騎士様オールハット!町の大人気騎士様と私の攻防あれやこれや
「あの家の玄関扉を蹴破る必要は、全くありませんでしたね。だって開いていたんですよ」
私は目の前でヘラヘラしている見目麗しい騎士様を、精一杯背を伸ばして睨みつけていた。
「あの家の持ち主は、家で休憩していたら突然、見知らぬ犯人が逃げ込んで来て仰天して腰を抜かしているところへ、その犯人を捕縛に来た騎士に扉を壊されたんです。犯人が扉を開けたままにしていたのに、わざわざ蹴破って。悪夢のようだとは思いませんか?」
「でもあの家の若い娘さんは、犯人を取り押さえた俺を見てほっぺを赤くして、ダニエル様ステキぃ!って叫んでたんだぞ」
この男はダニエルといって、首都を警備する騎士だ。確かに見目は麗しく老いから若きまで女性に人気があるのだが、どうにも派手好きで、必要もないのに目立ちたがり、必要もないのに往来で立ち回りを演じたり、必要もないのに扉を蹴破ったりする。必要ないところを強調しておく。それで修理費を必要経費として申請されるのは、今月に入ってこれで三度目だ。だが。
「修理費?もちろん自腹で弁償です、当たり前でしょう?経費で落ちると思っていたんですか?」
「なんで俺が払うんだよ、捕まえるために仕方なく蹴っ飛ばしただけじゃない」
「全く仕方なくなかったと言っているのです。前回も同じような理由で却下されたばかりですよね。今回も自費で弁償ですし、再三の注意にも関わらず、また関係のない市民の財産を壊したのですから、警告通り始末書を提出していただきます」
男は唇を尖らせた。
「だからさー、ああやって俺の、いや騎士団の強さを見せつけておけば、よからぬ輩も悪させずに逃げていくんだってば。前から言ってるじゃない」
「あの家の住民にとっては、あなたが一番のよからぬ輩ですよ」
「そんなことあるもんか。あの家のお母さんもお婆ちゃんも、素敵ねえって言って、お菓子をくれたんだ。それに、この町の騎士は、強くてカッコいいんだって有名になればさ、治安も良くなるだろう?」
「扉を蹴破ると強いことになるんですか」
「そりゃあもちろん。壊すにもコツがいるんだぜ。通りの見物人も、ダニエル様、カッコいいって拍手だったぜ。騎士はそうじゃないと」
「カッコいい必要は全くありません、強い必要はありますが」
「そうだろ?だからさ、始末書も、チャチャっと書いちゃっておいてよ、お昼を奢るからさ」
話が通じない。私はどっと疲労を感じた。
「自分で書かなければ始末書の意味がありませんし、昼は持参していますので結構です」
「いや、新しくできたカフェがね、美味しいんだよ?食べに行こうよ、ケーキもあるよ」
「私は行きたくないと言っているのです。ケーキの美味しさの問題ではありません」
「相変わらず冷たいなあ、そんなところがたまんなくイイけどね。じゃ、よろしくね」
「よろしくされてもなにもしませんよ。明日までに始末書を自筆で書いて提出しなければ、おそらく減俸です」
「降参です」
男は両手をあげて降参ポーズをしながら、ヘラヘラと歩き去った。それは始末書を書くという意味だよな?そうだよな?
騎士は人気の職業だ。町の守護者だし勤務中は剣を持ち歩くことが特別に許可されているし、騎士服は確かに凛々しい。だが周りから持ち上げられてばかりいたら勘違いする者も出てくる。そんな連中は、牛飼いの身なりになぞらえて帽子だけ野郎などと揶揄されることもある。牛飼いの帽子は被っているのに牛は飼っていない者、つまり格好ばかりで中身のない奴という意味らしい。
私は財務局に所属しており、騎士団の会計管理課に出向中で、管理課の上司から「手に負えない男がいるので担当してほしい」と言われてしまった。一体どんな人物だろう、「帽子だけ野郎」じゃないといいけど、と思っていたのだが、会ってみればダニエル騎士は、実力はあって賞なんかも度々とっているらしいのだが、どうにも自己顕示欲が強い自惚れ屋なのだった。特に女性に関しては、自分に靡かない女はこの世にいないと思っているらしい。騎士に限らず顔のいい男は皆、この傾向が多少なりともあるようには思うけれども。
この男と話していると妙に疲れるのは私だけではない。はずだ。だが。
「ダニエル様としゃべりたいからって、彼の申請書にイチャモンつけてるらしいじゃない、あなた」
……は?
