26歳の継母は、19歳の義息子に「再婚などさせるものか」と言われました―九歳だった義息子は近衛騎士になり、袋一杯のチョコチップスコーンを持って毎週私に会いに来ます
「コナー様が亡くなってもう六年……ルアンも立派に育った。
――ディー、貴女はまだ若いわ。次の人生を歩むべきよ。」
久々に訪れた実家の居間で、母―ウォルシュ伯爵夫人は私を真っすぐに見た。
「オニール伯爵も数年前に奥様を亡くされて、寂しく過ごされていたの。
先日の夜会で貴女を見初めて……貴女なら、これからの人生を共に歩めると……」
「お母様。」
私はなんとか口を挟んだ。
今日はずっとこの話なのだ。
「私は、オニール様とは話したこともほとんどありませんし……お断り……」
「ディー。」
母は私を遮った。
「今決めて欲しいわけじゃないの。一度持ち帰って考えてちょうだい。
お願いだから。
――貴女の幸せのためだから。」
***
白樺の森に、夏の夕暮れの風が涼やかに吹き抜ける。
家に帰り着いて、馬車から降りようとすると、
軽やかな馬の足音が聞こえてくる。
「ディー!」
顔を上げると、ルアン――一年前に近衛隊に入隊した十九歳の継子が、馬から飛び降り、
私に手を差し伸べる。
「まあ、今日は来られないと手紙をくれていたけど……」
ルアンの手を支えに馬車から降りると、ルアンは私の手をキュッと握った。
「先週も来られなかった……貴女には週に一回しか会えないから、僕はどうしても……」
「まあ!お仕事は大丈夫なの?早く戻らなければ……」
思わず声を上げる私を、手を握ったままじっと見つめるルアン。
その真剣なマゼンダカラーの瞳に晒されて、私の胸は急に熱くなる。
私は急いで言った。
「そうね、ルーのことだから、お仕事は大丈夫ね。
さあ、中に入って。貴方の好きな牛肉のゼリー寄せがあるわ。」
ルアンは屋敷の玄関をくぐりながら笑った。
「ウォルシュ家に行ってきたんですね?
いつもおばあさまは、牛肉のゼリー寄せを持たせてくれる。」
「そうよ。貴方はいないのに、こんなにたくさん……」
「僕はここにいる。」
ルーの声が低く落ちる。
私は気付かないふりをして、メイドが持ってきた皿にゼリー寄せを並べる。
「さあ、たくさん食べてね。」
メイドが出て行くと、ルーは食べ始めた。
十年前、私がルーの父親コナー侯爵に後妻として嫁いだばかりのころ、
まだ九歳だったルーが、ゼリー寄せをうまく食べられなくて、
私が口に運んであげたりしていた。
それからコナー様が亡くなるころまで、ゼリー寄せが食卓に出ると、
食べさせてほしいと可愛くおねだりしていた。
あの子がこんなにも立派に、爽やかに、誠実に育って……
ぼんやりとルーを見ていると、私の視線に気づいたように、ルーが目を上げた。
「どうしましたか?ディー。」
「ああ、ごめんなさい。」
私は慌ててフォークを取り上げた。
「おじい様にはお会いになったんですか?」
「残念ながら、急用で会えなかったの。」
「そうですか。おばあ様はお元気でしたか?」
「ええ、とても元気よ。ありがとう。」
「それで、オニール様との結婚話が出たんですね?」
「ええ、そうなの。オニール様と……え!?」
私は思わずフォークを取り落とした。
「はい、オニール様との結婚話を、おばあ様から勧められましたね?」
「どうしてそれを……」
「先日、国王主催の夜会でお会いしたときにおばあ様から言われたんです。
『ルーからも、ディーにお受けするように説得して』と。」
白樺の木立も夕闇に沈み始めている。
ルーのマゼンダカラーの瞳は私を刺すように見つめている。
「僕は説得しない。
ディー……僕は、説得しませんよ。」
部屋が暗くなっていることが幸いだ――私の頬に血が上っているから。
「貴女は、この話を受けるんですか?この結婚の話を……」
「それは……」
私は言い淀んだ。
オニール様との結婚話を受ける気はないと、はっきりとルアンに告げることが、
私たち二人にとって良いことなのか、良くないことなのか、
とっさに判断できなかったのだ。
その瞬間、ルーが私の手を握りしめた。
「再婚などさせるものか。」
私は目を見開いて、ルーを見る。
「僕は、貴女に想いを告げてからこの一年、
一週間に一度、マクリル家から離れた貴女に会いに来ている。
いつも短い時間しか会えないけど……
――継母だった貴女との関係を新しくできる可能性を信じて……」
ルアンは、私の手を握ったままうつむいた。
「それでも、駄目なんですか?やっぱり……
貴女の目に僕は……映らないんですか?」
「何を言っているの?ルー!」
私は思わず手を振りほどいて立ち上がった。
「そうやって決めつけるのはよくありませんよ!」
「え?じゃあ、もう断っているのですか……?」
ポカンとしたルアンに近寄ると、私はゼリー寄せをフォークに取り、
ルアンの口に運ぶ。
ルアンは反射的に口を開け、私の手からゼリー寄せを食べる。
が、なんとか飲み込むと、ルアンは声を上げる。
「はっきり答えてください!オニール伯との結婚話を……ム……」
私はまたゼリー寄せをルーの口に運ぶ。
「おいしい?ルー?」
「こ、こうやって、子ども扱いして!
