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粉雪④

◆ジョージ十三世二十九年 十二月二十八日


 臨時政務卿マンカスター伯の、家格にややそぐわない豪奢で歴史ある邸宅に向かう。薄雪の積もった石畳の道を乗騎で駆け上がっていくと、屋敷の輪郭が冬の空にゆっくり浮かび上がった。

 先日より更に混雑を増した前庭で、出迎えの馬丁に手綱を預ける。忙しいはずだが、彼の表情は明るかった。

「ウィリアム様のご上洛以来、あの女騎士が姿を見せません。私共は迷惑しておりましたため、大変助かっております」

「あの、女騎士」

 近衛兵、王国騎士セリア・ヘスフィールド卿の話だろう。おかっぱ頭で、やれ捜査だやれ名誉挽回だと、やたらと伯爵の連隊兵や使用人に噛みついていた。

「それはよかった。早速お役に立てたようだな」

 諦めたのだろう。伯父上のことだから、探られたくないことの十や二十はあるに違いない。多少は安心できたかな?


 使用人に案内され、二階の執務室へ通される。重い扉が開いた瞬間、豪奢な服を着た金髪が目に飛び込んできた。

「さあ『陛下』サーリンガム男爵が報告に参りましたぞ」

「やあウィリアム君。待っていたよ」

 先客として、第二王子であるミドルスベリー公爵ヘンリー殿下が伯爵の机の前の椅子で優雅に脚を組んでいた。隣では伯父上——マンカスター伯爵が、いかにもご機嫌うかがいといった笑みを浮かべている。ボトルは伯爵自領のマンカスター十二年。並べられたグラスは三つ。

「これは『殿下』もご臨席であられましたか」

「ウィリアム! 申し訳ない、陛下」

 気が早いお人だ。

「殿下は即位前にあられます。そのような物言いは臣下の分を超えたもの……と、また陰口を叩かれますよ。伯父上」

 本来月番で政務卿を分担する、ギルシャー侯爵ら元老六候は日々「舞踏会」を称して会合を開き、伯爵や私の悪口で飽きもせず毎度盛り上がっている。衛士隊に会の開催を連絡して、警護を依頼しつつそれだから、胆力があるのか莫迦なのか、判じかねるところではあるが。

「む……」

「伯爵、彼の言に従おうじゃないか。義父が誹りを受けるようでは僕も困ってしまうよ」

「は。陛……殿下が仰るなら」

 くすくす、とヘンリーが笑う。線の細い優男であり、中性的にすら見える。メアリを断罪し婚約を破棄した王子、功を焦り突出して全軍を崩壊させた将、魔族軍の将を討ち撤退へ追い込んだ勇者……色々な面があるが、私にとっては何にせよ「雲の上の人」だ。どうかそのまま雲の上にいてほしい。

「北部の戦友がどうしているか、直に聞いておきたくてね。ウィリアム君が衛士隊を任されたと聞いたから、わざわざ出向いてやったよ。さあ、掛けてくれ」

 出向いて「やった」ときた。ありがたいことで。しかしながら、掛けてくれということは。

「身内の会だ。ざっくばらんにいこう。まずは乾杯だね。伯爵」

「は。僭越ながら……ヘンリー殿下の治世に」

「「乾杯」」

 やはり、気が早い。しかし、ここからは酒の席である。多少の『行き違い』は許されるだろう。

「では、衛士隊の現況をご報告いたします。ウィリアム、頼む」

 伯爵が促し、私は肩掛けの騎兵用鞄から用意してきた書類を開いた。さて、何から、どう話すか。

「まず、兵力の充足状況ですが——」

 もちろん虚言を弄すようなことはしない。嘘は命取りになる。だが、『行き違い』は許される。内容と言い方さえ出し分ければ、評価はガラリと変わる。たとえば「王都臣民からの志願者はゼロでした」などとそのまま言えば、誰の首が飛ぶかわかったものではないが……慎重に言葉を選ぶ。

