別のことを考えたり。一年の時は、こういう時はつまらなくても―いや、当時は意外と面白いと思って聞いていたのかもしれないが―一緒になって笑っていた。しかし、二年になってクラスメイトから距離を置くようになると、改めてそのジョークのレベルの低さに気が付き、「今まではこんなもので笑っていたのか」と、自分自身のレベルの低さにまた愕然とする。中学生ってめんどくせ―そんなことばかり考えていた。

 

昼休み、いつものように一人で弁当を開けようとすると、同じクラスの三辺啓一がニコニコしながら近づいてきた。三辺は一年の時同じ部活だった。自分のことを下に見なしていた部員が多い中で、彼はそうでもなかったような気がする。割と好感を持っていた奴だ。そういえば三辺も遊園地事件の時、来てなかった一人だった。とはいえ、教室では席が近けりゃ話もするが、わざわざ話しかけに行くような関係ではなかったはずだ。その三辺がなぜこんなに嬉しそうに?と怪訝に思っていると、

「ね、一緒に昼ごはんどう?いい場所があるから」

と言ってきた。いい場所って何さ、と聞き返すと、「いいから、いいから」と言って、自分の腕を引っ張り、そのまま教室から連れ出してしまった。

 連れて行かれたのは旧校舎の屋上だった。旧校舎は三階建てで、三年の教室と、理科室、美術室、倉庫がある。三階は三年の二クラスと、美術室、倉庫しかなく、屋上につながる階段は倉庫のすぐ横なので、普通は人の出入りが少ない。なので存在は知っていても、今まで一度も行ったことはない。それに、普段は閉鎖されているはずだ。少し周りを気にしつつ、三辺は屋上のドアを開けた。そして屋上に出ると、少し離れたところに男子生徒が六人、学年もクラスもバラバラの生徒が集まっていて、自分はますます訳がわからなくなった。

「やあ。他の子達に感付かれなかった?」

その中にいた、三年のバッジを付けた一人が言う。名札には「水口」とある。すると三辺は「OK」の仕草を指でした。メンバーを確かめると、三年が三人、二年が自分達を入れて三人、一年が二人いた。三年の内の、また別の一人、「佐伯」という名の生徒が自分に聞く。

「新しい仲間ってこの子?男前じゃん。カンちゃんもいいの見つけてきたね」

「カンちゃん…?それって、菅野悠太のこと?」

「そうだよ。あれ?何も聞いてないの?でも、わかるよね?」

その名前を聞いて、何となく状況が読めてきた。つまり、ここはそういう仲間の校内の集まりなのだ。てことは、三辺も?ちなみにもう一人の二年は、隣のクラスの川崎義明だ。確か彼は水泳部だったはずだ。浅黒い肌に、制服の上からでも何となく逆三角形の体型であることは分かる。顔は、ハンサムではないが、素朴な感じで、田舎の好青年風だ。その彼が自分に話しかけてきた。

「武山俊哉君…だっけ?僕は川崎義明。ヨシでいいよ。君のことは何となく気づいてたんだよね」

いや、気づいてたって、違うし。そして三年の残りの一人、「原田」という名前の生徒が言う。

「ここにいるのは皆仲間だから。全然隠さなくっていいからね」

何だか完全に「仲間」にされてしまったことに戸惑いを覚えながらも、興味、というか好奇心には抗えず、つい笑顔で

「えー、何か嬉しいなー」

と言ってしまった。一年の二人もニコニコしている。名札には「安西」「福島」とあった。二人ともなかなか可愛い顔をしているのは事実だった。スポーツマンというよりは、アイドル系の細身の美少年タイプだ。さぞかし女の子にももてるだろう、と聞いたら、「えー、でも女の子嫌いだしぃ」とちょっとくねくねしている。その仕草もまた、何だか可愛い感じがした。自分もやっぱり案外そういう素質があるのかもしれない。ちなみにバスケ部で、部活の時はこんなにくねくねしていなくて、男らしくしているらしい。なので、ストレスがたまり、息抜きにここに来るのを楽しみにしている。三年の三人も、ルックスは結構いい。水口さんと佐伯さんはスポーツマン系で、水口さんは運動部には所属していないが、中学生のラグビーチームに参加していて、筋肉質のガタイがいいタイプだ。佐伯さんも部活には入らず、高校生の兄と一緒にテニスチームに入っているという。こちらはスリムな筋肉質という感じで、身長も高く、まるでモデルみたいであった。ラグビー部もテニス部も、確かにうちの中学にはない。だから、無理に部活に入らず、外でやりたいことをやっているのか、と思うと、学校に頼らない姿勢が、ちょっとカッコよく見えた。原田さんは、やさしそうな文化系の人だ。眼鏡をかけているが、がり勉という感じではなく、頭のよさそうな、かつ育ちのよさそうなお坊ちゃま風とでもいおうか。彼は吹奏楽部で、トランペットを吹いていると言っていた。佐伯さんが自分に聞く。