貴女がこんなだから、決めつけざるを得ないんだ!
貴女の目に、僕が映っていないと……!」
さらにゼリー寄せを食べさせようとした私の手を、ルーは強くつかむ。
ゼリー寄せを乗せたフォークが、固い音を立てて皿に落ちる。
ルーは爛々と輝く瞳で私を凝視している。
――もともとは継母だった私を。
――二十六歳になる未亡人の私を。
――五十歳を超えた、妻を亡くした辺境伯との結婚が良縁だと言われる私を。
「――はっきり答えてください。」
部屋に入る外の光は微かで、燭台の光が若々しいルーの頬を照らし出している。
(貴方に私は見合わないわ。)
そう言えば、若いルーは、一層この恋に燃えるだろう。
でも、「困難さ」だけが燃料になる恋が、ルーにとって何の意味になるだろう。
「ディー!」
ルーの真っすぐな呼びかけにハッとして、言葉が滑り落ちる。
「お断りしようとしたの。でも、持ち帰って検討してと言われているの。
私の幸せのためだからって……」
「幸せ!?」
ルアンは椅子から飛び上がるように立ち上がった。
私の手を握るルアンの手はじっとりと汗ばんでいる。
「ディー、貴女の幸せは……なんですか?」
尋ねるルアンの目が潤んだように瞬いている。
私はルアンの問いに晒されて、心が崖っぷちに立たされたように感じた。
(今の私の……幸せ?)
「僕と会うことを終わらせて、オニール伯と再婚することが貴女の幸せなら……
僕はそれを……」
ルアンは私の手を離し、目を逸らしてうつむいた。
「僕は、それを受け入れて……」
私は、離された手を固く握りしめた。
と、その瞬間、ルアンがもがくように私を抱き締め、耳元で狂おしそうに囁く。
「ディー……ディー……!
受け入れられない!オニール伯との再婚が……貴女の幸せだなんて……」
私の目の前がじわじわと明るくなってくる。
暗い道に灯がともされたよう。
私はルアンの腕の中でホッと息をついた。
「本当にそうだわ。オニール伯との再婚が私の幸せだなんて、私も受け入れられないわ。
――嫌よ。再婚だなんて。」
ルアンはパッと私を見る。
「じゃあ、ディーは、僕と……」
「まあ、ルー、オニール伯との再婚が嫌だと言っただけだわ。
近衛隊でも気を付けてね。相手の話はよく聞かないと……」
「ハイハイ、分かっております。」
「まあ、反抗的な言い方ね、ルー!ゼリー寄せをあげません……」
そこまで言ったとき、私の右頬に、ルアンの熱い唇が押し付けられた。
私は全ての言葉を失う。
ルアンは唇を離すと、耳元で囁く。
「ディーこそ、ちゃんと話を聞かないと……
僕と一緒にいることがディーの幸せだって、
ディーに思ってもらえるように全力を尽くすって、言おうとしたんだ。」
胸が高鳴り、この胸の鼓動だけで、ルアンに私の気持ちが伝わってしまいそう。
ルアンの目を見上げようとすると、
今度は私の左頬に、ルアンの唇が押し当てられる。
(ルー……)
思わずその名を呼びそうになったとき、ルアンが可笑しそうに囁いた。
「ほっぺたが火傷しそうに熱いよ、ディー?」
「まあ!」
私は猛然と身体を離した。
「そんなことを言うんだったら、オニール伯と再婚するわ!」
「エッ!そんなに怒らないで!」
泡を食ったようにルアンは私を覗き込む。
私はプリプリして顔を背ける。
「ああ、チョコチップスコーンを持ってきたんです。
ほら、ディーの好きな……」
慌てたように私にチョコチップスコーンの包みを渡す。
本当は……ああ、本当は……
(怒っているんじゃないの……ごめんなさい、ルー。)
私は燭台の火を明るくすると、チョコチップスコーンを口に入れた。
「とてもおいしいわ。」
微笑む私に、ホッとした表情のルアン。私は続けた。
「また食べたいわ……次に会うときも持って来てね?」
ルアンの表情が満月の光を受けたように輝いた。
「持って来ます。次に会うときも、その次も、その次も、その次のときも!」
「まあ、そんな先の……」
私は言い掛けたが、燭台の光に淡く照らされたコナー様の肖像画が目に入り、
言葉を飲み込んだ。
――もう一歩、
もう一歩、向き合わないと。
ルアンとも……自分とも。
「ええ、次も、その次も、その次も……楽しみにしているわ。」
そして、ルアンを真っすぐ見て言った。
「私は、再婚のお話をお断りするわ。」
ルアンは頷いたかと思うと、急に私に飛びついて、身体ごと抱き上げた。
「アッハッハッハ!やった!」
そして、私を抱き上げたままグルグルと回る。
「危ないですよ!転びますよ!ルー!」
「転びません!天下の近衛隊ですよ、僕は!アッハッハッハ!」
若々しい身体、若々しい笑い声、美しい瞳……
(貴方に私は見合わないわ。)
そう思いながら、私は目が回った体を装って、ルアンの身体にしがみついた。
***
夏が終わり、秋が訪れ、冬が来る……
「ディー!来ましたよ!
チョコチップスコーンを袋一杯詰めて来ましたよ!」
今週もまた、白樺の林に軽やかな馬の足音が聞こえる……
――
――
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白髪高官×赤髪悪魔のファンタジーBL
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