吹雪③
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 一七時二一分
報告をまとめると、こうだ。
近衛蹶起部隊は臨時政務卿府を包囲し「臨時政務卿殿に訴訟の儀あり」と口々に唱えはじめた。伯爵私兵は屋敷の柵沿いに展開、弓兵が屋根に登って睨み合いとなり、伝令は気取られずに足を止め、本部に速やかに戻った。
「伯爵邸に到達できず、すみません」
「よくやった。いい報告だ」
いくつも情報が得られる。蹶起部隊はすぐに突入する気がなく、一応交渉の余地があること。私が事態を把握している認識がないこと。やはり指揮をメアリが執っていないこと——純軍事的には、速やかに突入させたほうがいい——がわかる。
「しっかり休め、と言いたいが、その余裕はない。わかるな」
「こりゃ鉄火場ですからな」
頼もしいぞ、我が兵よ。やや強めに肩を叩く。
「殿! 北門、閉鎖しました!」
「ウィル様、東門抜かりありませんぜ」
「西門も固めましたよっ」
「学院は学生自治会がバリケードを作るそうですっ」
「狼煙、しっかり上げてきましたぞ」
丁度、雪だるまになった騎兵たちが駆け込んでくる。こいつらがいれば、うん、まぁなんとかなるだろう。
「よし、お前たち! 早速で悪いが、装備を整えて伯爵邸に向かってくれ。どうやら奴らは伯父上を御所巻にしている」
「食い破れ、ってことですかい?」
なんでだよ。包囲下に伯父上がいるって言ってるだろ。
「いや刺激するな。どうやら交渉の余地はありそうだ。まず偵察しろ。できそうなら慎重に接近し、要求を聞け」
「承知しました、偵察班行ってまいります!」
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 一七時三〇分
総長執務室に駆け込み、胸甲と脛当て、籠手と兜を素早く身につけていく。慣れ親しんだ動作だ。数分もするうち、軽騎兵らしい姿が完成した。
ノックの音がする。入室を許可すると、重鎧を纏い大盾を背負い、兜の面頰を跳ね上げたコーヴァンが現れた。
「総長閣下、北部浪士組は離宮広場へ整列いたしました」
「早いな」
「置いて行かれるわけには参りませんのでな」
「よし、今行く」
そのまま廊下の扉を開き、広場を見下ろす露台に出る。降りしきる雪の中ずらりと並んだ、色とりどりの各領地連隊正規鎧に身を包んだ重装歩兵は、まさしく壮観であった。衛士隊の黒腕章だけが統一されている。
「諸君、聞け。現在近衛の一部が統制を外れ、命令なく臨時政務卿府を包囲下においている。これは叛乱である」
ざわめきが広がる。数秒待ち、続ける。
「近衛のどの層までが加担したものかは目下調査中であるが、差し当たり王都の治安を預かる衛士隊として、我々はこの叛乱部隊を鎮圧する必要がある」
これはまぁ、嘘をついても仕方ない。後から嘘がばれれば、信用を失う。信用のない指揮官に命を預ける兵は、いない。わからんことは、わからんと言っておこう。
「魔族との戦役の英雄である諸君らの新たな門出の相手として、女近衛どもごときでは少し不足かもしれんが……」
笑い声が上がる。そうそう。気楽にいこう気楽に。なに、近衛兵は人間だ。魔族とは違って負けても取って喰われはしないさ。
「淑女の皆様に戦場を教えてやろうではないか」
敬礼が返ってくる。士気は十分なようでなによりだ。踵を返し……ああそうだ。別に穏便に収められるならそれに越したことはないと思い直す。
「相手は処女だ、優しくな」
歓声があがった。扉を押し開き、階段を駆け下りる。
「よし、皆と一緒に元気に出撃するぞ。コーヴァン」
「ううむ、閣下の口が悪いという噂は、本当でしたなあ」
「ひどいなあ、君までそんな事を言う」
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 一七時四三分
膝丈まで積もった雪を、重装歩兵が踏み固めながら大路を北へ猛進する。通った後は、さながら除雪後のようであった。
「ウィル様!」
馬上の私を先頭として、隊列が本部から歩兵の早足に合わせ伯爵邸に向かい始めて早々、偵察に出したサーリンガム騎兵が駆け寄ってくる。こうやって誰かが情報を持って走ってくると、大抵はろくなことにならない。ここ数ヶ月ずっと。
「どうした」
「ご報告いたしやす! 伯父殿の邸宅にて戦闘が開始されやした!」
ほらみろ。
彼らの到着時、いまだ近衛と伯爵私兵は睨み合いをしていたらしい。ただ、現れた騎兵を見てかなり動揺したようだ。我が方の伝令騎兵が接近し、所属と姓名を名乗り、まず要求を聞こうとしたところ……
「近衛から剣を抜いたんだな?」
「はい。奴ら斬り掛かってきましたぜ。正気じゃねえ」
遠征に参加しなかった——生き残った近衛は、殆ど実戦経験のない女性部隊だ。仕方ないとはいえ、セリアはもう少し隊を統制できていて欲しかった。そもそも統制が効かない連中が叛乱したんでしょ。それはそう。
「お前達の人相が悪かったのもあるだろうが」
サーリンガム騎兵は概ね、南部の牧畜家を兼ねている。人相は……まぁ南部の牧畜家、という感じだ。
「ウィル様はひどいことを仰る」
「王都のお嬢様方には刺激が強すぎたんだろう」
「違いねえ」
幸い彼に怪我はない。だが近衛が剣を抜いたので、伯爵私兵が邸宅から弓を撃ち始め、近衛が柵を破って突入を開始。近衛と私兵らでの斬り合いが始まった、ということだった。
「で、どっちが勝つと見た」
「伯父殿には悪いですが、ありゃ近衛が勝ちますな」
「……私兵は精鋭揃いと聞いたが」
ゆえに、護衛をわが邸宅にまわすは不要! とまで伯父上は言っていたものだった。
「まぁ、達人揃い、その上どういうわけか準備万端、ってな具合でしたが、なにぶん数が足りませんで」
「そりゃまあ……無理だな」
「無理でしょう」
何かを企んでいたようだが、策士策に溺れる。セリアの人望が勝ったのか、兵を思った以上に集められ、結果窮地に陥っている、ということらしい。なんだか助ける気がなくなってきたが、あれでも伯父だ。
肩の雪を払う。何度やってもすぐ積もるな。
「重装歩兵到着まで持つか?」
「厳しいでしょうな。散らせないかと騎兵突撃を模して威圧してみましたが、やつら伯爵邸の柵内に入っちまいました」
手の施しようがない。大盾で囲んで説得するしかないか。哀れ伯父上は陰謀のプレーヤーから人質のカードに格落ちしてしまった。いや困ったな。
まずは要求を確認しないことにはどうにもならん、いやそもそも剣を抜いてしまった以上、穏便に済ますことは難しく……
「殿! 殿はこちらか!」
背後から、蹄の音がした。こうやって誰かが情報を持って走ってくると、大抵はろくなことにならないんだってば。
「今度はどうした」
「南門外に近衛の隊列が現れました! 先頭は近衛司令ダールガム男爵夫人メアリ様!」
「おぉ、もう……」
出やがった。馬に身を預け、兜越しに頭を抱えた。