ある日、昼間の往来で見知らぬ令嬢に突然、責められた。
「えーと、どちら様ですか?」
私としては当然の質問をしたつもりだが、令嬢を怒らせたらしい。私の顔を知らないなんて、ということだろうか。
「だ、誰でもいいじゃない。とにかく、ダニエル様の申請書を通しなさいよ、困っておいでなのよ!」
私はため息をついた。こともあろうにあの男、私がアイツとしゃべりたいからイチャモンつけていると吹聴しているのか。そしてこの令嬢も、話が通じない点があの男にそっくりだ。類は友を呼ぶのだろうか。
「確かにダニエル騎士の書類関連の窓口は私になっておりますが、申請を通すか通さないかは私が決めることじゃないんです。却下したのは騎士団の会計管理課です。そうだ!いいことを思いつきました。今度からあの方の申請書、ご令嬢が受け取って会計管理課へ提出されては?特別ルールとして通しておきますわ。ご令嬢、お名前とご家名は?大切な役所の書類ですので運ぶのも届けが必要なんですの」
令嬢は急に勢いを失うと、いそいそとどこかへ消えていった。なるほど、上司の言う「手に負えない」とは、こういう連中も含まれていたようだ。
「何故、街中でわざわざ剣を抜いて市民を脅したりしたのです?」
別の日、私はまたあの男に警告をしなければならなかった。頭痛がする。
「だって女の子が嫌がってたんだよ?あの男、しつこく迫ってたんだ」
「あの二人は恋人同士です、会話を聞いていなかったんですか?」
「聞いてたさ、嫌とかやめてとか言ってたぞ」
「記録によると、具体的な発言は、「いやーん、もう、馬鹿。こんなところでやめてよ」です。ただのイチャイチャではないですか。そもそも非番の日に何故帯剣していたのです?そこから規則違反です」
「記録を読んでるだけでもグッとくるなぁ、もう一回そこんところを読んでくれない?」
「今すぐにあなたを懲戒免職にするよう騎士団長に掛け合いましょうか」
「冗談、冗談。とにかくね、俺は非番の日でも責務を忘れないのさ。この前はカッパライを未然に防いだぞ、剣を突きつけてやったら慌てて逃げていったんだ」
この男には常識というものがないのだろうか。なんでこんな男を騎士団に入れたのか。
「……その件に関しましては苦情が届いています。店主が自分の店の品物を持って出ただけなのに、まるで泥棒扱いされて近所から白眼視されたと。名誉を傷つけられた慰謝料を支払ってもらいたいそうです」
「そんな言い訳が通じるもんか、だって周りは感激して大喜びだったんだぞ。無実のわけがない。みんなが俺を褒めてた。キミにも見せたかったな」
「確かに店主は近所の嫌われ者だったので周りは囃し立てましたが、それでもやってもいない罪で剣を突きつけたのなら店主が激怒していても文句は言えません。この件も問題ですが、今回の恋人同士の件は、さすがに警告とか訓告とかではすみませんよ」
「大袈裟だなあ」
「大袈裟なもんですか。今回は、剣を突きつけられた二人は、男性は転倒の末、怪我。女性の金切り声に驚いた馬が暴走、近くの納屋に突っ込み半壊」
「それは俺のせいじゃないと思うけどなあ」
「勤務外にも関わらず剣を持ち歩き、しかも無実の市民に突きつけた結果となれば、どう考えてもあなたのせいです。始末書何枚目ですか。規則を軽んじる態度を改める様子もなく、悪質だと言わざるをえません」
「そんな風に言わないでよ。若い頃の武勇伝のひとつだよ、俺は出世頭で将来有望な男だよ。今ここで俺に恩を売っておく方がいい」
「将来、有望……?」
「そうさ、だから昼を食べに行こうよ、奢るからさ」
「昼は持参しているしあなたと行きたくはありませんと再三言っていますね。もう一度同じことを言うようなら、嫌がらせを受けていると財務局の上司を通じて正式に騎士団に抗議します」
「降参です」
今度こそ本当に降参してくれ。
「キミ、キミ名前なんだっけ?」
ある日、珍しくダニエル騎士の方から会計管理課にやって来るなり詰問された。焦っている。
「キミに聞きたいことがあったんだけど、いつもキミの方から来てくれてたからさ、名前がわかんなくて受付で苦労したよ」
「何かありましたか」
いきなりやってきて無駄話をするのか?こっちは忙しいのだ。
「キミ、結婚するってホント?」
「……は?」
わざわざやってきて聞くことがそれとは。
「嘘だろ?あんなにいつもいつも、俺を訪ねて来てたじゃないか」
何を言われているのか理解できず、私は一瞬呆気に取られてまじまじとダニエル騎士を眺めた。
「……私が出向かざるを得なかったのは、あなたが問題を起こしてばかりいるからです」
「いつも助けてくれてただろ?俺、キミに結構、本気だったのに」
……本気。本気とは?私が知っている以外の意味があったかな?
