夜闇②
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 二二時五〇分
上がってくる、報告を携えた兵らに指示を飛ばしながら、敵を眺める。
展開を終えた近衛が、なにやら合図をしている。市内で砲撃や投石機もないだろう。城壁はどうやっても破れない。無駄なことを……と思った時、声が響いた。
「「「聞け、旧王城に籠もる賊徒たち!!」」」
「う、おっ……」
思わず耳を押さえる。女性の、よく通る声が重なり、空気がビリビリと震える。雪がやみ、音の通りがよくなっているのだ。
「賊徒たち、と来ましたか」
「言いやがるな、全く」
「「「義士セリア・ヘスフィールドが正義を為した!!」」」
「ふーん」
コーヴァンは苦笑している。あまりにもありがちな説得だ。
見れば、伯爵邸の方から煙が上がっている。これは「伯爵邸の方から煙が上がっている」という意味しかなく、為した正義とやらがどう関係しているかなどと相手の言葉に惑わされてやる必要はない。
「「「既に政務卿ギルシャー侯爵より! ミドルスベリー公爵ヘンリー追討令が発せられた!!」」」
「そう来たか」
なかなか面白い手を打ってくる。侯爵は謀議と言っても愚痴をこぼす酒宴をするだけで、なにかしでかす気配はなかったはずだ。メアリに強制的に陰謀に引っ張りこまれた形だろう。どうせ武装した近衛に囲まれて、無理矢理サインさせられたんだろうが……いや、あのおっさんヘンリー王子が大嫌い、という感じだったし、案外すんなり署名したかもしれないな。どちらにせよ、無効だ無効。
「あれで、兵の動揺は誘えそうか?」
「いやあ、ここまでついてきた連中は、今更揺るがんでしょう」
「「「正道に立ち返り、投降せよ!!!」」」
「しかし、元気なことですなあ」
「魔族の咆哮に囲まれて寝るのに比べたら、子守唄みたいなもんだな」
「声もお綺麗ですしな」
メアリにしては、無駄な真似をする。こちらがその程度の子供だましで折れるほど愚かではないことくらい、わかっているはずだ。それとも、そう見えたのだろうか。そうなら恥ずかしくなってくるが……まあ、大方暇つぶしかな。
「お喋りしてる間は攻めても来ない……となると、こっちも暇になってきたな。丁度兵が来たようだし、茶でも取りに行かせ……」
「ウィリアム君! 先ほどからの声は……」
「ウィル! お父様は無事なのっ!?」
足音の主が姿を現す。慌てて、コーヴァンと二人、敬礼した。あなた方でしたか。
「両殿下。こちらは危険です!」
嘘だ。こんな籠城に付き合ってるんだから、息抜きくらいさせてくれよ。
「承知の上だ、遠眼鏡を!」
コーヴァンは王子に、私は近くにいたジェーン妃に遠眼鏡を渡す。見ないほうがいいと思うがねえ。
「なっ……伯爵邸から、火の手が!」
「お、お父様ぁ……っ」
ふらふらと、ジェーンが倒れ込む。遠眼鏡は床に落ちた。慌てて駆け寄り、ジェーンを抱きとめつつ、拾い上げる。良かった、壊れてない。これ高価いんだぞお前……
「ウィリアム君、どう見る?」
「伯爵邸付近で何かが燃えてます。近衛は正義がどうこうとか言っておりました」
端的に事実を言えば、こうなる。
「義父上が討たれた、と考えるべき……なのかな」
王子は明らかに動揺している。
「判断するのは早計かと。敵の言に惑わされる必要はありますまい」
「さあ、殿下。奥方を寝台へお運びしましょう……ここは寝るには少し寒い」
コーヴァン、いいぞ。そのまま二人とも部屋に押し込めちまえ。
「籠城は始まったばかりです。大丈夫、伯父上は殺しても死にませんよ」
「そ、そうかな……」
わざわざギルシャー侯爵を引っ張り出したことから考えても、おそらく死んでいるとは思うが、口に出さなくてもいいだろう。
「そうです。ここは小官にお任せを。敵の動きを見張ります」
一応納得したか、王子は階段へ向かう。コーヴァンがジェーンを抱えたまま、ちらりと振り向いた。
カップを掲げる動きをすると、彼は頷く。さて、茶を待つとしよう。
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 二三時〇一分
「ウィル様、こちらで呑むって聞きましたが」
しばらくして現れたのは、サーリンガム騎兵の一人である。
「エドか。折角だから眺めがいいところで休憩しようと思ってな」
「だろうと思いましたぜ。どうせなら」
彼が胸元から、馬の膀胱で作った水筒を取り出す。酒を入れていたはずだ。
「こいつでやりましょう」
「気が利くじゃないか」
「へえ。それが取り柄なんで」
調子のいいやつである。
「総長、茶をお持ちしまし……エドワード殿。これから戦うというときに酒など」
「いや戦わない。戦うにしても、茶より酒のほうがいい。コーヴァンもどうだ」
「あんたの分くらいはありますぜ」
「……ご相伴に預かりましょう」
コーヴァンの抱えてきたティーセットに、めいめいに酒を注ぐ。エドワードと私はストレート。コーヴァンは注いだ紅茶にウイスキーを混ぜた。
「では乾杯しようか」
「何に、です? 我々の勝利とか……王子の即位に、なんてのもいいかもしれんですよ」
あるかわからないものに乾杯してもな。
「そりゃまあ、新年に……かな」
新年は必ず来る。泣いても笑っても、あと一時間もすれば。
「では、新年に」
「新年に」
酒を啜る。不味いなこれは。吐き出しそうになるのを無理に飲み込んだ。思わず眉間に皺がよる。
「どこの安酒だ、エドワード」
「へえ、マンカスターの四年です」
「ふざけるなお前、こんな、お前……」
銘酒マンカスターの四年は、南部の人々から親しみを込めてこう呼ばれる……馬の小便、だ。
「伯父殿の酒ですよ」
「伯父上はいつもボーツシャーばかり呑んでるよ!」
「そりゃ悪い領主ですな」
その通り。擁護の余地はない。
「酔えればいいんです、酔えれば」
もう一度啜る。ひどい味と香りだが、確かに喉は熱くなる。
「……暖の代わりにはなる、か」
「ですな」
暫し、胸壁に寄りかかり、見事に陣を構えた近衛を肴に三人、酒をやる。
「勝てますかね」
「勝つ負ける、という段階じゃないな。強いて言うなら、どう転ぼうと勝つのは魔族どもだろ」
「なんだってこんなことに……」
衛士総長ってやつが悪いみたいだよ。
とはいえず、ちびちびと酒をすすっていると、酒が少し波打った。私の手が震えているのでなければ……城が、少し揺れている?
下を覗き込むと……
「……っ!?」
「こりゃっ、どういう……」
正門が、ゆっくり開こうとしていた。何処のどいつが……っ! 真っ先に頭に思い浮かんだのは、王子の取り巻き三卿である。いかん。
「エド! 片付けは頼む!」
「はい、ウィル様!」
転げるように、階段を下る。




