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継母ディアドラと義息子ルアン

26歳の継母は、19歳の義息子に「再婚などさせるものか」と言われました―九歳だった義息子は近衛騎士になり、袋一杯のチョコチップスコーンを持って毎週私に会いに来ます

掲載日:2026/09/10

「コナー様が亡くなってもう六年……ルアンも立派に育った。  

――ディー、貴女はまだ若いわ。次の人生を歩むべきよ。」


久々に訪れた実家の居間で、母―ウォルシュ伯爵夫人は私を真っすぐに見た。


「オニール伯爵も数年前に奥様を亡くされて、寂しく過ごされていたの。

先日の夜会で貴女を見初めて……貴女なら、これからの人生を共に歩めると……」


「お母様。」


私はなんとか口を挟んだ。

今日はずっとこの話なのだ。


「私は、オニール様とは話したこともほとんどありませんし……お断り……」


「ディー。」


母は私を遮った。  


「今決めて欲しいわけじゃないの。一度持ち帰って考えてちょうだい。

お願いだから。

――貴女の幸せのためだから。」


***

白樺の森に、夏の夕暮れの風が涼やかに吹き抜ける。


家に帰り着いて、馬車から降りようとすると、

軽やかな馬の足音が聞こえてくる。


「ディー!」


顔を上げると、ルアン――一年前に近衛隊に入隊した十九歳の継子が、馬から飛び降り、

私に手を差し伸べる。


「まあ、今日は来られないと手紙をくれていたけど……」


ルアンの手を支えに馬車から降りると、ルアンは私の手をキュッと握った。


「先週も来られなかった……貴女には週に一回しか会えないから、僕はどうしても……」


「まあ!お仕事は大丈夫なの?早く戻らなければ……」


思わず声を上げる私を、手を握ったままじっと見つめるルアン。

その真剣なマゼンダカラーの瞳に晒されて、私の胸は急に熱くなる。

私は急いで言った。


「そうね、ルーのことだから、お仕事は大丈夫ね。

さあ、中に入って。貴方の好きな牛肉のゼリー寄せがあるわ。」


ルアンは屋敷の玄関をくぐりながら笑った。


「ウォルシュ家に行ってきたんですね?

いつもおばあさまは、牛肉のゼリー寄せを持たせてくれる。」


「そうよ。貴方はいないのに、こんなにたくさん……」


「僕はここにいる。」


ルーの声が低く落ちる。

私は気付かないふりをして、メイドが持ってきた皿にゼリー寄せを並べる。


「さあ、たくさん食べてね。」


メイドが出て行くと、ルーは食べ始めた。


十年前、私がルーの父親コナー侯爵に後妻として嫁いだばかりのころ、

まだ九歳だったルーが、ゼリー寄せをうまく食べられなくて、

私が口に運んであげたりしていた。

それからコナー様が亡くなるころまで、ゼリー寄せが食卓に出ると、

食べさせてほしいと可愛くおねだりしていた。

あの子がこんなにも立派に、爽やかに、誠実に育って……


ぼんやりとルーを見ていると、私の視線に気づいたように、ルーが目を上げた。


「どうしましたか?ディー。」


「ああ、ごめんなさい。」


私は慌ててフォークを取り上げた。


「おじい様にはお会いになったんですか?」


「残念ながら、急用で会えなかったの。」


「そうですか。おばあ様はお元気でしたか?」


「ええ、とても元気よ。ありがとう。」


「それで、オニール様との結婚話が出たんですね?」


「ええ、そうなの。オニール様と……え!?」


私は思わずフォークを取り落とした。


「はい、オニール様との結婚話を、おばあ様から勧められましたね?」


「どうしてそれを……」


「先日、国王主催の夜会でお会いしたときにおばあ様から言われたんです。

『ルーからも、ディーにお受けするように説得して』と。」


白樺の木立も夕闇に沈み始めている。

ルーのマゼンダカラーの瞳は私を刺すように見つめている。


「僕は説得しない。

ディー……僕は、説得しませんよ。」


部屋が暗くなっていることが幸いだ――私の頬に血が上っているから。


「貴女は、この話を受けるんですか?この結婚の話を……」


「それは……」


私は言い淀んだ。


オニール様との結婚話を受ける気はないと、はっきりとルアンに告げることが、

私たち二人にとって良いことなのか、良くないことなのか、

とっさに判断できなかったのだ。


その瞬間、ルーが私の手を握りしめた。


「再婚などさせるものか。」


私は目を見開いて、ルーを見る。


「僕は、貴女に想いを告げてからこの一年、

一週間に一度、マクリル家から離れた貴女に会いに来ている。

いつも短い時間しか会えないけど……

――継母だった貴女との関係を新しくできる可能性を信じて……」


ルアンは、私の手を握ったままうつむいた。


「それでも、駄目なんですか?やっぱり……

貴女の目に僕は……映らないんですか?」


「何を言っているの?ルー!」


私は思わず手を振りほどいて立ち上がった。


「そうやって決めつけるのはよくありませんよ!」


「え?じゃあ、もう断っているのですか……?」


ポカンとしたルアンに近寄ると、私はゼリー寄せをフォークに取り、

ルアンの口に運ぶ。

ルアンは反射的に口を開け、私の手からゼリー寄せを食べる。


が、なんとか飲み込むと、ルアンは声を上げる。


「はっきり答えてください!オニール伯との結婚話を……ム……」


私はまたゼリー寄せをルーの口に運ぶ。


「おいしい?ルー?」


「こ、こうやって、子ども扱いして!