「……名前も知らない相手にですか?とにかく、今は勤務中ですよ、業務に関係ない話などするべきではありません」
「そうか!じゃあ、仕事が終わるまで待ってるから食事に行こう!」
「は?暇なんですか?」
「今日、非番なんだ、時間はたっぷりあるぞ」
「私はあなたの担当を外れましたので、もうお話することはありませんし、個人的なことを話すつもりはありません。さらに食事だなんてもってのほか」
「俺の担当、外れたの!?なんで」
「退職して結婚するからですよ」
「やっぱり結婚するの!?」
話が一周、戻って来た。
「一体どこのどいつだ、俺の氷菓子ちゃんに手を出しやがって!」
「……ツッコミ所満載です、まずなんですか氷菓子ちゃんって」
「キミ、冷たくて甘〜いだろ」
「私が甘かったことがありますか?それに、「俺の」などと言われる筋合いはありません。私は私のです。それから誰からも手を出された覚えはありません、不穏な言いがかりをつけるなら、財務局から騎士団に直接抗議を……」
「問題はそこじゃない、どこのどいつなんだ!なんでそんなやつと結婚なんか」
「相手が誰だかも知らずに、何を言っているんだか」
「わかるさ、俺よりキミに相応しい男なんかいないってな」
私はため息をついて男に向き直った。
「私、眼鏡が似合う秀才な人が好みなんです」
「……え?」
「数字に強くない人には、全く、ひとつも、ときめきません」
「す、すうじぃ?」
「涼しい目元に笑うとシワができる、穏やかな声の隠れ筋肉質の方がいいんです」
「……」
「あら不思議、つまりは私の結婚相手のことですね。将来有望な、財務局の若手のホープと呼ばれる方です。それに私、逆に話の通じない、異性にだらしない、声も態度も大きな人は嫌いです。あら、今度は誰のことかしら」
男は口をパクパクとさせていたが声は出ていなかった。
「わからなくても結構です、わかってもらおうとも思いません。ところで、」
私は管理課の職員のサムズアップを目の端で確認してニンマリと笑った。
「飛んで火に入る夏の虫って諺、ご存知でしょうか?先日あなたが提出した損害賠償の書類が誤字だらけ間違いだらけで、騎士団に差し戻って来ました。書き直しを命じられていますがあなたが一向に提出しないため、管理課に出頭を命じられているのは理解していますよね?」
「え?」
「ちょうどよかった。あなたが来たと聞いて職員が皆、小躍りしていました。非番の日でも責務を忘れないんでしょう?今まで溜まりに溜まった書類を処理していただきます。全部終わるまで帰れると思わないでくださいね」
「え?ええ?」
「ああ、今の合図は、扉も窓も警備員が封鎖し終えた合図です。エキスパートで固めましたので、万が一にも逃げられませんからお覚悟ください」
「ちょ、ちょっと」
「あら、今日も帯剣してますね。非番なんでしょう?懲りない方ですね。すみませーん、始末書一枚、追加で!では、私は引っ越しの準備があるのでこれで失礼します。退職前にお役に立てたのでよかったです。では!」
牛飼いじゃなくて牛だったようで、最後はドナドナされていくのでした、なーんて。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




