吹雪②
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 一七時五分
王都衛士隊本部は、王都東に構えられた古い離宮を警備隊が下賜され、それを手直ししながら使ってきた建物である。古ぼけているが、ダンスホールや多くの客間を備えている名建築であった。
かつて、本来の役目であった頃多くの貴顕が訪れた大ホールに、今は衛士隊の本部詰め人員のほとんどが集まり、暑くなるほど暖炉に薪を焚べ、一時間後に始まる大宴会の準備にいそしんでいた。
雪に塗れたウィリアムが車寄せまで駆けさせた馬から飛び降り、息を切らしながら真っ先に駆けつけたのはその部屋である。
「総長、エールが届きましたよ! こりゃずいぶん上物の……」
「警鐘打ちまくれ! 王都の東西南北! 全ての門を閉じろっ!!」
「ど、どうなされたんで!?」
くそっ、と心中毒つく。この場には気心知れたオークレイ副官がいない。打てば響く、は貴重な能力だった。しかし彼は今、西の練兵場で警備隊に寒中行軍訓練中だ。いないものは仕方ない。
「近衛の叛乱だ! 早くしろ!!」
「なっ——!?」
「さっさと動かんか! サーリンガム騎兵は王宮、旧王城、臨時政務卿府、武器庫、学院に伝令を送り、警備に籠城体制を取らせて本部に戻れ! 二騎は狼煙台に非常召集の狼煙を上げさせろ。北部浪士組は重装備整えて出撃準備。急げ!」
くそ、兵が足らん。本来なら貴族街や評定所も押さえたいところだが……守る側はやはり、戦いづらい。どこにどう、どの程度急いで兵を送るか。防戦向きのメアリがいれば……そうだね彼女が叛乱部隊の本来の司令だね。
「は!」
この場にいるのはサーリンガム連隊兵と北部浪士兵。腐っても実戦帰りだ。命令さえ出れば速やかに動く。兵は転がるように駆け出していき、入れ替わるように事務官たちが寄ってきた。北部浪士のうち、役方だった従士階級たちと、廃兵で構成されている。
「何が起きたのです。総長閣下」
今聞くなよ、と思いつつ状況を脳内で整理すべく語り出す。
「すまんが白湯をくれ……先ほど、近衛の巡視隊に行き会った」
「それは、大晦日の定例巡視とやらではありませんか」
「胸甲や脛当てをつけてた。私は危うく」
差しだされた白湯を飲み、胃腸が温まる。ようやっと人心地つけた。
「斬られかけたぞ」
「まさか、そんな……」
信じられない、という顔つきだ。私だって信じたくないさ。
「近衛全体の叛乱ですか?」
「わからんが、多分違いそうだ。だが否定できん以上それを想定する」
遭遇した時点で問答無用で斬られなかった、ということは衛士隊排除が正規の命令として発せられて行動しているわけでは、ない。真意を隠した以上は、彼女は行動が露見するまでの時間を稼ぎたいのだ。なら、稼がせない。
「とりあえず市門はすべて閉じんことにはな」
既に潜ませられているということがない前提で、味方であれ敵であれこれ以上戦力を流入させなければ、衛士隊は数であの小勢になら対処できる。荒っぽい鎮圧も、したくはないができるだろう。近衛全兵力が出てきたら……王都内の衛士隊兵力を上回る。
「大晦日に前倒しで閉門とは、苦情が出ますな」
「貴官らは気にするな。どうせ責められるのは嫌われ者の臨時政務卿と、その甥だよ」
可哀想にねその人は。などと自分を哀れむ。
「しかし狙いはなんなのでしょう。この状況で叛乱など」
「そこだな……」
セリアの「司令は反対」を信じるかは別としても、メアリの性格からいえば、ここぞという時は自分で出てくるはずだ。セリアに任せて後方に引きこもる、というのは考え難い。本当に関与していないのか。
だが、少数に分割した複数の隊で浸透、既に近衛全体が王都に侵入しており、各拠点へ動いている、という台本も可能性はある。私が「やる」ならそうする。そうであったなら? そりゃもうお手上げだ。騎兵と寄せ集めで籠城しても、たかが知れている。周囲の味方は西練兵場で練成中の警備兵と、近在の砲兵連隊と河川警備連隊だけとあっては、良い条件で降伏することを考えたほうがいい。つまり今は、考えなくていい可能性となる。口には出さないでおこう。
