吹雪⑦
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 一九時二〇分
王宮の中庭は、吹き付ける風で雪が渦を巻いていた。兜を被っていても、顔面に雪が貼り付いて痛い。
私と同じように、縮こまっている重騎兵が建物脇に集まっている。どこの部隊だろうか。
「衛士総長サーリンガム男爵ウィリアム閣下、参内を許可する!」
衛士詰所から声が飛ぶ。粗忽者のサーリンガム騎兵が、随分頑張って「それらしく」している。驚いて表情をうかがうと、衛士はニヤリと笑った。
馬を降り、階段を駆け上がる。衛士に手綱を預け、濡れた外套だけを剥ぎ取り、長靴の底から雪を落としながら廊下を進んだ。
「ミドルスベリー公爵ヘンリー殿下、お呼びに預かり参上いたしました。衛士総長サーリンガム男爵ウィリアムにございます」
「やあ、ウィリアム君。二日ぶりかな。面を上げてくれ」
「は」
通されたのは、陛下の執務室。確かに彼は次期国王ではあるが、ここを使って構わないものなのか。まあ我々下々が気にすることではない。
居並ぶのはソファに腰掛けた第二王子ヘンリーと、寄り添う私の従姉ジェーン妃、背後には……名前は覚えてない、学院時代から王子とジェーン妃の取り巻きだった貴族が三名立って控えている。なるほど重騎兵は彼らの部隊か。
ヘンリーは落ち着きなく、身体を揺らしている。ジェーン妃は指が白くなるまで拳を握りしめており、顔面も蒼白だ。
「まずは報告を頼むよ」
「は。殿下の宸襟を悩ませますこと、臣の……」
「帝国風はやめてくれ、身内だけの時同様、ざっくばらんに行こう。構わないねジェーン」
「ええ。そうしてもらいましょう……」
そりゃ助かるね。
「近衛五十が叛乱、臨時政務卿マンカスター伯爵邸を占拠しました。伯爵の安否は不明です」
ジェーン妃がふらつき、ヘンリーにしなだれかかる。王子は彼女の肩を抱いた。
「占拠の際、警護のマンカスター連隊は抵抗し、連隊兵・使用人・近衛にも多数の死者が出ている模様です」
背後の三卿がうめき声を発する。王子は額を抑えた。
「現在衛士隊は重装歩兵で伯爵邸を包囲、叛乱部隊は籠城しております」
「……鎮圧はできそうかい」
「御命令とあれば、すぐにでも」
したくはないが、あの程度の小勢、いくらでも押しつぶせる。損害は十から二十で、いけるだろう。
「だめよっ!」
出たよ。
この人のこういうところが苦手なのだ。あとは薄い胸も。私との婚約が続かなくてよかった、と心底思う。だが今回は助かった。
「しかしだね、ジェーン。王都内部での武装集団の立て籠もりとあっては」
「許さないわ! お父様を見殺しにするなんて!」
「……ウィリアム君。そのあたりはどうなんだい」
言外に「死んでるんじゃないの」と王子は聞いている。そこだよな。
「叛乱指導者と対話しましたが、伯爵の生死は六分……いえ、五分五分と考えます」
常識的に考えれば生かしているはずだが、どうも常識が通用する精神状態とも思えない。
「なら手荒な真似は避けようか」
「そうしましょう、ね。ヘンリー」
いい兆候だ。あとはどう、メアリを引っ張り出す方へ話をつなげるか。
「王都の状況はどうだ。民は動揺していないかい」
「民は……この天気ですので、皆閉じこもっていますが……王宮のほか、狼煙台・武器庫・旧王城・ギルシャー侯爵邸・学院は衛士でおさえました。市壁各門も、うちの兵が固めてます」
「いいね。流石の用兵だ。外の近衛の様子は?」
「それでしたら、一時間半ほど前に南門外に隊列を組んで現れました」
「な、なにっ!?」
「近衛司令ダールガム男爵夫人メアリ様を先頭にした、近衛本隊です。叛乱鎮圧への協力を申し出られましたが、王都内に入れるのは危険と判断し、お帰りいただいております」
「お待ちなさい! ウィル!」
なんなんだ一体。
「なぜ、あの女を捕らえなかったの!」
うんうんと、取り巻きたちも頷いている。うんうんじゃないが。
「あいつがこの件も首謀者に決まってるわ! まだ私を憎んでるのよ!」
そりゃそうだろう。婚約者を奪い、自らを「悪質な嫌がらせの首謀者」として公衆の面前で断罪し、北部辺境に追放した女だ。憎んでなかったら嘘だね。
