粉雪②
王都市壁外、ハイメアの丘の裾に広がる平野部は、本来防衛用に木を伐られ、あえて何も作られていない土地であった。
こちらから「魔王討伐」を掲げて北に広がる魔王領を切り取ることはあったものの、魔族主導による大規模侵攻は建国以来、王国は経験していない。国是である「魔族討滅」の遂行とともに前線が遠ざかる中で殆ど無意味となりつつも、都市の発展とともに宿場や農場が連なるようになった他の三門とは違い、北門の門外にだけは長らくその荒地が残されていた。
その、いわば「死に地」である北側の土地——かつては単に「市壁北防衛用地」と称され、陛下が避難民を押し込むと決めてからは「恩賜ジョージ十三世記念公園」なる名前がつけられたが、王都臣民は「北流民窟」と呼ぶ土地——を、今は天幕と掘立小屋が埋め尽くしていた。どの構造物もうっすら雪をかぶり、ちらつく粉雪の下、十数人単位で寄り集まって、身動ぎもせず焚き火を囲んでいる。数百の煙の筋が雲へ伸び、まるで落ちそうな空を支える柱のように見えた。
「さて、どう声をかけたものかね」
「また武器を取れ、と焚きつけるわけですからな」
「まるで悪役だ」
「男爵夫人と、釣り合いが取れそうですな」
「言ってろ」
話の切り出し方が肝心だろう。どう訴えかけるか。共に戦ったと言っても、私は南部貴族。かれらは北部の平民や従士達で、何処かの領地連隊兵。身分も生い立ちも異なる。
「うーむ」
「お貴族様がこんなところになんの……」
そらきた。やはり歓迎などなかなかされようも……
「って、サーリンガムの旦那だ。おい、サーリンガムの旦那様がお越しだぞ!」
「なにっ」
「本当かいっ」
「顔役を呼んでこい! 旦那がお越しだぞ!」
突然、騒ぎが始まる。なんだなんだ。その「サーリンガムの旦那」とやらをどうしようっていうんだ。
揉みくちゃにされながら、焚き火の前に座らされ、薄いスープを木皿に注がれて差し出される。歓迎を受けているのはわかるが、少々居心地が悪くもあった。
「旦那が王都に来たって、ボルバラ野郎が言ってたんで。何かしでかして罰でも食ったんじゃねえかと噂してたんでさ」
二日前、上洛時に出会った廃兵が、どうやら『サーリンガム連隊が敗残兵として王都にやってきた』と広めてくれたらしい。人気者はつらいね。
「馬鹿野郎、旦那は口は悪いが、南部の腰抜けの中で唯一踏み止まってくれたお方じゃねえか」
「でもここに来たってことは……旦那も改易されて、浪士の仲間入りですかい?」
「やっぱり口が悪いから、偉いさんの不興を買ったんだ……」
そうも「口が悪い」「口が悪い」と連呼されると、なんだか傷ついてくる。誠実な人柄で売っているつもりなのだが。
「駄目ですよぅ旦那。態度を考えねぇと」
「よく言われるんだよねそれ」
つい軽口で返してしまう。こいつらの前で大仰な演技は不要なようで、嬉しいやら悲しいやらだ。薄いスープは……おや、案外悪くない。
と、人の波が割れる。かき分けかき分け、慌てて向かってきた大男が、跪いた。巨体に相応しからぬ優雅な所作であった。
「馬鹿者共! やめんか、北部の大恩人に向かって……! こいつらが申し訳ありません、閣下」
「あぁ、まとめ役は貴官だな。ダローミア伯爵領の第二連隊……コーヴァン連隊長だったか」
「覚えていただいておりましたか!」
前線では軍議の天幕で、ダールガム連隊長……大男ダールガム男爵ともども骨組みに頭をぶつけそうになっていた巨漢である。忘れるほうが難しい質の男だろう。
「ダローミア伯爵従士、エルドレッド・コーヴァンであります」
「うん。ダローミアの防衛戦では、世話になった。貴官らの奮戦がなければ私は、彼の地に骨を埋めていただろう」
「勿体ないお言葉!」
「しかし、貴官がここにいるということは……」
「は。稼いだ時間で住民は殆ど逃がせましたが、魔族どもの次の襲撃を防ぎきれず、解囲のための突撃で伯爵は御嫡子ともども名誉の戦死を遂げられました」
「それは……伯爵親子の御霊が安らかなることを祈るよ。最後まで共におられず、済まなかったな」
彼らは最後まで戦い抜いたが、サーリンガム連隊は一通り魔族を撃退して後はダールガム方面へ抜けたのだ。
「何を仰います。男爵はその後もボルバラやスレイトン、ヘルシャムを抜けてノーザレンからダールガムまで転戦された由、聞き及んでおりますぞ」
「北部に不案内で、道に迷っただけだ」
などと格好をつけたが、実際はもう少し情けなく、逃げ惑う各連隊でふさがった街道を避けながら補給可能な土地を辿った結果、激戦地を転戦することとなっただけである。出征時の三割程度とはいえ、生きて戻れたのは運が良かったに過ぎない。
「聞いたか! 閣下は南部諸侯でありながら、縁もゆかりも無い北部のため奮戦してくださった勇者だ。ここにいる者の多くの命を救った大恩人に、無礼は許さんぞ!」
「あの、その辺で頼むよ」
「最後はダールガムで、今次戦役最大の激戦を潜り抜けられたと聞きますぞ、閣下!」
今次戦役最大の激戦、か。あの地獄を思い出す。




