夜闇③
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 二三時一八分
門の内側には、ずらりと重騎兵が並び、先頭には三卿が傷一つない見事な大鎧を着込んで馬上の人となっている。そして、その後ろには、これもまた王家伝来の甲冑に身を包んだ王子が、ジェーン妃と熱い抱擁を交わしていた。何してるんだこいつら。
「殿下! 卿ら、何をしていらっしゃる!」
聞きたくないなあ……
「ああウィリアム君。僕らは打って出るよ」
はい行ってらっしゃいませ、ともいかんだろう。
王子は顔色こそ青いが、瞳だけはやけに輝いている。こういう目をした貴族将校は、部下を大勢死なせるものだ。
「殿下、我らの指針は籠城と決めたはずではありませんか。正統である殿下のもと、諸卿が集うのを、ただ待てばよいのです!」
「そ、そうかい?」
「橋の向こうは一面槍衾です! 騎兵で突っ込むなど、勝機の沙汰ではありません!」
「そうして弱気になって、大恩あるお父様を見捨てたのでしょっ!?」
出やがった……
「見捨てたわけではございません。ジェーン妃殿下」
見れば、髪の乱れたジェーンが、親の仇を見るような目をしてこちらを睨みつけている。親の仇は多分、橋の向こうにいる。
「ウィル! お父様の屋敷から火の手が上がっているのを、見たでしょう!? 近衛どもが、お父様をっ!」
「敵の流言飛語に……」
「お父様の仇を討って! ヘンリーさま!」
お話にならん。
ジェーンが袖を掴み、王子の胸に縋り付く。
王子は一瞬たじろいだが、すぐにその肩を抱き寄せた。
なるほど、先ほどからの近衛の呼びかけ——子供だまし——にやられる『子供』が陣営内にいると見透かされていたわけである。メアリの方が数枚上手であった。認めざるを得ない。
「……そういうことだ、ウィリアム君」
そういうことでしたらまあ、そういうことでしょうね。ただですね。死にに行かせるのも臣としては困るのです。
「しかしですな、殿下」
一応食い下がってみる。
「殿下。聞くことはありませんぞ……なにが剽悍なサーリンガム騎兵か。とんだ臆病者ではないか」
声が降ってきた。取り巻きの……取り巻きの……なんだっけ名前。三卿の一人の、のっぽである。
「勇戦を繰り返した、などといっても北部で逃げ回って、運よく生き延びただけであろうよ」
お、正解だ。あんたすごいな。でも北部浪士兵の顔がすごいことになってるよ。
「殿下。自ら先頭に立って斬り込めば、兵の士気も上がります。槍衾といっても、重装騎兵なら物の数にもなりません。戦場経験のない女近衛どもなど、鎧袖一触に蹴散らせましょう」
「そうかな」
「我ら三卿の重装騎兵は選りすぐりの精兵揃い。突撃の準備はできております」
ちらりと「お綺麗な」鎧を纏ったご自慢の重装騎兵達の顔色を伺う。若者揃いで、誰も熱に浮かされたような目をしている。古参と思しき壮年数名だけは、すべてを諦めた表情だ。なるほど、確かに「突撃の」準備はできてそうだな。
「ウィリアム君。君のサーリンガム騎兵も突撃に加わってはどうかな」
王子がお誘いくださる。付き従うのが王子の生存可能性をあげるだろうが、うちの兵を無駄死にさせたくはないところだ。どう断ろうか。
「殿下。惰弱な軽騎兵など、戦場では足を引っ張るだけですぞ。置いていきましょう」
助かる。三卿ののっぽだ。お前……洞察力も優しさも兼ね備えてるな。いい奴だったのか。残念だなあこれから死ぬなんて……
「参りましょう、殿下!」
「ヘンリーさま! お願い! あの女を……っ」
名残惜しげに手を取り合ってから、王子が乗騎に飛び乗る。
「ああ、必ず討ち取るとも」
駄目みたいだ。まあ駄目な時は駄目なものである。
「弱腰の衛士総長は、馬をおりて城門の守りでもしておられよっ、いざっ……!」
のっぽ卿が手綱を強く握り、馬が嘶いた。咄嗟に避ける前に、馬の前足が視界を埋める。
「ぐあっ……!」
もろに体幹に蹄をくらい、衝撃で身体ごと弾き飛ばされる。背中から冷たい石畳に叩きつけられ、肺の空気が一気に抜けた。
胸が痛い。心、という意味ではない。
「総長っ!」
コーヴァンが駆け寄ろうとするのを手で制す。出撃する騎兵の前にいる方が悪いのだ。
「ジェーン、見ていてくれ。ダールガムの首級、あげてみせようっ……えい、えい」
「「「おう!」」」
「えい、えい」
「「「おう!!」」」
掛け声が終わると、重装騎兵が、一つの生き物のように動き出す。向かう先は軽歩兵の近衛が展開する槍衾。確かに、この重装騎兵の質量をもって突撃すれば近衛の槍を打ち破れるかもしれない。
メアリが素直に突撃を許せば。
雪と外套で彩られた白い街並みと、黒い夜空を、銀の甲冑が切り裂いていく。地揺れが響き、近衛の隊列も槍を下げ始めた。




