大雪①
◆ジョージ十三世二十九年 十二月三十一日 一五時二〇分
その日の王都は、朝から大雪が降りしきっていた。道も、家々の屋根も、空さえも暗い白さで覆われている。音さえ消える雪の中、無言で雪をかく人々のほかは、道を歩く者すら僅かであった。
王都衛士隊本部ではサーリンガムの古参兵たちが寛いでいた。
「今日はなんでも、日没の閉門後に近衛との宴席があるらしいな」
「あと三時間か、楽しみだな」
「俺たちみたいな田舎騎士が、近衛の女騎士様たちと宴会とはね」
「生き残れなかった奴らには悪いが……」
「あぁ。ウィル様には感謝だな」
「連隊長じゃなかったっけか」
「「総長、だぞ」」
サウスミンスター区の商館では、交易商人たちが愚痴る。
「しかし……物価がな。こう仕入れ値が高くちゃ利益の乗せようがねぇ」
「北部からの荷が途絶えてるからな。麦も干し肉も高騰だ」
「近衛が買い占めてるって噂だろ」
「いや、衛士隊ってやつが検問を強化してるらしい」
「衛士隊? 警備隊じゃなくてか」
「伯爵様の『御一新』第一弾だとよ」
「第一弾、ね。何をする気やら。無事に年越したいもんだが」
クラウンイースト区の自治会所では、集まった会員たちの密談が漏れる。
「おい、どういうことだ。俺たちを通さずに……あの、衛士隊とかいう連中は」
「そうだ、フリント隊長は何をしてるんだ」
「全く、南部の田舎者共に王都を仕切らせるなんて」
「そ、それが……」
「なんだよ」
「フリントとは連絡が取れないんだ。もう五日ほど……」
「……まさか」
「お、おい!? どういうことだ」
「臨時政務卿様に逆らった奴はどこかに消えるって噂だ。ほ、本当だったのか……?」
「お、俺は帰るぜ。こんな会合出てられるか」
「あっ、おい!?」
「俺もだ、命は惜しいからな」
「あばよ、よいお年をな」
「おい、お前たち! おい、おい!」
ノーズデン区、帯剣貴族たちの王都屋敷街では、領主夫人たちが年末の茶会をひらく。
「新王陛下は、いつご即位なさるのかしら?」
「ええ、即位式はまだ先とのこと。でも、内々ではヘンリー殿下を『陛下』と呼ぶ者も出ておりますわね」
「ほほ。やはり、武張ったマーカス太子殿下より、ヘンリー殿下の方が美しいですわよね」
「夫は王太子殿下支持でしたけれど、わたくしは断然、ヘンリー殿下ですわ」
「わたくしも、わたくしも」
「それにしても……マンカスター伯爵は運がいいですわね。殿下の外戚になっていたお陰で、いまや臨時政務卿だなんて」
「あの『悪役令嬢』や『毒舌男爵』も殿下支持なのでしょう? 行く先は百年ぶりの宰相閣下かしら」
「南部者にしては、随分立ち回りがうまいですわよね」
「……本当に、偶然なのかしら」
「あら、怖い。やめましょうそういう勘繰りは」
「そうね。平穏無事が一番ですわ」
閑散とした王宮では、侍従たちが鬱々としてすれ違い、会話の一つもない。
北門では、北部浪士出身の衛士と、難民が楽しげに会話する。
「おい、お前らの頭の、サーリンガム男爵ってどんなお方なんだ?」
「いい上司だな。南部者らしい軽薄さはあるが、筋の通った方だ」
「そこだ。南部貴族ってのは、いまいち信用できん」
「信用できるとかできんとかじゃないんだよ。あの人は、ヘラヘラしながら死地に突っ込んでくるんだ」
「南部野郎が北部のために?」
「さあな。何のためかはわからん。気でも狂っとるのかもしれねえ。だが心中がどうあれ、俺たちは救われた。強いんだよ。ならまあ、主君として仰ぐにゃ悪くねぇだろ」
「まあ、それはそうだよな。殿様たちもみーんな優しかったが、弱かった。だから俺たちゃ、みんなこうだ」
「だろ? 今回の主君選びは、少なくとも期待外れじゃなさそうだ」
「そいつは……いいな。本当に」
市壁外、近衛臨時本部では、近衛騎士たちがくさっている。
「なんでも、ヘスフィールド卿がまた何か企んでるらしいわね」
「またなの? あの子、誰の命令で動いているのかしら?」
「知らないわ。けど『陛下弑逆に疑義あり』って王宮や臨時政務卿庁に怒鳴り込んでるらしいわよ」
「あら……そんなこと口にしたら首が飛びかねないのに、よくやるわね」
「なんでまだ飛んでないのかしら? わけがわからないわね」
「泳がせといて、近衛ごと一網打尽、とか?」
「……兎に角、近衛はもう終わりよ。来年そこいらには解体だわ」
「早く結婚して、除隊しないとね」
「えっ」
「私も彼にせがまなきゃ。うーん……なんて話すかよね」
「ちょっ、あ、あんた達。近衛は恋愛は御法度で……」
「そんなの守ってたの?」
「ちょっと待って、じゃあ、貴女って……」
「やっ! やめなさいってば!!」
王宮近く、元老六侯ギルシャー侯爵の邸宅では煙をくゆらせながら、大貴族たちが陰謀に勤しむ。
「ヘンリー殿下も臨時政務卿どのも、伝統を無視しすぎるきらいがある」
「左様。伝統を忘れては国体の維持もまた、ままならぬこと」
「少し強引にでも帝国皇女を輿入れさせれば、伯爵令嬢のジェーン妃ごときどうとでもなろう」
「帝国に背を向けて、我ら王国は成り立たぬのは自明」
「魔王討伐など夢物語、わが国は帝国の庇護のもと、安定して繁栄を享受するに如くはない」
「然り、然り。北部の領地が少し失われても、大勢に影響はなかろう」
「むしろ不穏分子が減った。王統はより安定したというものだ。王統弥栄!」
「「王統弥栄!!」」
ほほほ、と笑い声が響く……扉の向こうでは。
「あいつら……」
「おい、やめろ」
「ですが、隊長……」
「総長が無為にこいつらをのさばらせておくわけはない。なにか考えがあられる」
「……サーリンガム総長が」
「そう思わんか」
「思います」
「なら、今は耐えよう。その時までは」
「はいっ!」
そして、何処かの闇。
「例の女騎士は、どうだ」
「焚きつけた甲斐あってよく燃えております。すぐにでもしでかすでしょう」
「スノウ医師は」
「旦那様の左手が治ってきておることを喜んでおりますよ。無邪気なものだ」
「『あの時』の怪我だ、余人に看せるわけにはいかない……などという理屈を信じるとは、物分かりのいい先生で助かるな」
「旦那様の謀を見抜ける者などそうはありませんでしょう」
「そうかな。貴賓室は気に入ってもらえておるか」
「平民医師ですから、過分な扱いに恐縮しておりましたよ。近衛の信ずる通り、地下にお移りいただきますか?」
「わしは駒を無体に扱うような器量なしではないぞ」
「旦那様はお優しいですな。では、暴走を許した近衛司令へも死は賜らず?」
「ボーツシャー公爵への人質として、婚姻戦略の駒として、まだまだ利用できよう。旧王城の住民として生きてもらう。命は尊いもの。無駄にしてはならんよ」
「旦那様は恐ろしいですな」
雪は降り積もる。何もかもを覆い尽くすほどに。王都はモノクロの世界へと、変貌を遂げようとしていた。