対処できる方の見積もり——叛乱部隊がセリアを中心とするものならば、彼女が狙うのは何か。あの程度の兵で押さえられるのは、一から二箇所だろう。確実性を考えれば一箇所。どこを占領する。
「少なくとも確実に動いているのは五十。さてその兵を率い、貴官ならどこを落とす」
「狼煙台、でしょうか。王都を隔絶し、うまくすれば周辺連隊をなびかせ得ます」
「そうくるか、しかし……」
狼煙台から、周辺の王太子派連隊に蹶起を呼びかける? 神輿が多分死んでるんだ、考えづらいだろう……実は王太子が生きていたなら? ならコソコソせず、近衛なんぞではなく王太子派の各連隊を引き連れ堂々入城する。つまりそれはない。更に言うなら。
「王都を追放された『悪役令嬢』近衛司令も、佞臣の甥の衛士隊総長も中央では嫌われ者だ、難しかろう」
「学院で貴族子弟の身柄をおさえるのはどうです。寮生が大勢いたはずです」
「私も卒業生だが、たいていの学生は年末年始は国許か、一族の王都屋敷にいる。寮に残っているのはごく少数だ。危険を冒して落とすほどじゃない」
それに、人質として子弟をおさえても、多くの貴族家を決定的に敵に回す行為だ。利よりも害のほうが大きいだろう。
「ならば王宮はどうです。ある程度の犠牲を払えば、制圧も不可能ではないかと」
王宮を占領、王子の身柄を確保する? たしかに……王宮内に残った引き継ぎ役の近衛——スチュアート卿、だったか?——などが内側から門を開けるには、開けるだろう。だが、それをやっても周囲を衛士隊に囲まれては王子を道連れにして討ち死にする他はない……同僚騎士たちの仇討ち、なら可能性はあるか? 百年ほど前起きた王都の事件を思い出す。王宮で刃傷沙汰を起こし改易となった帯剣貴族をめぐる報復騒動。何度も劇にされた、浪士たちの悲劇。独り言が漏れる。
「アコーフォード四七浪士討ち入りかよ。笑えないが、ありえるな」
人数も季節もピッタリ。やられるととても困る。本命と見るのが自然だろう。王子を失えば、後ろ盾を失ったマンカスター伯爵やサーリンガム男爵は王都を叩き出されるだろう。生きて叩き出されればいいな。
あとの可能性は……最初に出会った時、セリアは確か「捜査への協力」を訴えていた。捜査、というのはまぁ、弑逆の一件だろう。今更なにをしたいのかはよくわからんが「近衛の名誉挽回」が目的なら、寄せる可能性があるのは、証拠が保管された王宮外縁の旧近衛本部、捜査の許可を与えられる臨時政務卿府——伯爵邸、そして多少強引だが本来の政務卿である六侯の邸宅だ。で、すべてに相手に合わせた五十を配置する余裕は、残念ながら、ない。旧近衛本部には王宮の部隊が速やかに駆けつけられる。伯爵邸には私兵マンカスター連隊の精鋭が護衛として詰めている。六侯は記憶が正しければ、今はうち三人が陰口パーティー……じゃない、舞踏会を開いており、警護としてギルシャー侯爵邸に三十ほどの衛士がいる。が……
本来騎兵将校など、防戦向けではないのだ。どうなるやら。とにかく、伝令が戻り、北部浪士組の武装が整うのを待つしかない。本命は王宮と考え、本隊はひとまずそちらに向けて行軍すべきだろう。
腹が減った。卓上に並べられた、湯気が立つミートパイを見る。どうせ宴席はなくなるのだ、一つくらい……
「ウィル様! 緊急事態です!!」
手を伸ばしたところで、背後から声があがった。振り向けば、先ほどの自分と同じように、雪に積もられた白だるま状態で、息荒く敬礼する衛士。伝令に飛び出したばかりのサーリンガム騎兵だ。
「伯父殿……臨時政務卿マンカスター伯爵邸、近衛により包囲され、警護の私兵が籠城中です!」
本部の警鐘が一際大きく鳴り響く。伸ばした手を引っ込めた。




