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吹雪⑧

◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 一九時三五分


 王子の籠る国王執務室をノックし、返事を待たずに開ける。ジェーン妃が眉をひそめている。

「ウィル! 行儀を……」

「殿下! 緊急事態です! 直ちにお耳に入れねばなりません!」

「穏やかじゃないね。お願いしよう」

「は。東門の衛士隊が近衛に投降、ダールガム男爵夫人率いる近衛本隊が市街へ突入を開始した模様です!」

 室内の五人が目を剥く。

「なっ……!」

 ジェーン妃が息を呑み、口元を押さえる。王子は、その美少年然とした雰囲気にそぐわぬ激情を爆発させた。

「来るなら来てもらおう。ウィリアム君、僕も出る。王宮で近衛を迎え撃つよ!」

 この方はそういう方だ。

「殿下、お待ちを……お待ちを」

「なぜ、止めるんだい」

 その目の奥の感情は、怒りと焦りと恐怖……そして疑いか。衛士隊の一部が寝返ったのでは、無理もないが。

 東門に元ファルムリーン連隊系の浪士を据えたのは間違った判断であったかもしれない。彼らは私への友誼同様、ダールガムへの恩義がある。天秤にかけ、あちらに傾いたのだろう。まあこちらには北部失陥の元凶、ヘンリー王子がいるのだ。仕方のないことではある。少し寂しいが。

「殿下は、王太子殿下亡き今、継承権一位の正統です。近衛は叛乱者に過ぎません」

 その元凶をヨイショする私は、悪評も高まろうものだ。

「それは」

「近在の連隊も、近衛が叛乱に及んだとあっては旗幟を鮮明にせざるを得ません。時間は、殿下のお味方なのです」

 嘘だ。

 王位継承権二位と四位の争いに、好き好んで突っ込んでくるのは阿呆の砲兵連隊と、馬鹿の河川警備連隊だけである。

「そう、なのだろうけども」

「ですから時間を稼ぎましょう」

 納得はしかねる様子だ。その洞察は正しいだけに、困った方である。

 望みはある。王子は北部臣民からは嫌われ者だったが「救民政策としての衛士隊登用」のおかげで人気は回復しつつあり、「魔王の首に迫った」勇者として王都臣民からの評判もそこそこ。近在連隊からも王太子絡みの恨み節はあるが、致命的失点は今のところない。

 一方メアリは「悪役令嬢」だ。かつて断罪されたこの王都で、最も評判が悪い。この差が、時間とともに効いてくるはずだ。実際時間があれば、なんとかなる……かもしれない。少なくとも、今の近衛と衛士隊が直接ぶつかれば、勝てはしない。なら次善の策を選ぶべきだろう。

「それに、殿下に何かあっては、ジェーン妃はどうします」

「そうよ、危険よっ!」

 マンカスター一門の見事な連携に、王子は揺らぎつつある。我々は正々堂々を好まない、陰険な家風なのだ。うわ最悪。

「小官はそのような理由から籠城を推しますが、まあ迎え撃つにせよ、場所は移動すべきです。市壁内で最も堅牢な城塞を、忘れてはおりますまい」

「……旧王城、か」

 よくできました。

 王都内にありながら独自の城壁を持ち、強力な防衛力を持つ軍事拠点。早期に衛士隊が押さえられたのは僥倖だった。砲兵や工兵のいない、軽歩兵中心の女近衛で落とすのは至難の業だろう。物資さえあれば、数年は籠もれる。そこにいるだけで、我々が『王都内部での武装集団の立て籠もり』を無視できなかったように、メアリとて我々を看過できない。政権を発足され、なし崩しに敗北へ持ち込まれる、という流れは避けられる。

「はい。堀に囲まれ、門は一つ。王国発祥の地、そして度々王家の皆様が一時の避難先として使われた要害です。多くの先王が、そこから再起をいたした故事もあります。ふさわしい場所かと」

「ここ数代は貴人向けの監獄だったはずだよ」

 そうでしたね。

 貴族や王族の爪弾き者が、幽閉されていたことも多い。我々には却ってちょうど良いだろう。まあ……

「前王陛下は、誰も幽閉なさいませんでした」

「……ふ。まあ、そうだね」

 何が面白いのか、自嘲するように笑う。

「一時転進だ。ジェーン、行こう」

「ウィル……ちゃんとお守りなさいよ……」

 ジェーンが縋るような目を向ける。旗色は、正直悪い。目を逸らした。

「無論です。殿下と妃殿下は、私が旧王城へ同道しましょう」

 振り返り、扉の前のサーリンガム騎兵——私への忠誠ゆえに、機に乗じて殿下を討ちかねない危険な輩——に命じる。

「伝令! 本部・狼煙台・ギルシャー侯爵邸・南北の門は放棄。武器庫は火薬に点火。西門は門扉を破壊しろ。伯爵邸は装備を捨ててでも撤退。集結地点は旧王城だ!」

「はっ!」

「敵に囲まれた者は投降させろ」

 背後から、王子たちの視線を感じる。取り繕っておくべきだな。

「衛士を殺しはせんだろう。近衛に兵站上の負担を強いれる」

「了解しました!」

 伝令は駆け出した。

 逃げ遅れる者は出るだろう。無駄に抵抗せず、命を長らえてもらえるといいが、こればかりは相手による。相手はメアリだ……兵たちはなんとかなるだろう。

「ウィリアム君」

 王子が小声で言う。声は震えているが、目はまだ死んでない。蛮勇が引っ込み、恐れが出たか。

「本当に、勝てるのかな」

 今頃そんなことを聞くかね。

「まあやれるだけ、やりましょう」

 どうにもならなかったときのことは、どうにもならなくなってから考えればいいのだ。

 王子は鼻を鳴らして頷く。

「……行こう」

 廊下に出ると、隙間風と外の吹雪が壁を叩く音が、楽曲のごとく響く。

 王都は、まもなく戦場になる。クライマックスにふさわしい荘厳さだ。

「さて……」

 私は受け取った外套を羽織り直し、剣の柄に手を置いた。

「撤退戦です。各々方、遅れられるな!」

 王宮の扉が開かれる。冷気が一気に流れ込み、室内の灯火が大きく揺らいだ。


 夜は深まる。しかしこの日は、吹雪の激しさゆえに、依然王都は明るかった。年越しまでは、あと四時間と少しである。


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