吹雪⑥
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 一九時〇三分
吹雪はいよいよ激しさを増し、伯爵邸はぼんやりと見えるだけになっている。
「総長! 危険です、やめましょう!」
「占領から一時間もたったんだ。やつらも少しは頭が冷えたろう」
制止する兵を引き連れ、邸宅の門をくぐる。用意してきた白旗を、穂先を外した槍の上に括った。
「お前たちはここで待て」
「お伴を」
「ここで、待つように。復唱」
「……小官はここでお待ちします」
「よろしい。皆、私が斬られたら突入だ。その場合はお嬢様方には容赦はせんで良い」
「は!」
敬礼を確認してから、ぎゅっ、ぎゅっ、と雪を踏み固めつつ前へ出る。転ばぬよう、白旗は杖のように使って進んだ。
「使者だ! 使者だ!! 私は衛士隊総長サーリンガム男爵ウィリアム! セリア・ヘスフィールド卿を出せ!!」
怒鳴りながら、少しずつ進む。しばらくすると、玄関が開き、小柄なおかっぱ頭が姿を見せた。
「…リア……フィール……す! ……お伺いし……!」
「声がよく聞き取れん! 近づいても構わんか!?」
「こち……ます!」
こちらから参ります、で合ってるのか? しばらく待つ。セリアが雪に何度か足を取られながら、進み出た。伴は連れず、武器はなし。胸は……おや、萎んでいる。胸甲も外したようだ。金属は寒いからね。
「やあ、二時間半ぶりだな。随分」
紺の制服には黒く、白の外套には赤く染みがある。
「兵らしくなったようだが。どうだ」
「……なってみると、心地の良いものではありません」
「だろうな。誰だって初陣はそういうものだ」
「そう、なのですね……」
なんだ、随分しおらしい。てっきりまたやれグレイベリー卿がなんだの大騒ぎされると思っていただけに、毒気を抜かれる。
「ご用件を伺いましょう」
伺いましょう、ときた。なんでそっちが、というところである。
「こちらが、それをしに来たんだ。君たちときたら立て籠もって要求もなし。ただ伯父上を囲んで年越しの宴席ってわけじゃないだろう。何が望みだ」
「……忘れていました」
正気かこいつら。いや、正気ではない。目に光がない。危険な顔立ちだ。
「なあ、もう馬鹿げた騒ぎはやめて投降しないか。せめて、名誉ある自裁が許されるよう取り計らうから」
「自裁、ですか」
いやわかるよ。嫌だよね。でも流石にこうまで血を流していては無罪放免とはいかない。
「それが許されるのですか」
おや? と思う。それ以上をすでに覚悟していたようだ。
「大逆関連になるからな、本来は市中引き回しの上、内臓抉りからの四つ裂刑の適用だろうが……私が殿下と伯父上に掛け合うと約束する。自裁か……無理でも、斬首までにはできるはずだ」
甘すぎる対応、との誹りは甘んじて受けよう。だが、伯爵邸は古い大貴族の屋敷……つまり砦に近い建物だ。突入すればこちらにも相応の被害が出るし、伯父上の身柄はあちらが抑えている。せっかくそろえた部下を喪いたくないし、臨時政務卿に何かあってはヘンリー王子の新政権は立ち上がる前に骨抜きだ。多少折れてでも穏便に解決すべき状況と考える。
「ありがとう、ございます」
本当に大丈夫かこいつ。斬首で感謝されるとは、それでも立てこもった叛乱部隊か。
「うん、まあ。だからな、投降してはくれないだろうか」
「はい。します。要求を……しても?」
「おお。言ってみてくれ」
叶うかどうかは別として、聞くことはできる。聞かないと交渉にもならない。
「司令と、お話をさせてください」
「ううむ……そうだな」
できるかな、どうだろう。この場合、伯爵に許可を取るのが筋だが、その伯爵が今は彼女らの手中。であれば……
「第二王子ヘンリー殿下にかけあってみる。少し時間はかかるかもしれんが、待てるか」
「はい。お待ちします」
「わかった。包囲は解かん。食事や必要なものがあれば正門前の衛士に伝えろ。くれぐれも軽挙妄動を慎み、邸内で待っていることだ」
「承知しました」
門前へ戻ると、衛士たちに歓迎される。彼らは大盾の影で、邸内から配布されたと思しきダンプリングをすすっていた。私の分は?
「いかがでしたか! 総長!」
「うん、まあ……よくわからん。ダールガム近衛司令に面会できれば投降するそうだ」
「はい? お嬢様方をどう騙したんです?」
「騙してない。どう頑張っても自裁か斬首にはなると伝えたんだがな」
「ふーむ、目的は果たした、ということでしょうか」
「伯爵邸の殺戮が、か?」
やはりアコーフォード四七浪士討ち入りか? なにかこう、劇でも観て感化されたのだろうか。
「お嬢様方のお考えはわからん」
「ですな。ならこのまま包囲を?」
「おう。第二王子殿下に、近衛司令を連れて来る許可をもらうべきだろうな。王宮に誰か使いを出そう」
ダンプリングの器が差し出される。ささった木匙を手に取る。暖かい。
「そうだな、伝令には……」
「総長! 戻っておられましたか!」
そう。こうやって誰かが、情報を持って走ってくると……
「王宮より急使です。第二王子殿下が総長に直ちに参内し、状況を説明せよと」
おや、今回は手間が省けたようだ。ダンプリングは名残惜しいが、手だけは温まった。器を兵に預ける。
「包囲は継続。叛乱部隊を押し込んでおけ。殿下の説得がうまく行けば、この騒動も終わりだ」
馬を引かせる。さてもう一仕事、頑張るとしよう。