貴女がこんなだから、決めつけざるを得ないんだ!

貴女の目に、僕が映っていないと……!」


さらにゼリー寄せを食べさせようとした私の手を、ルーは強くつかむ。

ゼリー寄せを乗せたフォークが、固い音を立てて皿に落ちる。

ルーは爛々と輝く瞳で私を凝視している。


――もともとは継母だった私を。

――二十六歳になる未亡人の私を。

――五十歳を超えた、妻を亡くした辺境伯との結婚が良縁だと言われる私を。


「――はっきり答えてください。」


部屋に入る外の光は微かで、燭台の光が若々しいルーの頬を照らし出している。


(貴方に私は見合わないわ。)


そう言えば、若いルーは、一層この恋に燃えるだろう。

でも、「困難さ」だけが燃料になる恋が、ルーにとって何の意味になるだろう。


「ディー!」


ルーの真っすぐな呼びかけにハッとして、言葉が滑り落ちる。


「お断りしようとしたの。でも、持ち帰って検討してと言われているの。

私の幸せのためだからって……」


「幸せ!?」


ルアンは椅子から飛び上がるように立ち上がった。

私の手を握るルアンの手はじっとりと汗ばんでいる。


「ディー、貴女の幸せは……なんですか?」


尋ねるルアンの目が潤んだように瞬いている。

私はルアンの問いに晒されて、心が崖っぷちに立たされたように感じた。


(今の私の……幸せ?)


「僕と会うことを終わらせて、オニール伯と再婚することが貴女の幸せなら……

僕はそれを……」


ルアンは私の手を離し、目を逸らしてうつむいた。


「僕は、それを受け入れて……」


私は、離された手を固く握りしめた。


と、その瞬間、ルアンがもがくように私を抱き締め、耳元で狂おしそうに囁く。


「ディー……ディー……!

受け入れられない!オニール伯との再婚が……貴女の幸せだなんて……」


私の目の前がじわじわと明るくなってくる。

暗い道に灯がともされたよう。


私はルアンの腕の中でホッと息をついた。


「本当にそうだわ。オニール伯との再婚が私の幸せだなんて、私も受け入れられないわ。

――嫌よ。再婚だなんて。」


ルアンはパッと私を見る。


「じゃあ、ディーは、僕と……」


「まあ、ルー、オニール伯との再婚が嫌だと言っただけだわ。

近衛隊でも気を付けてね。相手の話はよく聞かないと……」


「ハイハイ、分かっております。」


「まあ、反抗的な言い方ね、ルー!ゼリー寄せをあげません……」


そこまで言ったとき、私の右頬に、ルアンの熱い唇が押し付けられた。

私は全ての言葉を失う。


ルアンは唇を離すと、耳元で囁く。


「ディーこそ、ちゃんと話を聞かないと……

僕と一緒にいることがディーの幸せだって、

ディーに思ってもらえるように全力を尽くすって、言おうとしたんだ。」


胸が高鳴り、この胸の鼓動だけで、ルアンに私の気持ちが伝わってしまいそう。

ルアンの目を見上げようとすると、

今度は私の左頬に、ルアンの唇が押し当てられる。


(ルー……)


思わずその名を呼びそうになったとき、ルアンが可笑しそうに囁いた。


「ほっぺたが火傷しそうに熱いよ、ディー?」


「まあ!」


私は猛然と身体を離した。


「そんなことを言うんだったら、オニール伯と再婚するわ!」


「エッ!そんなに怒らないで!」


泡を食ったようにルアンは私を覗き込む。

私はプリプリして顔を背ける。


「ああ、チョコチップスコーンを持ってきたんです。

ほら、ディーの好きな……」


慌てたように私にチョコチップスコーンの包みを渡す。

本当は……ああ、本当は……


(怒っているんじゃないの……ごめんなさい、ルー。)


私は燭台の火を明るくすると、チョコチップスコーンを口に入れた。


「とてもおいしいわ。」


微笑む私に、ホッとした表情のルアン。私は続けた。


「また食べたいわ……次に会うときも持って来てね?」


ルアンの表情が満月の光を受けたように輝いた。


「持って来ます。次に会うときも、その次も、その次も、その次のときも!」


「まあ、そんな先の……」


私は言い掛けたが、燭台の光に淡く照らされたコナー様の肖像画が目に入り、

言葉を飲み込んだ。


――もう一歩、

もう一歩、向き合わないと。

ルアンとも……自分とも。


「ええ、次も、その次も、その次も……楽しみにしているわ。」


そして、ルアンを真っすぐ見て言った。


「私は、再婚のお話をお断りするわ。」


ルアンは頷いたかと思うと、急に私に飛びついて、身体ごと抱き上げた。


「アッハッハッハ!やった!」


そして、私を抱き上げたままグルグルと回る。


「危ないですよ!転びますよ!ルー!」


「転びません!天下の近衛隊ですよ、僕は!アッハッハッハ!」


若々しい身体、若々しい笑い声、美しい瞳……


(貴方に私は見合わないわ。)


そう思いながら、私は目が回った体を装って、ルアンの身体にしがみついた。


***

夏が終わり、秋が訪れ、冬が来る……


「ディー!来ましたよ!


チョコチップスコーンを袋一杯詰めて来ましたよ!」


今週もまた、白樺の林に軽やかな馬の足音が聞こえる……


――


――




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