吹雪①
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 一六時三五分
踝が埋まる程度に積もった雪を、馬上から眺めつつウィリアムは進む。
目的地は衛士隊本部。今日はこれから、大晦日恒例と聞く近衛隊との懇親会だ。練兵場へ追い出したきりの警備隊連中に馬鹿にされぬよう、先例を調べ、よろしく手配は済ませている。その最終確認や調整をした、帰り道である。
懇親会、すなわち宴席だ。ただでさえ忙しいのに、迷惑なことだ——と思わないでもないが、兵とて人間。たまの息抜きは必要だろう。結果としてこうして一人で馬を廻らせる羽目になり、私は全然息抜きできてないが。
肩と頭に積もった雪を払う。雪は強くなる一方であり、とにかく身体が冷える。南部人には辛い寒さだ。手袋越しでも冷気は侵入し、手綱を握る手もかじかんでいる。これは、始まりに過ぎず、数ヶ月王都は雪に閉ざされるそうだ。もう大分うんざりしてきた。
王都の臣民もそういった気持ちなのか、街並みにもすでに人影は少ない。商家は戸板を下ろし始め、露店はとっくに姿を消している。代わりに目につくのは、家々の軒先で黙々と雪かきをする住民たちだ。
下を見れば、一面の雪。上を見れば、王都の空を低く覆う一面の雪雲であった。白、白、白。嫌になるね。
ふと、前方の視界に、更に白が重なる。
大路の向こう側から、こちらへ向かってくる白装束の一団があった。規律正しく並んだマントの列。
「……おやおや」
金糸で彩られた紺の制服、白いマント。細身の軍靴。腰には豪華な装飾を施された柄と鞘を持つ剣を佩き、雪の上でも乱れぬ歩調。近衛だ。
五十名ほどだろうか。その先頭に立つのは矮躯で、黒いおかっぱ頭の女騎士。
雪のカーテン越しでも、彼女の姿はすぐに分かった。
「やあ、ヘスフィールド卿!」
雪にかき消されぬように声を張る。びくりと彼女が飛び上がったように見えた。嫌われてるなぁ。
近づくにつれ、彼女の表情と視線の鋭さが明瞭になる。
「吹雪の中、ご苦労なことだ」
「……これは、衛士隊総長閣下」
先頭のセリアが、軽く顎を引いて敬礼した。視線が周囲に走る。妙に警戒している。
「全体止まれ! こちら、定例の巡視にございます」
「聞いているさ。その後のお楽しみのこともな。随分綺麗どころを集めたものだ」
どうにも反応が鈍い。宴会の選抜隊って印象じゃないな。天気が悪くて憂鬱、って感じとも違うか。まあ不本意なのだろう。そんなに嫌わないでくれよ。こっちは準備頑張ってるんだからさ。
「おかげで、諸君らの食事や酒の手配に、こうして駆け回っているよ」
「そ……それは、お疲れさまです」
いや……やはりなにか、おかしい。脳内で警鐘が鳴り始める。
「ヘスフィールド卿、ところで、何か君は、以前会ったときとは雰囲気が違うな」
「そうでしょうか」
「ああ、魅力が増し……た……」
腰に佩いた剣は良い。ブーツの上、コートの下に見える脛当て。そして「魅力が増した」印象の理由。胸が膨らんでいる。
突然豊胸術を施術されたのでなければ、理由は胸甲のはずだ。つまり、武装している。
——まずい。
背中に、冷たい汗が一筋流れた。
彼女らは徒歩で、こちらは馬上ではあるが、所詮一騎。武器は腰の剣一本だ。
「ように見えたが、気のせいかな」
「そうですか」
駄目だ、会話が続かない。
「そうだ! 君たちの司令はどうした」
「え、ええと。司令は……巡視には参加されません」
「おや。なぜだ?」
「反対されておるのです——あ、いえ」
視線が左に揺れる。
「ほら、懇親会のような浮ついた会合に」
司令は反対。押し切って出てきた一部の——跳ね返りの暴走か。
「……なぜ、司令が気になるのです」
セリアの目が剣呑さを増す。隠すふりくらいしてくれよ、一応宴会に来た体裁だろ。じりじりと、セリアの背後の二人が左右に広がり、腰を下げる。抜剣するのか? ここで?
「いや、ヘスフィールド卿も確かに可愛いが、私の好みはもう少し成熟した、金の巻き髪の女性なんだよ」
「はい?」
セリアが、呆気にとられた表情になる。よしこの路線で行こう。
「学院時代から、お恥ずかしいことにメアリ様がその、気になっていてね。美しい方だ」
眉がピクピクと震えている。
「……ええと」
「彼女は未亡人になったのだろう? つまり、私にも後添いの可能性はある、そう考えられないかな」
警戒から、軽蔑——呆れに表情が変わっていく。背後の近衛も、重心が高くなった。
「司令が、あなたのような殿方を好まれるでしょうかね」
「私は誠実だし、いい夫にもなれると思うんだが」
「自分で誠実と名乗る、誠実な人はいないですよ」
「そうかね」
情けない顔を作る。近衛たちの空気が少し弛緩した。
「とにかく、後からでも席には参られるのかな」
「保証はしかねます。司令はご多忙ですので」
「それは残念。期待だけしておこう」
やはり、一部の暴走か。恐らくはこの場にいるのが全て。そのまま油断しててくれ。なんだったら帰ってくれ。
「では、私はこれで。閉門後、衛士隊本部でお待ちしてるよ」
「楽しみにしております。では……進め!」
ほっと胸を撫で下ろす。流石にここで斬り合いになっては、私は死んでいただろう。
五十枚の白マントが、雪の帳の中へと流れ込んでいく。規律正しく、乱れず、ただひたすら前へ。
怪しまれないように、しかし急いで、本部へ向かった。