 「好きな人とか、彼氏とかいないの?」

いるわけないだろう、とはもちろん言えないので、

「今のところは妄想だけです。それより皆は?」

と逆に聞き返した。すると水口さんがいろいろ教えてくれた。まず、水口さんには同じラグビーチームに同学年の彼氏がいる。そして佐伯さんと原田さんが実はカップルだということだ。川崎は一年の時は三年の先輩と付き合っていたらしいが、先輩が男子高に進学してすぐに新しい彼氏ができて別れてしまい、今はフリーとのこと。三辺はあるクラスメイトに片思い中だそうで、その相手が誰なのか非常に気になったが、そこは軽く流した。一年の二人は、それぞれ同じバスケ部の、別々の先輩に恋しているそうだ。でも、その先輩は二人とも彼女がいるらしく、「永遠の片思いね」なんてぼやいていた。あと、最後に水口さんから、「ここでは先輩相手でも別に敬語じゃなくていいよ。その方が話しやすいっていうならいいけど」と言われた。そう言われても、初対面の年上の相手にはどうしても敬語になってしまう。よって、慣れるまでは敬語で話をすることにした。

それから、自分はさっきからずっと気になっていたことを、勇気を出して聞いてみた。

「あ、そういえば、このグループ、もし、ですよ、抜けたくなったらそれはいいんですか?」

「それは大丈夫。ここにいる子達も毎回来るわけじゃないし、普段来てる子で今日は来てないって子もいるし。カンちゃんとかね。やっぱり部活とか色々あって来なくなっちゃう子はいるよ」

佐伯さんの言葉を聞いて一応胸をなでおろす。何せ自分は本当は違うのだから、急に抜けたくなったとして、抜けられなかったら困るのだ。ただ、原田さんが一言付け加えた。

「でも、仲間以外には絶対言わないこと。特に同じ学校や、近くの塾の奴らにはね。もし公表したのがばれたら怖いわよ!」

なぜ最後だけオネエ言葉なのかはよくわからないが、とにかく、何か報復があるのだろうということはよく分かった。

非常に新鮮な出会いではあったが、ここでまた疑問がわいた。普段閉鎖されている屋上にどうして皆は入れたのだろう?疑問を投げかけると、

「それはもうすぐわかるよ」

と原田さんが答えた。何だろう?と思って、またしばらく談笑を続けていると、突然屋上のドアが開いた。自分は一瞬ドキッとした。誰が来たのだろうと思って振り返ると、そこには厳しくて有名な、生活指導担当教師の宮川和樹がいた。これは一巻の終わり、と思ったその瞬間、

「おい、昼休み終了五分前だぞ。教室に戻れ」

と別に怒る様子もなく、普通に言ってきた。その後すぐに自分の方に寄ってきて、

「お、今日は新入りがいるのか」

といいながら、いきなり肩に手を掛けてきた。自分は思わず

「え…もしかして先生も…」

と口を突いて出た。

「ははは、そう。こいつら前は汚い体育倉庫に集まっててな。最初はタバコでもやってんのかと思って持ち物検査したら、『アデュー』の名刺が出てきてさ。それで聞いたら仲間だってことが分かったんだよ。で、そんな汚いところじゃ何だからってことで、俺が巡回当番の日だけ旧校舎の屋上を開放してやってんの。ここなら人の出入りも少ないし、ばれることもないだろうと思って。まあ、ばれたら俺もやばいけどな。はは」

なるほど、そうだったのか。ちなみに「アデュー」というのは、叔父さん達に連れられて行って、カンちゃんに出くわしたあの喫茶店の名前だ。宮川といえば、「鬼の生活指導教師」の異名をとる、強面迫力の教師だが、今の声も表情も、普段のそれとはまるで違う。ただのさわやかな兄貴という感じだ。聞くところによると、屋上を開放するようになったのは今年に入ってからで、屋上もずっと閉鎖されていたので汚かったが、宮川が弁当が食べられるくらいまで、きれいに掃除したという。宮川が巡回当番の日、その日の担当の三年の一人にこっそり鍵―一応ばれないように合鍵の方―を渡しているそうだ。そして昼休み終了五分前にこうして迎えに来る、という手筈になっている。なお、屋上には屋根のあるスペースもあるので、よほどの大雨でない限り、雨でも集まることになっている。

「じゃ、次は木曜だ。次の担当は?」

「はい、俺です」

と原田さんが答えた。

「よし、じゃ、鍵だ。絶対なくすなよ」

「わかりました」

「さ、早く戻れ。ばれないように気をつけろよ」

と言われ、辺りを気にしながら屋上を離れ、教室に戻って行った。今までに一度あるかないかくらい、胸が高鳴った昼休みであった。モノクロだった自分の学校生活が、いきなり十二色のクレヨンを使ったような感じになった。そう、自分は「秘密クラブ」の会員になったのだ。もう「普通の中学生」ではなくなりつつある。そう思うと、同じ学年の連中との関係なんて、バカバカしいものに思えてきた。