「忌々しい……っ! ねえ、ヘンリー! あいつを捕らえなかったのなんて、許せないわよね」
「ウィリアム君、僕としても捕らえてほしかったな」
王子まで、である。そりゃあ疑わしいには疑わしいが……頭が痛くなってきた。眉間に指をおく。
「あの場で捕らえれば近衛は蹶起に同調したでしょう。蹶起軍は衛士隊戦力を上回り、防衛は困難だと考えました」
「そうか、いや、仕方ないな。次の機を伺おう」
機を伺う? まるでメアリを捕らえることが大目標であるかに聞こえる。これは恐らく継承権絡みだ。聞かなかったことにしよう。
余計なことを聞いてしまった。メアリを連れてセリアを説得、なんて言える雰囲気ではない。さて、どうしたものか。
ノックの音がした。
「入ってくれ」
現れたのは、雪をかぶった衛士。確か西門に残した伝令だ。いいところに来てくれた。
「総長! ご報告いたします」
「殿下の御前だぞ、殿下、私はここで失礼を」
「構わないよ。ここで報告したまえ」
構うんだが。
「は。西門に伝令。練兵場にエルドマール砲兵連隊が到着とのこと、砲の展開を行なっているそうです」
出たな砲兵。どいつもこいつも、好き勝手をする……が、やはり助けにはなる。
「うん。彼らの忠誠心を讃えよう。どうかなウィリアム君」
「近在連隊や近衛本隊への牽制になるでしょう。兵員不足のわが方には救いです」
「だね。では、ウィリアム君から見て、次に我々が打つべき手は?」
「ヘンリー、ウィルになんか聞いても」
「ジェーン。僕には残念ながら用兵の才は彼ほどにはないようだ。君の言う通りに魔王の首を取りに行ったが、果たせなかったしね」
……君の言う通りに? 従姉を見る。王子にピッタリくっついて、胸を押し当てている……こいつが王子に余計なことを吹き込んだのか。脳内に王国建国神話がよぎる。魔族の女が先王朝最後の王の妻となり、国を傾かせた。まさに、この人はそれではないのか。
「で、どうだい」
「そこなのですが、叛乱部隊が要求を出しています。近衛司令と面会したいと」
「おや」
「やっぱり、あの女の仕業よ!」
もう黙っててくれないかなあ。
「いかがでしょう、殿下」
「それを伝えたら、メアリは一人で乗り込んでくるかな?」
「一人では、難しいでしょう」
こうして陰謀をめぐらす連中がいることだしね。
「ふむ、では何人までなら逮捕できる?」
「衛士は北部浪士出身者が多いです」
ちらりと、報告に来た衛士を見る。彼はサーリンガム騎兵だが、私に忠誠を誓う彼ですら、憮然とした表情をしている。どこまで従ってくれるか。
いや、私自身もそんな表情かもしれない。
「彼らはダールガム男爵夫人、ひいてはボーツシャー家に恩義を感じている連中です。それを差し引いて……そうですね、一〇や二〇なら、制してみせましょう」
「総長、お言葉ですが」
「彼は! それ以上でもできる、と言いたいようですが!」
強引に黙らせる。頼むから余計なことを言わんでくれ。
「小官としてはそのあたりが限度かと」
「ふむ……ウィリアム君と衛士くんは少し席を外してくれ。相談しよう」
「は! 廊下でお待ちします」
「お前、何言うつもりだった」
「陰謀になんか付き合ってられません、と」
止めてよかった。無礼打ちされかねない暴言だ。息を吐きながら眉間を揉む。
「やってられんでしょう」
「それは、そうだが」
「室内は五人です。文官どもは帰ってます。王宮内には衛士と、事情がわかってない引き継ぎの近衛だけ。あの取り巻きの護衛どもは中庭ですぜ」
つまり……まあ、ひどいことを言う。だが、王子のメアリに対する陰謀も、大差はないのだ。
「そうもいかんだろ。御命令とあれば、やった上でマシな結果を目指すのが、私たち下々のできる最善だ」
「真面目が過ぎますな。そこがいいところですが」
「褒めるな褒めるな」
などと馬鹿話をしていると、駆け寄ってくる衛士が一人。また何かあるのか。こうやって誰かが情報を持って走ってくると……
「報告いたします!」
「何も聞きたくない」
「総長!」
「はいはい。今度はどうした」
「東門のファルムリーン野郎ども、あいつら近衛につきました! ダールガム司令の本隊が市内に雪崩込んでます!」
大抵はろくなことに、ならないものだ。