「殿下の盾として、新編されたのが、私が総長となる衛士隊であります」

 まず前提を話しつつ、考える時間を稼ぐ。

「衛士隊は警備隊と、我がサーリンガム領地連隊の兵力を合わせましても、半壊した近衛の兵力にも及ばず、王都の衛戍には到底足りません」

「それほど、君の連隊が消耗していたとはね。北部の激戦、よく戦い抜いてくれた」

 あんたのせいだろう、と言いたくなるのをなんとか飲み込む。演技は、最後まで続けてこそ意味がある。

「ありがたきお言葉です。英霊たちの御霊も浮かばれるでしょう……ともかく、その状態ですので臨時政務卿閣下より許可を得て募兵を行いました」

 で、王都臣民は誰も応募しなかったわけだが、態々言う必要もあるまい。

「すると、驚いたことに市壁外の、主君を失った領地連隊兵達——俗に言う、北部浪士たちが志願したのです」

「流民たちが?」

 王子の表情から読み取れる感情は困惑と嫌悪。わかる、わかるよ。だが、これならどうかな。

「ええ! 彼らは北部の解放者たる殿下に返しきれぬご恩を感じているのでしょう『勇者の中の勇者のもとで戦いたい』というのです」

 勇者の中の勇者。私が言われた言葉だが、少し捻じ曲げさせてもらう。王子の眉がぴくりと動いた。

「なるほど『勇者の中の勇者』か。そうか、民はわかっているね」

「はい。殿下が魔族軍本隊を奇襲され、その撤退を決断させたという報は、北部浪士に広く伝わっております。私が保証いたしますが、彼らもまた『北部の戦友』です。即戦力の、良い兵となるでしょう」

 事実を、都合のいい順番で並べ替えた話だ。嘘は少ししか混ぜていない。たぶん。

「僕に忠実な、ということだね」

「その通り、既存の枠組みにとらわれず、ただひとり殿下のみに忠誠を誓う独自の戦力です」

「素晴らしい! 旧弊から脱却した、新たな軍だね!」

 ……旧弊から? どうにも嫌な雰囲気がするが、迎合する。私は王子殿下に忠実です。尻尾だって振っちゃう。王都周辺の地図だって広げちゃう。ついでにウイスキーにも口をつけちゃう。

 あまり美味しくない。義息子には自領のウイスキーを飲ませたかったのだろうが、品質はボーツシャーのものに遠く及ばない。

「ええ。現在戦力化に向け、元警備隊の面々には、西の練兵場で我がサーリンガム連隊幹部らによる再訓練を施しております」

 指を指し、彼らの位置を確認する。

「そのままでは使えないのかい?」

「都市治安の担当官らですから、万一近衛とぶつかれば役者不足かと。杞憂でしょうが」

 実態は自治会の御用聞だ。ぶつかれば、もなにも、ぶつかりそうになっただけで、持ち場を捨てて逃げ出すだろう。

「慧眼だね」

 目が笑っていない。怖いなあ。

「市壁の四門には、北部浪士のうち従士階級の者を幹部とした小部隊を配置し、防備を固めます。特段理由のない限り、門地でまとめて運用する方針です。バルドリッヂ伯爵領方面の出身者は北門へ、ファルムリーン伯爵領方面の出身者は東門へなどと……」

「あぁ。具体例は結構だよ。地域をまとめるのには賛成だ。互いの気心も知れるだろうしね」

「はい。そしてその方が踏ん張りの利く隊になるでしょう。そして、本部にはサーリンガム連隊兵と残りの兵を配置し、予備とします」

「良い配置だ。これなら近衛の暴発にも対応できよう」

「万全を期すなら、こちらの臨時政務卿府にも、衛士を置きたく存じますが」

「この邸宅の警備は、わがマンカスター連隊でも選りすぐりの精鋭揃い。ゆえに、護衛をわが邸宅にまわすは不要!」

「……そうですか」

 暴発を望んでいるような発言と、その用意。どうせなにか企んでいるのだろう。自然眉間に皺がより、それを押さえた。

「備えは万全ですぞ、殿下」

「ウィリアム君にこれほどの用兵の才があるとはね。もっと早く知りたかったよ。次の魔王討伐では、僕の参謀長を任せられるかもしれないな」

「買いかぶりです」

 死ねってか。

 しかし「旧弊」に「次」とは、どうにも王子は足元が疎かであるように思える。ここまでの打撃を受けた後であるし、しばらくは内治に専念し、民力を涵養すべきだと思うが、まあそこの調整は臨時政務卿殿の仕事だろう。一介の武官の考えることではない。

