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吹雪⑤

◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 一八時二八分


 伯爵邸をずらりと囲んだ衛士隊の列を通り抜け、正門前へ向かう。近づく兵に目線を送り、手綱を引き締めた。

「総長! あちらに指揮所を置きました!」

 向かいの屋敷……ギルスフォード侯爵ハイメア屋敷は門を全開に開かれ、前庭にサーリンガム騎兵たちが杭を立て、馬をつないでいる。ひっきりなしに出入りがあり、二階の露台には騎兵たちが数人集まって遠眼鏡をのぞき込んでいた。うち一人がこちらに手を振るのに、軽く右手を上げて返す。

 玄関ホールには、臨時の指揮所が設けられている。供出させたのだろう見事な卓に、兵たちが市街図を広げ、配置状況を確認しているようだ。

「総長、ご到着です!」

 扉番が叫ぶと、全員が一斉に敬礼する。答礼し、作業を続けさせた。さて……指揮をとる大男に近づく。

「コーヴァン、状況は」

「は! 二〇分程前に包囲を完了しました。邸内の戦闘音は収まりつつあります」

「よろしい。こちらは南門でダールガム近衛司令にお会いした。鎮圧の協力を申し出られたが、お引き取りいただいている」

「おや。心強い申し出ではありますが」

「血塗れになった同僚を見て、近衛のお嬢様方が冷静さを保てるとも思えん」

「ですな。出過ぎたことを申しました」

「いや、思ったことは発言してくれ。私はもう寒さと疲れで頭が正常か、怪しいところだ」

「南部人らしからぬ方と思っておりましたが、やはり寒さは苦手ですか」

「こりゃこたえるよ……で、邸内に動きはあるかね」

「なにも」

「なにも?」

 伯爵を捕らえたにしろ、殺したにしろ、戦闘が一区切りついたなら要求なり宣言なりするところでは、ないのだろうか。

「ええ、なにもございません。こちらから使者を立てるべきか悩んでおりましたところです」

「ふむ……」

 眉根に皺が寄っているのを自覚する。いかんな。揉みほぐしておく。

「総長! お戻りで!」

 二階から声がする。歩廊から身を乗り出し、騎兵がこちらを向いていた。

「おう! お友達のお嬢様たちにはお帰りいただいたぞ!」

「楽しい叛乱鎮圧をお譲りするわけにはいきませんもんね!」

「わかってるじゃないか! それで、どうした?」

「伯爵邸から、白旗を掲げた三十ほどが出てきます!」

 交渉もなしに? とは思うが、この包囲下だ。あきらめて投降するのだろう。どれ、いっちょう顔を拝んでやろうか。

 コーヴァンとともに、階段を一段飛ばしで駆け上がり、小走りで露台へ向かう。

「存外早く片付いたようだな。助かるよ」

「ええ、寒空の下の年越しは、させんで良さそうです」

 などとしゃべりながら近づく。

「いえ、出てくるのは白衣を先頭に、マンカスター人ばかりです」

 コーヴァンと、困惑の視線を交わす。差しだされた遠眼鏡をとり、露台に出てのぞき込むと、険しい表情をした髭の白衣が少女を抱き抱えて進み、背後には昏い目をしたマンカスター連隊兵や使用人たちが続いている。伯爵邸の玄関には、剣を下げたまま棒立ちしている近衛が数人、その列を見送っていた。

「事情はわからんが……人質が解放された、のか? こちらにお通ししろ。暖を取ってもらえ」

「は!」

 伯爵邸は不気味に静まっている。屋根から雪がドサリとおちた。



◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 一八時五〇分


 避難してきた人々は、勝手に開け放った応接室に集まって、暖を取ってもらっている。部屋を使うにあたりギルスフォード連隊兵が一悶着起こしかけたが、完全武装した重歩兵と軽騎兵の圧には敵わず、屋敷の奥へ引っ込んでいった。

 怯えるギルスフォード侯爵の使用人をなだめすかし、銀貨を数枚握らせる。本来大晦日のパーティーにでも供される予定だったのだろうダンプリングを鍋ごと供出させ、使い捨ての素焼きの器に入れて提供してもらった。

 一通り行き渡り、人心地ついたであろうことを見計らって、少女を抱いたままソファに沈み込んだ白衣の老人に近づく。近くに立つ怪我人の連隊兵が敬礼した。軽く答礼し、ソファの対面に腰掛ける。

「さて、あなたが先頭にいらっしゃったな。小官は王都衛士隊総長サーリンガム男爵ウィリアム。あなたを伯爵邸でお見かけしたことはないが、どちら様か?」

「医師のベンジャミン・スノウです。陛下の主治医をしておりました。陛下の……不豫以降は、伯爵の傷の治療のため邸への滞在を」

 弑逆は世間には秘されている。その時の傷を他の医師にみせるわけにもいかない、ということだろう。

「なるほど、そして巻き込まれた、と。あちらはどうなっているのです」

「……伯爵私兵、使用人、攻め手の近衛……入り乱れて倒れております。もはや血の海、というところです」

 やりやがった。もはや、謹慎や解任で済まされる程度のことではない。

「血に酔っているのでしょう。セリアという若い近衛が、この少女を斬ったところも見ました」

「それは……」

 抱きかかえられた少女は、紙のような白い肌になっている。

「ええ。一口スープをいただき、息を引き取りました。最期に温かいものを口にできたこと、ご厚情に感謝致します」

「いえ……ご遺体はこちらで預かりましょう。冷所に移せば、ご遺族へ対面できるはずです」

「頼みます……あの近衛の女性達はどうしていますか」

「伯爵邸の扉と窓を塞いでいます。立てこもるつもりでしょう。衛士隊で、この混乱を終わらせてみせます」

「その。このようなことをお願いするのも、筋違いかと思うのですが」

「何でも仰ってください」

「あの近衛たちも、少女を含んだ若い女たちでした。できましたら、穏便に……」

「ええ。衛士隊は無用な流血を好む組織ではありません。最善を尽くしましょう」

「ありがとうございます。衛士隊こそ、王都の盾だ……」

 難しくはあるだろうが、別にこちらも血を流したくはないのだ。そうできるに越したことはない。

 北の戦役も、終わったわけではない。こんな馬鹿げたことは、早く終わらせるに限るだろう。


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