夜闇①
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 二二時二〇分
旧王城は、王国がまだこのハイメアの丘の小勢力に過ぎなかった頃、建国王たちが篝火を焚きながら陣を張り、魔族と戦ったという古い伝承の残る城だ。時代とともに堀が巡らされ、城壁は高く・厚くなったが、市壁が築かれ、王宮が整備されてからは王族の住処としての役割を終えた。
橋は市街中央からの一本のみ渡され、唯一の城門は厚い鉄板と木材で補強され、攻城兵器でも簡単には揺るがない。その特性から、王家は王都内の騒乱からの避難所、或いは都合の悪い王族の隔離所としてここを長らく使ってきた。
そして今宵も、その堅牢さに縋るように、衛士隊の各部隊が続々と集結してくる。
「よし、そちらは馬を繋げ! 火を絶やすなよ!」
「食糧庫へ直接運び込め!」
「大盾は武器庫へ! 城内では邪魔だ!」
「負傷者はこちらへ!」
「大門を閉めるぞっ」
怒号と喧噪の中を駆け抜ける。先ほどから雪はやみ、冷え込みはより激しくなっていた。
「総長! お疲れさまです!」
「あぁコーヴァン。伯爵邸からの撤収ご苦労。すでに皆集まっていたな」
「ずいぶん遅かったですな」
「あちらの方々がな」
後ろをぼんやり指さす。家財を満載した馬車、貴賓用馬車、三卿の伴の鈍重な重騎兵連中。メアリも随分のんびりしているので何とかなったが、下手をすれば王宮で近衛を迎え撃つしかなくなるところだった。
……いや多分これは、見逃されたのだ。新年の参賀は王宮で行われるのが習わし。そこが使えなくては、正当性を誇示できない。自分が王冠を獲った後のことを考えているわけである。
「これはこれは、引率ご苦労さまです」
「お前もずいぶん態度が悪くなってきたな」
「総長の薫陶の賜物ですな」
軽口を叩き合う。
見回すと、王都内に散っていたはずの衛士隊が勢揃いしている。南北と西の門、王宮、武器庫、ギルシャー侯爵邸、マンカスター伯爵邸包囲の部隊……
「狼煙台と本部の奴らは?」
「現れません。どちらも東門に近いですからな……狼煙台は三〇分前から沈黙しております」
務めを果たし、投降したか。メアリの温情に期待するしかないが、そこは信用してもいいだろう。
「そうか……他に欠けは?」
「移動時の逃亡は一割程度ですな。そいつらはダールガム防衛戦の参加者です」
一応、その「ダールガム防衛戦」の指揮官は私だったことになっているが、参加していたものなら、真の指導者が誰だったかはわかっているはずだ。
「近衛司令を頼ったのでしょう。その他の兵員は概ね士気が保たれております」
意外なことだ。
「殿下の声望か?」
「ご冗談を。閣下の人望です」
そりゃまたご苦労なことだ。なら多少はやる気を出さねばならないだろう。
「殿下! 小官は物見に上がります!」
「ああ、ウィリアム君。ご苦労。僕ら夫婦は休ませてもらうよ」
「は。誰か、両殿下を貴賓室へお連れしろ」
さっさと引っ込んでてもらおう。問題はほかにも山積みだ。
「我々も隊に出撃準備をさせなければなりませぬな!」
「ええ! 王子殿下の御為に……」
三卿は、なにやら余計な算段をしているようだ。あんたらの重装騎兵で近衛の槍衾の前に出ていったら、みすみす死にに行くようなものだろうに。
「嫌だ嫌だ。敵でも見て落ち着こう。さあコーヴァン、屋上へ案内を」
「こりゃ壮観だな」
「敵でさえなければ、小官もそう考えられたものですが、な」
苦笑交じりに、声が降ってくる。
旧王城前、橋の向こうを埋め尽くすのは一面の白外套。青白い槍の穂先と相まって、白波にも見える。
「ことここまで来ては、どうにもならん。やれることもほぼない。気楽にいこう、援軍を待つだけだ」
来るかどうかは別として。
「そしてそれは向こうさんも一緒だ」
わざわざ寄せては来ないだろう。こちらからも出撃するつもりはない。つまり千日手となる。流局してくんねえかな。
「しかし、近衛本隊の登場とはね」
「何が狙いでしょうか」
「そりゃもう、空の玉座だろうが……」
南門では納得して帰ったかに見えた。しかし、まっすぐ南へ引き返さず東側に道を逸れていたわけで、あの時点で、より説得に応じそうな東門への移動を考えていたのだろうか。そうなら、私はまんまと騙されていたことになる。
最初から玉座が狙いなら、大義名分など気にせず、市内に近衛を全投入し、王宮を落としたはずだ。私なら迷わずそうする。そうなっていれば、私と王子は今頃、仲良く王宮前に首を晒されていたことだろう。
この通り、そうはなっていない。最初からこの膠着が望みだったとも思えないし、本来の狙いは何だったのか。確かメアリは南門で一瞬激情を見せた。激しい舌打ち。あれは……セリア隊が戦端を開いたと告げた時だったはずだ。だからこそ私は、セリアの「御所巻」をメアリの指揮下から離脱した叛乱であったと考えた。だが「戦闘」こそが制御から外れた事態だったとすれば? その場合狙いは御所巻そのもの。
「もしや、叔父上の失脚が当初の目的か……?」
本隊を出動させたのも作戦の一貫なら、当初のプランは叛乱近衛が御所巻、衛士の到着前にそれを更に近衛本隊が包囲というものだろう。伯父上は実質身柄を拘束された状態で王宮への登城や政務が不可能となる。王子はギルシャー侯爵ら保守派とは思想面で折り合えず、メアリの実父であるボーツシャー公爵の派閥に譲歩せざるをえなくなる。うまく伯父上を失脚させられれば、行政官不足の王子派に人員を送り込むこともできたろう。
「それなら、納得がいくが……」
「それだけのために、ここまでしますかな?」
「いや、今は王冠が目的だろう。途中で考えを変えたのか。な……ぜ……」
包囲に留められなかったか? できなかった。戦端を開いたから。なぜ? 衛士が思ったより早く出てきたから。
それでも、穏便に説得できなかったか? できなかった。なぜ? 衛士が思ったより早く門を閉めたから。
政治的解決を考えられなかったか? できなかった。なぜ? 馬鹿な衛士総長が「クビで片がつく」など笑えない冗談を言ったから。
彼女の視点に立てば「この不祥事はお前の首で解決するしかない」という脅しに見えたろう。おそらくそのクビは、進退ではなく身体を意味する。首を取られるくらいなら、首を取る。あの人はそういう人だ。
そうなると……困ったな。全部衛士隊総長とやらが悪いじゃないか。
考え込むふりをして、眉間に寄った深い皺を揉みほぐす。
「総長、顔色が悪いですぞ。いやまあ、今この城にいる人間は全員そうですが、それにしても」
「あ、ああ。対応を間違ったな、と反省をな」
「しても始まりますまい」
「……その通りだ」
だが、この真実は、私にしか見えないだろう。見せる必要もない。
とにかくなってしまったからには、なってしまったなりにやるしかないのだ。