 「へえ、そんな場所があるんだ」

その日の夕方、叔父さんの家に寄ったら、孝弘さんが来ていたので、起こったことをそのまま話した。彼は仲間だし、うちの学校とも関係ないからいいっしょ。

「で、どうだった?」孝弘さんは興味津々だ。

「どうって…普通に雑談しただけだけど…」

「裸にされたとか、エッチなことはなかったんだ」

「あるわけないよ。仮にも校内だよ」

「キスくらいは?」

「それもない。だって、彼氏とか好きな人がいるってのがほとんどだし」

「ほとんど、ってことはそうでないのもいるんだ」

あまりに興味津々で孝弘さんが聞くので、叔父さんが

「もうよさないか。トシもそんな集まりに顔を出し過ぎるのもどうかと思うぞ。本当に仲間ならいざしらず…」

「いいじゃん。これからなるかもしれないし」

「おい、トシ。身を引くなら早い方がいいぞ。もしいざ何か起こった時に『違う』ってばれたら、ただじゃ済まなくなるからな」

「分かってるよ。長居はしない。適当なところで抜けるよ。その辺の縛りはきつくないみたいだから」

「えー、でも一回くらいやっちゃえば?せめてキスだけでも…」

「こら!いい加減にしろ!」

「ノブくん、何もそんな怒鳴らなくても…」

確かに叔父さんの言う通りだ。いずれはっきりさせなければいけないだろう。しかしこの、「秘密クラブ」に入ったような気持ち、「自分は特別な人間なんだ」っていう快感、そして何より「普通の中学生」から脱却できそうな何かがあるのもまた事実だ。毒を食らわば皿までという覚悟はしてもいいかもしれないと思った。

 

 結局、その次も、またその次も会に参加し、気が付くと二か月あまり経過して、夏休みに差し掛かろうとしていた。制服も冬服から夏物の半袖になり、みんなの体つきもはっきり分かるようになってきた。時には上半身裸になって日焼けすることもあった。その時の皆の目は、確かにちょっといやらしい。舐めるように見るという表現があるが、まさにそれだった。自分は週四でのトレーニングセンター通いは続けており、この頃にはかなりいい体つきになっていたので、皆に「筋肉触らせて」と言われて、いいよいいよどうぞどうぞと得意になって触らせていた。違うことがばれないように、ついでに他のメンバーのも触らせてもらっていた。裸のまま軽くハグすることもあったが、まんざらでもなかった。もしかしたら自分も本当に仲間になるのだろうか、と思いながら。

 

最初に佐伯さんが言っていたように、メンバーは多少の入れ替わりはあった。二年にはもう一人、服部という美術部員がいた。その服部にも「今度ぜひヌードデッサン書かせて」と言われて、これまたいいよいいよと快諾してしまい、その後実際にモデルになった。全裸ではなく、水着は着けていたし、ギャラもなかったが。初回には来なかったカンちゃんも、その後はよく来ていた。そもそも自分の存在を彼らに知らせたのはカンちゃんなのだ。カンちゃんの幼馴染で、自分と同じクラスだった三辺に「アデュー」で自分に会ったことを話し、「それなら僕が」ってことで三辺が自分をここに招待したということらしい。その他、三年にも一年にもあと二人くらいずついて、のべ人数は十五人くらいになるのだろうか。


彼らと過ごす時間は楽しかった。「秘密クラブ」と自分が勝手に呼んでいたように、それに参加するということは、何かちょっといけないことをする感じが気分を盛り上げていた部分はある。話の大半は、皆の恋話、体験談であったが。どっかの男子トイレで変なおっさんに襲われそうになったので、1万円もらって自分のモノをさわらせたとか、タイプのクラスメイトを家に呼んで、普通のエロビデオを見せて、モノが勃ったところでくわえたとか、中学生なのにスゲー、という話も多かった。しかしそれだけでなく、ファッション、芸能、スポーツなどから、時には文学や芸術まで多岐に渡っている。教室の同級生の会話とは違うなという感じがした。例えば、芸能の話にしても、誰が可愛いとか、この曲がいいとかにとどまらず、「このアイドルはこう売ればいいのに」とか、「この曲の意味は実は…」みたいな話で、自分がいつも独りで考えていたようなことをそのまま話に出してくるような感じだった。また、ファッションといえば、水口さんが、「僕らは露骨な校則違反はしないんだよね」と言いながら、ベルトを外し始めたので、何をするのかと思ったら、ズボンをちょっと下げて、「ほら、これ」といって履いていた下着を見せた。確かファッション誌で見た、海外の人気ブランドのもので、黒のビキニブリーフだった。雑誌では何度も見たが、実際に履いているのを見たのはこれが初めてだった。校則では「下着は白のブリーフ」しか認められていないので、これは校則違反である。しかし、水口さん曰く、

「いくらなんでもパンツまでは調べないよ。その場で脱がすわけにもいかないし」

とのこと。まあ、確かにそうだろう。佐伯さんが続ける

「それに僕らは普段真面目にしてるからね。先生も疑わないんだよ。中途半端な不良もどきの、超ダサい違反制服はすぐに見つかるけどさ」

表面は規定通りの制服で、見えない所で違反するなんて、「おしゃれな不良」って感じで、そうした粋な感じも自分の気持ちを刺激した。「この集まり、たとえソッチ系じゃない奴が来ても、結構勉強になるんじゃないか…」そんなことを思わずにはいられなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