「僕の名のもとに集う軍が、王都を守る。悪くないね」

 王子は椅子の背にもたれ、満足げに笑む。こちらとしても、王都防衛力が多少なりとも形になってきたのは事実だ。張りぼての看板から、一歩前進、といったところだが……流石に、釘を差すべきか。あくまで武官の領分を逸脱しない範囲なら……そう。

「ただし、問題もございます」

「君でもどうにもできないことが?」

「臣にはどうにもできないことだらけにございますが、これは特に」

 続けざまに指をさす。王都周辺の諸侯領だ。

「いずれも王室の藩屏たる、譜代の家臣領ですが、衛士隊の応援要請を理由をつけて断っております」

「しゅ、周辺域すべての領地連隊が、か?」

 そうです。嫌われたものですね、伯父上。おっと……

「正確には、こことここ。アシュフォードリーの河川警備連隊と、エルドマールの砲兵連隊が協力を申し出てはおりますが」

 王都の治安維持には、少なくとも役に立たない連中だ。大砲だの河川警備艦艇だのを持ってこられてもな、という感想程度しかない。伯爵がウイスキーを口に含み、少し渋い顔をする。だから素直にボーツシャーの十二年を出してくれればいいのに。

「我ら、南部の外様がでかい面をして面白からぬのはあるでしょうが——」

「いや、王都周辺の譜代も、元老の侯爵たちも『王太子の帰還を待つ』構えだよ。大抵の保守派は先王派と王太子派ばかりだからね」

 ひょっとすると、そのまま王なき国を目指すのかもしれない。或いは何処かから継承権下位の傀儡を「泉の乙女から勇者の剣を授かった」などと嘯いて引きずり出す、とか。思った以上に事態は深刻か。

「玉座についた際には、掃除が必要だろうね。頭の固い諸卿には退場してもらって、この国は生まれ変わらなきゃならない。帝国にも、魔王にも打ち勝つ強国になるために」

 ぎょっとする。動揺を察したか、王子が甘く微笑む。

「説明しておこうか。現在保守派は僕に妻を側妃におとさせ、帝国の皇女を正妃に迎えさせるつもりだ。そして遠征を控え、防衛に努め、帝国の防波堤としての役割を高めて王国を存続させるべし、と」

 妥当な考えだろうと思う。

「許せぬことだ! そうですよね、殿下!」

 なんだ伯父上、殿下は真面目な話をされているんだぞ。

「そうです、義父上……! ジェーンとの愛を引き裂くなど、ありえない」

 嘘だろ。

「ウィリアム君。だから僕の方針はこうだ。即位の折には保守派貴族を改易し、軍権を国家に集約。速やかに王軍を立て直し、魔族が今次戦役の傷から癒える前に魔王を討つ」

 嘘だよな? 確かに敵も傷は多いだろうが、こちらは現在進行形で流血中だ。正気とは思えない。

「そうすれば、帝国からも外圧を受けることはない。王国は真の自立を果たせるんだ」

「ご立派ですなぁ! 殿下っ!!」

 伯父上の声のデカさが本格的に不快に感じられてくる。そりゃあご立派です、やれればね。

「兄上は保守派の声に素直に従う気だった。それが亡くなって、今度は父上が僕に兄上の代わりをさせようとしていた。けど、僕は屈する気はないんだ」

「で……殿下の志、このサーリンガム男爵ウィリアム敬服いたしました」

 もう駄目かもわからんねこれは。


 ひとしきり理想を語り、王子は「では、頼んだよ」と執務室を後にした。

 扉が閉まると、部屋に静寂が戻る。さきほどまでの熱が嘘のように感じられた。

「お元気ですね殿下は」

 伯爵が苦笑混じりに言う。

「お若いのだ」

「私も同じ年齢ですよ、伯父上」

「お前は少し、老け過ぎているんだ」

 ようやっと寛げているのか、いつの間にかボトルをボーツシャーのものに替え、再びウイスキーを注いでいる。私もグラスを差し出した。

「殿下の吹かす『新しい風』は、我らにとっても大嵐になりませんか」

「ヘンリー殿下は一介の伯爵であったわしをここまで引き上げてくれたのだ。此度の風も、わしらをより高く舞い上がらせてくれるやもしれんぞ」

 そうあってもらいたいものだ。


 降り続く粉雪は密度を増していく。王都には年末、そして大嵐が迫りつつあった。


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