遊撃手の背番号
「どうして背番号7なの?」
シンガポール行きの機内で、隣の席の彼女がふいに訊ねた。
彼女が身を乗り出して質問した瞬間、肩が僕の肩にかすかに触れた。
その小さな接触が、離陸前の静けさの中で妙に鮮明だった。
郵政民営化が始まり、スクエアとエニックスが合併し、さいたま市が誕生した年。
SARSの影響で海外出張は慎重になり、機内は空席が目立っていた。それでも、
僕たちが向かうシンガポールの案件は、会社にとって重要なプロジェクトだった。
彼女は中途採用でサービス部門、僕は法務部門。
担当は違うのに、なぜか二人で組むと仕事が驚くほどうまく進む。
年齢が同じというだけではなく、仕事の進め方、判断のタイミング、
相手への配慮まで波長が合う。
「二人で組むと安心する」と言われることが増え、
気づけば社内では僕たち二人がセットで扱われるようになっていた。
野球で言えば、二塁手と遊撃手のキーストーン・コンビ。
どちらかが少し乱れても、もう片方が自然に補う。そんな関係だった。
彼女は僕の草野球の試合を見に来たことがある。
休日の早朝、眠そうな顔でグラウンドに現れ、
「応援してるんだから、ちゃんと活躍してよ」と笑っていた。
ショートを守る僕の背番号が7なのを見て、ずっと気になっていたらしい。
「足の速いスイッチヒッターで背番号7って、松井稼頭央?」
彼女は冗談めかして言った。
「ううん」僕は首を振った。
「高校生の頃から、背番号は7って決めてたんだ」
「誰の影響? ライオンズの石毛とか?」
僕が西武ファンだと知っているので、そう言ったのだろう。
「実は高校の頃、野茂投手がメジャーに行くよりずっと前から、
僕はメジャー・リーグにハマってたんだ」
彼女は少し驚いたように目を丸くした。
昭和最後の年、日米野球で来日したメジャー・リーガーたちに衝撃を受けた。
特に、南海の佐々木誠が
“ドクター・ゼロ”ことオーレル・ハーシハイザーから放ったホームラン。
あれが僕の人生を大きく変えた。
「そんな昔から?」
「うん。あのホームランを見て、世界が一気に広がった気がしたんだよ」
機内の窓から差し込む光が、彼女の横顔を柔らかく照らしていた。
彼女は興味深そうに僕の話を聞いていたが、その表情には、
どこか「もっと知りたい」という気配があった。
「僕は知りたかったんだ。
日本の野球とは違う世界があるって知って、夢中になった」
機内はゆっくりと高度を上げていく。
エンジン音が一定のリズムを刻み、僕たちの会話だけが、
静かな空間に浮かんでいた。
離陸の揺れで、彼女の手が僕の手に触れた。彼女は驚いて引っ込めようとしたが、
僕が軽く指を添えると、そのままそっと重ねてきた。




